394話 聖なる魔神メサイア



「…へ……? ……へ??????」



謎の人影…人かどうかも怪しい誰かの、突然の飛び出し。その背にくっついていたのは、天使のような白翼。



そして当の本人は、真っ直ぐに竜崎さんに突撃し……なんか凄く、聞き慣れぬ言葉……というか、明らかに『仇名』で竜崎さんを呼んだような……。




なんとか固まった思考をそこまで動かしたさくらは、ゆっくりと首を動かし、竜崎の方を見やる。すると…再度、あの声が。





「ね、リュウちゃん!痛いトコなーい? よく頑張ったわね~。が存分によしよししてあげる!」










「……ま……ママ……!?!?!?」



思わず、素っ頓狂な声をあげてしまうさくら。竜崎を『リュウちゃん』呼びし、あまつさえ自分を『ママ』と呼んだその女性は、確かにそこに居た。





一欠けらの汚れもない白妙しろたえの聖衣を身に纏い、背からはその衣以上に純白な羽根を宿した神々しき翼を幾枚も。



更に頭上には天使の輪のようなものを浮かべており、そこから放たれているのは間違いなく、この神殿より広がる『聖なる輝き』。



しかしそれは、外の聖なる輝きをぎゅうっと濃縮したような…。光の表現としてはおよそ相応しくないが、そう言うしかないほどの強い『心が安らぎ、温かくなる』神秘の光。



まさにその天使の輪こそが、聖なる輝きの源。それを一目でわからせてしまう。…そして、その『ご神体』は――。




かつてマーサの授業で見た聖画よりも、この聖都の至る所にある彫像よりも、遥かに…遥かに美しい。



聖女、天女、美神…そんな言葉を送りたくなる。彼女の麗しきご尊顔を一目みるためには、どれほど遠き道でも苦にはならない。



それほどに…息が止まりそうなほどに、清らかで、慈しみを讃える御方。この場で跪き、全霊の祈りを捧げたくなるような、崇高で、尊き女神。




まさしく『聖なる魔神』。彼女こそが、『メサイア』…!!!









…………そんな彼女…が……。ふわりと浮いているような彼女…が……。








「よーしよし。良い子ですね~。 ……本当、良かったぁ…。フリムスカ氷の高位精霊から事情を聞いた時、思わず倒れそうになっちゃって…。もう、ママたちを心配させちゃってぇ~!」





……今、目の前で…竜崎をまるで愛息子のように、溺愛してみせている…………。













理解が追いつかず、これ以上ないぐらいに唖然とするさくら。マーサ達も、そこまでではないにしろ…結構、茫然。



賢者とソフィアは、「あーあー…」と同情するような表情。竜崎の手を抱いていたアリシャは、何故かちょっとむくれ顔。




……肝心の竜崎はどうしているのか? ……彼、魔神メサイアの翼に全身をもっこもこに包まれ、ぎゅっと抱きしめられ、身動き取れない状態にされているのである。もはやミノムシ状態。










