391話 向かう先は
「――では、そろそろ本題に移るかの」
まるで先程までの報告事は些事で、今からの内容の方が最重要事項であるかのように、賢者は切り出す。 竜崎は彼に、一応問うた。
「そういえば…。先程、『
「うむ。言うて、お前さんも大体わかっておるじゃろう。 その腹の、大分広がってしまった『呪い』の呪紋についてじゃ」
賢者に指摘され、竜崎は服を軽く解いてみる。白いローブ、そして病院衣に包まれていた彼の腹部の肌に浮かぶは、治癒魔術で治療済みの槍傷と…かなり大きくなった『呪いの紋様』。
先の戦いのさ中、謎の魔術士…ナナシによって20年越しに蘇ってしまった呪いは、ニアロンや賢者、シベルやマーサ達の尽力により、既に静かにはなっている。
しかし当然ながら、未だ消え去らず。そして、少し前までは掌一つ分あるかないか程度のサイズに留まっていたそれが…。
―20年前の大きさに逆戻りだ。ったく…せっかく小さくしたってのに、
そうぶつくさ愚痴るニアロン。流石にあの戦いの時のような、胴体全てを覆うほどには広がってないものの…以前の倍以上にはなってしまっているのである。
それ即ち、呪いが前よりも封じ切れていないということ。つまり、このままでは危険なのである。下手な拍子で、再度蠢き出すやもしれないのだ。
ならどうするか。もっと重厚に封印を施し、安全を確保するしかない。竜崎達曰く、かつては各所へ奔走し、数多の人の力を借りて、小さくしたらしいが―。
「ま。あの時とは違って、今のお前さんには強力な『友人』がおる。 ということで、
そう号令をかける賢者。頷く皆であったが、1人だけ…さくらだけは、困惑していた。
「えっ…えっと…どこに、ですか…?」
「そういえば伝えておらんかったのぅ。下手に声をかけるのが憚られてな」
すまんすまんと謝る賢者。と、ソフィアが笑いながら後に続いた。
「仕方ないわよね。さくらちゃん、キヨトが目覚めるまでずーーっと、『サクラの花』を召喚することに全身全霊を傾けてたんだから!」
そう口にした彼女は、竜崎のほうへ身体を向け、腕を組む。そして諳んじるように語りだした。
「友達の遊びの誘いを軒並み断ってまで
まるで偉業を讃えるかのような口ぶりのソフィア。そこで竜崎と目を合わせ、ピシリと指さした。
「キヨト、全部アンタのために。アンタが喜ぶ、サクラの花を咲かせるためにね」
その苦労と努力、愛をわかってやんなさい―。ソフィアに暗にそう伝えられていることは、勿論竜崎は理解できていた。
故に彼は、心得ているように軽く、そして深く頷き…さくらに一つ頼みごとをした。
「さくらさん。やっぱり、桜の花、もう一度見せてもらっていいかい? そうだね…花束みたいにしてもらえると嬉しいのだけど…」
「―! は、はい…! 出来ます!」
二つ返事気味に答えたさくらは、深呼吸をして意識を集中させる。先程は、大きな木丸々一本全てを桜に染めた。それに比べれば、多少疲れてようとも花束の一つや二つ。
すぐに彼女が作った魔法陣上には、桜の花が咲き乱れだす。…しかしそれは、花束というより、花の集合体。
おおよそ桜の咲き方とは違う、ブーケのような形状。見る人が見れば、『こんなの桜ではない』と断じられてしまうであろう。
それも致し方なし。桜の花束なぞ、滅多に見れるものではない。それに、『木に咲かせる』ことに特化させたせいで、枝葉の生成に関してはノータッチに近かったのだ。
――ただ、竜崎にとっては、それで良かった。それが良かった。美しき花の姿の一部を、かつて居た世界の憧憬を、ものの見事に切り出したかのようなそれだからこそ。
そして、さくらが自分のために咲かせてくれた花だから。
「どうぞ…!」
「ありがとう―」
さくらから花束を受け取った竜崎は、目を細める。先程は涙で掠れ、そうでなくとも木の上という手の届かぬ位置にあった桜の花。
