393話 神殿
「あー…桜の花…消えちゃった…」
――馬車に乗って暫し。とうとう桜の花束は消滅してしまった。時間切れである。
「メサイア達に見せたかったのに…」
残念がる竜崎。すると、ニアロンがツッコんだ。
―ボロボロになったのを見せても仕方ないだろ。また作ってもらえ―
「いつでも作りますよ!」
さくらの返事を受け、竜崎はお礼と笑顔を見せる。―と、それを頃合いとみたのか、マーサが外の景色を確認した。
「そろそろ到着ですね。ほら、さくらさん。もう目の前ですよ」
ふと指をさすマーサ。さくらも窓の外を覗くと…その先にあったのは―。
「わあ…!! 凄く…大きい…! お城みたいな…神殿…!?」
そう―。この神聖国家メサイアの首都『聖都』を…そして国中を見守るように荘厳に聳えるは、一国の王城を遥かに凌ぐような、巨大なる神殿。
周囲のどの建物よりも明るく優しく美しき白亜を纏い、それでいてなお、柔らかな羽のような温もりを感じさせるそれは、まさに女神がおわす
そしてそれを証明するかのように、神の威光たる聖なる輝きが、神殿最奥の尖塔の先より、辺り一帯に放たれ続けている。
これこそが、『聖なる魔神メサイア』を祀る
一行を乗せた馬車は、その神殿へと入っていく。何分、怪我人病人も多く来訪する場。そのため、神殿内に馬車の停留場があるらしい。
シスターや僧侶、聖騎士達や、遠方よりはるばる来たと思しき巡礼客達を横目に、一気に停留場まで―…。
「…あれ?」
ふと、異変に気づいたさくら。停留場にたどり着いたというのに、馬車は止まる気配はない。それどころか、端にある細道に入り込み、更に奥へと――。
すると周囲の様子は一変。他の馬車はおろか、人っ子一人すら見えなくなったのだ。静けさが辺りを満たし、ただ馬車が動く音のみが聞こえてくる。
窓も、中庭も、部屋も、何一つない。壁だけで構成されている道を進んで少し。その様子にさくらが不安を感じてしまっていると…。急に馬車は停まった。
御者が外からノックをし、そのままどこかへ行くような音が。そして馬も外され、連れていかれている様子。
…つまり、今この場には、さくら達が乗る馬車のみがぽつんと取り残されている形となったのだ。あまりに異常である。
外を再度覗こうとするさくらだったが、それは賢者に止められてしまった。代わりに、どういう状況なのかを問うと…。
「リュウザキが入った病棟と一緒じゃよ。事情があり、秘密裡にしかやって来ることのできぬ者用の停留場でな」
だからこそ、徹底して人払いとその確認をしている最中…ということらしい。納得したさくらは姿勢を整え、待つことに。
すると――。
コンコン コンコンコン コン
―そんな、明らかに合図のようなノックが響く。それを聞いたマーサが動き、さくらに顔を隠させ、単身窓から外を窺う。
そして軽く頷くと、賢者とシベルに目配せ。そして、馬車の扉を軽く開いた。
その隙間からまず降りたのは、マーサと賢者。シベルも動いたが…彼は扉の前に陣取るようにして停止した。まるで、自分の身体で内部を…竜崎を隠すかのように。
上手く外が見えないさくらは、耳をそばだてる。聞こえて来たのはマーサの声。
「お久しゅうございます、祭司長様。お変わりございませんで」
「えぇ。マーサも元気そうで。シベル君も、一層凛々しくなりましたね」
マーサに『祭司長』と呼ばれた相手は、そう返す。実に優しい老婆の声である。
「有難うございます、祭司長様。このような位置からでのご挨拶となってしまい、失礼を…」
シベルも深々とそう返す。と、直後…。
「うむ。大丈夫そうじゃな。 周囲の安全は確かめた。皆、出て来てよいぞ」
賢者の合図により、シベルは馬車の戸を開放する。それに続き、竜崎も勇者達も、さくらも外へ。
「リュウザキ様、そして皆様方。遠路はるばる、ようこそおいでくださいました」
そんな彼らに恭しくお辞儀をしたのは…声の主の老婆。小さい眼鏡をかけシスター服を纏った、如何にも慈愛の塊のようなお婆ちゃんであった。
祭司長―。その呼び名の通り、この神殿の…魔神メサイアに仕える者達のトップなのであろう。
そしてこの場の出迎えは、そんな彼女1人だけ。秘匿性、そして重大度がよくわかる対応であった。
「ご健勝そうで何よりです、祭司長様。 この度は私の至らなさ故、お手を煩わせてしまい大変申し訳ございません…」
竜崎は少しふらつきながらも、祭司長へ謝罪混じりの挨拶を。杖と勇者に身を支えて貰っているとはいえ、怪我の影響がまだ残っているらしい。
「いえリュウザキ様。そのお優しきお顔を再度拝見できまして、
祭司長は、そんな竜崎を労わるようにそう返す。と、慈しみの籠った微笑みを浮かべた。
「そして、そのような事をおっしゃらないでくださいな。メサイア様と並ぶほどに、世界を守り育んでくださった貴方様の窮地。助力しない理由がございませんよ」