―ぷはっ…!おい…メサイア…。もう充分だから、清人を離してやってくれ…―



と、そんな翼の隙間から、息継ぎするかのようにニアロンが出てくる。すると―。



「ニアちゃんも無事でよかったぁ! 消滅しちゃってないか不安で不安で!!」



―うわっぷ!?―



翼が器用に動き、ニアロンを確保。またも中に連れ込まれ抱きしめられた。その場の全員がそれを見守るしかできない中、勇者アリシャが動いた。



「…メサイア、もう終わり。キヨトを返して」



言うが早いか、羽の玉と化した翼へ両手を突っ込むアリシャ。そして半ば無理やり掻き分けるようにし…竜崎とニアロンを引っ張りだした。



「ふぅう…有難うアリシャ…」


―やっと抜け出せた……―



大きく息つく竜崎達。なお、魔神メサイアは…。



「アリちゃんに焼きもち焼かせちゃった…! ごめんなさ~い」



ニコニコ笑いながら、テヘリと謝っていた…。











これが…聖なる魔神メサイア…??? なんとか比較的正気に戻ったさくらだったが、その脳内は未だ困惑の嵐。




なんというか…見た目と、性格のイメージが違う…。 …いや、ある意味合ってはいるのだけど…。




その…もっとやんごとない感じの、荘厳な神様だと思っていたが…。これは……。口調とか、皆を仇名で呼ぶとことか、一人称とか…。なんて言えば……。




『ママみ』というか…母性というか……。 とにかく、恐ろしさとかは一切無い…寧ろ人情味で構成されたかのような…。いや…でも…やはり神聖さは感じるし…。




……なんだろう…この女神様……。








さくらの思考がそんな感じにオーバーヒートしているのを余所に、魔神メサイアは天衣無縫。



アリシャの怒ったような睨みつけから逃げるように、手をふりふり微笑みながらふわりと移動。今度は賢者とソフィアの元へ。



「ミルちゃん、ソフィちゃん! 二人は身体大丈夫?」



…ソフィアはともかく…賢者ミルスパールを、老爺な彼を『ミルちゃん』呼びとは……。眉を潜めるさくらだったが、直後に魔神メサイアが行ったことに、もっと眉を潜めてしまった。



「どれどれ~!」



賢者達を労うように、翼で軽く撫でた魔神メサイア。すると彼女の目に、光が灯ったのだ。そしてそれに続くように、賢者達の周りの大気が軽く渦巻き出す。



(あれって……!?)



その光景に、さくらは息を呑む。見たことがあるのだ、あれを。あの検査方法を…!




「ミルちゃんは健康ね! ソフィちゃんはいつもの如く、睡眠不足気味! しっかり寝~なさい♪」



しかし、数秒かからずに魔神メサイアは普段通り?な様子に。賢者達に優しくタッチし、今度はマーサ達の元へ。








「ここで会うのは初めて!マーちゃん、シベちゃん! そんな緊張しないで~!」



「「め、メサイア様…! 麗しきご尊顔を拝謁できまして、誠に……」」



「もーう! 他の場所でならまだしも、ママのお部屋の前でそんな堅苦しいのは…『めっ』!」



ガッチガチに緊張しているマーサとシベルに対して、美しい顔をぷくっと膨らませ叱る魔神メサイア。そして間髪入れずに、先程賢者達にやった行動を。



「マーちゃんもシベちゃんも、特に大きな問題はなさそう! あ、それと…仲良くね♪」



更にちゃっかり軽く諭し…とうとう、彼女はさくらの元へやってきてしまった。











「さて! 初めまして、さくらちゃん! 私は…ママは『【聖なる魔神】メサイア』。聖魔術の力の源にして、皆のお母さん役よ~!」



「は、初めまして……。雪谷さくら…です…」



「うんうん♪ 噂は色々聞いているわよ。優しくて強い素敵な子だって! 『さっちゃん』て呼んでい~い?」



「は…はい…」



やはりというかなんというか、仇名をつけられるさくら。『さっちゃん』とは…どこかバナナが好きそうな名前である。



そしてさくら自身が了承したことにより、魔神メサイアは嬉しそうな笑みを浮かべた。




「じゃあ、さっちゃん! ママね、皆の健康を確かめるのが癖なの。ちょっと診せて貰ってもいいかしら?」



「え、あ、はい…」



「ありがと~♪ はい、ぎゅ~~!」



すぐさま魔神メサイアの翼が動き、さくらの身体は包まれる。まるで、先程竜崎がやられていたように。



ふと瞬間、さくらが思い出したのは、瀕死の竜崎を病院に運ぶ際の事。あの時、竜崎を安全に護送するため、魔術製の白羽でできたカプセルのような物で彼を包んだ。



恐らく、あれと同じなのだろう。勿論、こちらの方が何倍も上…というか元になった代物なのだろうが…。




なにせ、包まれているだけで不思議な感覚を感じるのだ。浮遊感というか…雲のベッド、羽の揺り籠、母の腕の中に包まれているような…。心の底から安心できてしまう感覚。



…そして…。そのせい…そのおかげで…。上手く身動きが取れない。力が気持ちよく抜けていってしまう…。下手しなくとも、このまま…ぐっすり眠れてしまう…。





なるほど、竜崎さんがすぐに出てこれなかったの、わかる…。思わずウトウトしてしまうさくら。と、そこへ魔神メサイアが近づき、彼女の頬へ優しく触れ…。



「は~いそのままそのまま~。良い子ですね~」



ふと、魔神メサイアの瞳が光る。今だからさくらはわかった。それは、『聖なる輝き』なのだと。



そして、周囲の大気が渦巻く感じ…。間違いない。これは―、初めて竜崎さんと会った時、ニアロンさんにやってもらった身体検査と同じ…!!





