392話 神聖国家メサイア 



「ここが…! 『神聖国家メサイア』…!」



馬車に引かれた厚手のカーテン。その隙間から覗くようにして外を見ていたさくらは、感嘆の声をあげていた。




『【聖なる魔神】メサイア』に祈りを捧げることで発動する『聖魔術』。その使用時には、どこからともなく暖かで明るい光が射す。



治癒魔術としては、傷元を癒すように。戦いに用いる際には、その光が形を成し盾などに変化する。



即ち、その光こそが魔神メサイアの加護にして力。そしてこの地では、それを証明するかのように――。




「あの光が…! 全体を包んでる…!」






さくらが口にした通り、陽の光に加え、その聖なる輝きが、都市全体に…否、この国に所属する街や村全てに降り注いでいるのだ。



それはまさしく、神の威光。しかし、その光に畏れはない。慈しみに満ち、包容力すら感じられる、芳情の具現。




そして『聖都』と呼ばれているこの地は、清廉にして高潔であることを誇るように、純白を基調とした街並みが広がっている。



各所の噴水や橋、建物や市場、水路や像…そして教会。魔神メサイアの翼や頭上の輪を象った装飾が至る所になされており、そのどれもこれもが、清らか。




道行く人々も、特徴的。僧侶やシスター然とした姿の者達がよく目立つ。皆、ロザリオや魔神メサイアの聖書を身につけており、敬虔な信徒であることが窺える。



更に、時折見かける騎士…『聖騎士』達は、街と同じように清澄な鎧を纏い、常に凛々しく正しく優しくこの地を守護している様子。




まさに、神の守護と祝福を受けた国。穢れ無き、という言葉が良く似合う景色である。








―と、そんな中に混じり、殊更に目を引く面々が。それが気になったさくらは、自らの横に腰かけるマーサに質問をした。



「なんか…怪我している人や病人の方、やけに多くないですか?」




彼女が口にした通り、包帯やギプスを巻いている者や補助杖を用いている者などがかなり多い。恰好的に、どこぞからの来訪者ばかりのようだが……。



「よく気が付きました、さくらさん! それこそが、この『神聖国家メサイア』の特徴とも呼ぶべき点。皆さん、聖魔術による治療を…メサイア様の神助を受けるために訪れているのです」



やはり自慢げに説明してくれるマーサ。なるほど、ここは聖魔術の総本山。神聖国家メサイアは、医療大国でもあるらしい。








「―ところで。 シベル、別にあなたはついてこなくて良かったのだけど?」



ふとマーサは顔の向きを変え、自らの横に腰かける獣人へ、煽るような台詞を投げかける。その獣人…シベルは、仕返しするように鼻を鳴らした。



「フンッ! お前1人では、リュウザキ先生にどんな迷惑をかけるかわからないからな。 そうでなければ、誰がお前と共にここに来るか!」



「なんですってぇ…! 誰がいつリュウザキ先生に迷惑をかけたっての!?」



「昔からずっとだろうが! 『迷惑マーサ』!」



「ならお互い様じゃない! 『不良シベル』!」



がるるる…!と唸りあう二人。席的に板挟みは避けれたさくらは、少し逃げるように身を逸らす。



―しかし、同じ列に座っているため…巻き込まれるのは必定なのかもしれない。シベルが更に攻勢に出た。




「どうだ?さくら。 こんな眩しすぎて目が痛くなるような所より、俺の出身のモンストリアの方が良いだろう?」



「なっ…!それはメサイア様への冒涜と受け取るわよ! さくらさん、あんなモフモフしか取り柄の無いような里より、ここの方が良いですよね!?」



双方相手を睨みながら、悪口を言いあう。そして全くの同時に、さくらへ問うた。




「「どっちの出身地が良い(ですか)!?」」








「えっ…えっと……」



当然、答えに迷うさくら。そんなこと言われたって、両方とも……―。



「両方とも、良いところがある。2人の教えている、それぞれの治癒魔術のようにね」



困るさくらを助けるように割って入ったのは、向いの列に座っていた竜崎。彼にそう言われてしまえば、シベル達もぐうっと黙るしかなかった。




「というか…。ついてくついてこないという話なら……」



ふと、竜崎はぼそりと続ける。そして、自分の両隣りを苦笑いで見やった。



「別に、皆揃ってついてこなくていいのに……」





そんな言葉に反応したのは――。



「あら、酷い事言うじゃない。こっちは心配でついてきてあげてるってのに! ね、アリシャ」



「ん…!」



窓側の席に、発明家ソフィア。そして竜崎を挟み、彼の腕を抱くようにしてくっついているのが勇者アリシャ。そしてその横には賢者ミルスパール。



そう―。結局、先程病室内にいた全員でメサイアまでやって来たのである。







因みに…。全員というのは少し語弊がある。タマがいないのだ。



ただ別に、特段の理由はない。『ご主人竜崎が目覚めるまで気を張ってたので疲れた』という理由で、同行拒否したのである。



そしてどこかへ、ふらりと寝に行った。そこらへん、やはり猫である。存分に撫でてもらってご満悦になったからであろうか。



――いやそれとも、竜崎の膝の上を譲ったからであろうか。その証拠に今、竜崎の膝…もといそこに置いてある両手には…桜花のブーケが。





勿論それは、先程さくらが作ったあの花束。とはいえ時間経過で魔力は綻び、もうだいぶボロボロ。それでも竜崎は、後生大事に抱えているのである。




この地へ来るために、竜崎達はアリシャバージル王城の転移魔法陣を用いた。そのついでに、アリシャバージル王と祈祷師シビラに復活の報告と挨拶を入れもしたのだ。



その際にも、竜崎はずっとその桜の花束を手にしたままであった。皆に自慢するかのように、そして二度と手放さないと誓ったように。







その様子を見ているだけで、照れくさくなってくるさくら。それを隠すために、彼女はついこんなことを口にしてしまう。



「やっぱり私は待っていた方が良かったですかね…?」



「いや、さくらさんは良いんだ。この国の様子も見たかっただろうし、私としてもメサイアに会わせたかったし」



すぐにそう返してくる竜崎。そしてそのまま、他の面子を順繰りに見ていく。



「マーサとシベルには予後の確認のためについて来てもらったんだし、賢者様には橋渡し役もしてもらってる。…だけど…」



と、彼はそこで言葉に詰まる。そこを、ソフィアが小突いた。



「なぁに? やっぱり私達が邪魔者だって?」





「いやほら…一応、隠密での行動なんだから…。人は出来る限り少ない方が…」



申し訳なさそうに伝える竜崎。するとソフィアは百も承知だと言うように笑った。



「わーってるわよ、そんなこと! けど、やっとこさ再開した目覚めた相手とは、暫くは何が何でも離れたくない。それが女心ってヤツよ」



―そういうことだ清人。ま、『心配させた埋め合わせ』のほんの一部だと思っとくんだな―



ニアロンにもそう言われ、アリシャにも更に腕をギュッとされ、今度は竜崎がぐうっと黙らされてしまった。




それを見て、さくら達もつい笑ってしまう。 そんな一行を乗せ、馬車はとある場所へと走るのであった――。


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