それが今、満開のまま手の内に溢れている。これは、魔術でしか成し遂げられぬことであろう。―即ち、『元の世界』と『異世界』の良いとこどり。
『さくら』だからこそ出来た、有り得ぬ美しさの『桜』の花。竜崎はそれを抱きしめるようにしながら、優しく触れた。
「本当に、何度見ても綺麗だ…。 さくらさんとおんなじぐらい…」
「ふぇっ…!?」
竜崎からふと漏れた言葉に、さくらびっくり。思わず彼の顔を見つめてしまう。
しかし竜崎の表情は花束を愛おしむまま。狙っての発言ではなく、本当に、心の底から出た言葉なのだろう。
「花びら一枚一枚、色合いも柔らかさも完璧。本物のよう。1人の力でこれほどなんて、とても練習したんだね」
「はい……! …が、頑張りました……!」
ふと顔を合わせ、嬉しそうに褒め称えてくる竜崎に、さくらは顔を赤らめ照れてしまう。 ―と、竜崎は更に続けた。
「これだけ精巧に作れるのなら、魔術の腕もかなり上達しているはず。 ――強くなったね」
「――っ…!!」
はっと息を呑むさくら。彼のその言葉は、彼女にとって望外の一言であった。
元々さくらは、足手まといになっていた自分の弱さを悔やんでいた。故に、今度はそうならないために、竜崎に赦してもらうために、力を欲した。
だがそこで、彼女はハタと気が付いた。 もし、力を…『戦力』となる力を身につけたとしても、竜崎はあまり喜ばないことに。だからこそ方向転換をし、魔術で桜の花を咲かせたのだ。
しかしそれが、巡りに巡って自分の力を高めることになっていたのである。さくらが教わった精霊術は、桜を咲かせた『基礎召喚術』の応用。精巧なイメージこそが肝なのだから。
『強くなった』と言ってくれた竜崎の顔も、とても晴れやかなもの。気に病む様子は全く無い。我が子の成長を心より祝福するかのよう。
つまり―。桜を咲かせるという判断はまさに、最も良い選択であったということであろう。
それを理解したさくらは、報われたかのように顔を綻ばせたのであった。
「さて、話を戻すぞい」
ふぉっふぉっと賢者は笑う。そして、竜崎の呪紋様を指すようにしながら、さくらへ説明をした。
「知っての通り、リュウザキの…ニアロンの呪いは、詳細不明な代物でな。ワシや『観測者達』を始めとした魔術の精鋭が総がかりでも、ほんの僅かに小さくするのが精々での」
力不足を嘆くかのような口調の彼。と、俄かにそれを変えた。
「しかしながらある者達が、呪いを大きく封じ込めたんじゃ。おかげで今の今まで…それこそリュウザキがあれほどの怪我を負うまでは、鎮まっていたという訳じゃよ」
賢者ですら太刀打ちできない呪いを、一体誰が…? 疑問に思うさくらに答えるように、賢者はちらりと背後へ目を向ける。
するとそれに応じ―。待機していた治療担当者の1人にして、竜崎の教え子で学園教師なシスター姿の女性、マーサが進み出た。
「そして、その中心におられた御方こそが―。 私達が信奉する魔神にて、『聖魔術』の力の源。『【聖なる魔神】メサイア』様なのです!」
――聖なる魔神、メサイア。その存在について、さくらもある程度知っていた。なにせ、そのマーサから聖魔術による治癒方法を習ったのだから。
純白の衣を纏い、白き翼を幾枚も背に宿し、神々しく輝く天使の輪の様なものを頭上に浮かべた女神―。それが、教わった聖なる魔神の御姿。
そして彼女は、唯一人界にいる魔神であり、とある国に座しているという。そして、賢者達の話から察するに――。
その目的地を、マーサは少し自慢げに口にした。
「今から向かう場所はメサイア様の御住まいになる地にして、私の故郷でもあります、『神聖国家メサイア』なのですよ」
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