思わぬ答え合わせに少し驚くさくら。そんな間に検査は終わったらしく、解放された。



名残惜しさを感じつつ、さくらは顔を上げる。…すると、魔神メサイアはちょっと心配そうな顔を浮かべていた。




「あらら…。さっちゃん、かなりの睡眠不足だし疲労も溜まっているじゃない…。魔力も…すごく容量はあるみたいだけど、その分無理しちゃって、ずいぶん消費してる…」








それを聞き、さくらは言葉を詰まらせてしまう。…その通りだったから。



何分、竜崎のための桜の花召喚に、ここ数週間かかりきりだった。寝食を忘れて没頭していたと言っても過言ではない。



まさにソフィアが竜崎に伝えたかのような状況。しかも、そのソフィア達や教師陣、タマにドクターストップをかけられ、寝かせられたことも数度ある。




それほどまでに頑張った努力の結晶、だから竜崎が褒めてくれたのは凄く凄く嬉しかったし、彼が目覚めてくれた嬉しさで、疲れも吹き飛んだかのようであった。




…とはいえ、実際に身体の疲労が消え去るわけはなく…。今こうして魔神メサイアに見透かされたのである。








「やっぱり…。―ありがとね、さくらさん。そんなになるまで頑張ってくれて…」



竜崎は幾度目かのお礼を述べながら、さくらの元に。彼としても、そのことは察していたのであろう。



だからこそ彼女に色々気遣いを見せていたし…だからこそ、魔神メサイアの元に連れてきたのである。







「メサイア、お願いが…。さくらさんに恢復かいふくの加護を授けてくれないか?」



まるで自身のことなぞどうでもよく、寧ろさくらのために来たといわんばかりの竜崎。対して、魔神メサイアの答えは―。



「もっちろん! 言われるまでもないわ~♪」




鼻をフンスと鳴らすように意気込んだ彼女は、バサリと翼群を展開する。そして手を横に、宙に浮かぶ姿は、まさに後光輝く女神の姿。



「さっちゃん。―いえ、『ユキタニサクラ』。 ママの加護を…『【聖なる魔神】メサイア』の加護を、貴女に―。」



思わず傅き、手を合わせたくなるほどの威光。さくらが声を出せずにいると、魔神メサイアは両手で彼女の頭に触れた。



すると、じんわりと温かさが伝わってくる。身体が柔らかくなっていく気がする。溜まっていた疲労が、本当に霧散していくような気が……。





「はい、お~しまい! おうちに帰ったら、今日はゆっくり休んでね。明日には全快よ~♪」



ポンと手を打つ音で、さくらはハッとなる。そしてなんとはなしに身体を動かしてみると…物凄く、軽い…!



それどころか、頭に靄がかかるような眠さも、魔力多量消費による体調不良感も、何一つ無くなっている。このまま走り出したくなるぐらい元気いっぱいになっているのだ。




これが、聖なる魔神メサイアの力の片鱗…! 加護の凄さにさくらが驚いていると…魔神メサイアはアリシャのほうへ。




「は~い次はアリちゃん! どれどれ~。 う~ん、貴女も睡眠不足! ソフィアちゃん達と同じ加護あげちゃ~う!」



そう言い、軽く彼女の体にタッチ。…どうやら、先程ソフィア達へボディタッチをしていたのは、加護の付与だったらしい。



別に物々しい台詞やポーズをとらなくとも、ちょいちょいと出来る様子。ということはさっきのは、サービス的な…?






それに気づいたさくらが苦笑いしてしまう中、魔神メサイアは満を持して竜崎の前に戻った。



「じゃあとうとう、リュウちゃんとニアちゃんの番! とはいってもニアちゃんは霊体だし、問題はやっぱりリュウちゃんよね。 皆、入って入って!」



竜崎の手を引き、自室…もとい、神域へと戻る魔神メサイア。さくら達もその後に続くのであった。



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