「祭司長様からそのようなお言葉を頂けるなんて…そしてメサイア様と比べて頂けるなんて、まさに幸甚の至りで…―」
双方、礼儀正しく、思いやりのある大人のやり取り。さくらもお目通りをし、他の面々も挨拶を交わし終えたところで、祭司長は促した。
「さ、メサイア様を始めとした
皆様…? その言葉に、さくらは少し首を捻る。 そういえば賢者さんもマーサさんも、竜崎さんも『協力者は複数人いる』みたいなこと言っていた…。
一体誰なのか。彼女がそう考えている内に、祭司長の道案内に続き、竜崎達は歩み出す。仕方なしにさくらはその考えを隅に置いておくのであった。
神殿内部を暫く進む一行。巨大なだけあって、その道のりもそこそこ長い。
しかしその道中でも、他の人と一切すれ違う事はない。それどころか、物音ひとつしないのだ。人払いに抜かりはないらしい。
マーサや祭司長曰く、目的地は神殿最奥。つまり、あの『聖なる光』が放たれ続けている尖塔らしいのだが…。
因みにさくら、未だ本調子ではない竜崎の様子が気がかりで、ちょこちょこ様子を窺っていたが…。ニアロンや賢者、そして彼自身の魔術補助により、とりあえずは問題なく歩けている様子。
…ただ、それでもちょっと歩きにくそうなのは、ずっと彼の腕を抱きしめている勇者アリシャのせいかもしれない。
一応ソフィアが、離すようにそれとなく仕向けているが…彼女、言う事を聞かない。というかぶっちゃけ、竜崎本人が嫌がっていないため、そのまま歩いているのである。
やはり、傍から見るとカップル…。そしてそれは名実共にであるのだろう。そう考えると微笑ましくなるさくらであった。
そして気づけば、到着。そこにあったのは…。
「うわっ…!? 何ですかこれ…! 巨大な…扉…!?」
驚くさくら。目の前に現れたのは、首を真上近くまであげなければ全貌を掴めぬほどの、両開き式の大扉。
いや…これはもはや、門と呼べる代物。美しき装飾が一切の妥協なく彫り込まれたそれは、『天国の門』と称してもおかしくないほどに壮麗にして荘厳なのだから。
「ここは、メサイア様の奥室…つまり、お部屋なのですよ。メサイア様はこの神殿内の至る所に
解説してくれる祭司長。どうやらメサイア様自体は、分霊的に皆の前に現れ加護を授けているらしい。
と…祭司長は改めて門を、敬意を払いつつ示した。
「そのご神体が御出でになるのが、この塔なのです。当然ながらこの中には、メサイア様ご自身のお許しなくして入ることはできません。私でありましょうが、諸国の王でありましょうが」
神殿の最高位役職である祭司長や各国の王ですら、不必要には足を踏み入れることのできない神の座。
その事実を聞かされ、そして今からそこに入るということを理解したさくらは、全身に緊張を走らせるのであった。
「―では、
「「は、はいっ!」」
皆に深く一礼をして、どこかへ去っていく祭司長。事情が事情のため、彼女は案内役に終始し、これ以上深くは関わらないらしい。
一方、祭司長から託されたマーサ達は、明らかに緊張している。この場に残ったという事は、彼女達も竜崎達と一緒に聖なる魔神の元へ赴くということなのだから。
「…賢者様…今更なのですが…。本当に、私達が供しても宜しいのでしょうか…?」
「マーサの言う通りです…。正直、俺達には畏れ多いと言いますか…。祭司長様と同じく、別の場で待機を…」
そしてプレッシャーにやられたのか、賢者にそう申し出る2人。確かにここまでくれば同行者は、同じ治療担当者である賢者1人だけでもいい気がしないでもないが……。
―メサイアが良いって言ってるんだろ? 何揃ってビビってるんだ―
と、賢者に代わってツッコんだのはニアロン。それに、竜崎も続いた。
「そうだね。それに私としても、二人がついて来てくれた方が安心できるから…お願い」
そう頼まれてしまえば、断ることなぞできない。マーサ達が覚悟を決めた…その瞬間。
ガコンッ
重々しい開錠音が響き、厚い扉がゴゴゴゴと勝手に開き出す。マーサ達、そしてさくらは、ビシッと姿勢を正してしまう。
聖なる魔神メサイア。どのような神様なのだろうか…。さくらがゴクリと固唾を呑んだ…その時であった。
カッッ!
「えっ…!?」
驚くさくら。僅かに開いた門の内が、強く輝いたのだ。そして、直後、何者かが勢いよく飛び出してきた。
さくらが認識できたのは、それが門の大きさに似合わぬ普通の人のようなサイズであるということと、それを大きく凌ぐほどに大きな純白の翼群を背負っていることのみ。
そしてその人物は、一直線に竜崎の元へと……ボフンとぶつかり――!!
「リュウちゃーんっ!! 良かったぁ…! 生きててよかったぁ…!!!」
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