―治療のために―

390話 明るい病室にて



「さてな。改めて―。よう無事に目覚めてくれたの、リュウザキ」



「えぇ、爺さん…―。いえ、賢者様。ご迷惑をおかけしました」




病室のベッドの上で、笑みつつ深々と頭を下げる竜崎。老爺、賢者ミルスパールはフッと笑い返した。



「お前さんは普段通りで良いわい。 身体の調子はどうじゃ?」



「はい、さっきシベルとマーサに伝えた通り、ほぼ痛みもなく、『呪い』の症状もありません」




そうしっかりと回答した竜崎は、部屋の端に控えている当のシベル達へと微笑み礼を。そして再度賢者に向き直り、頬を掻いた。




「『嘘じゃない』って証明のため、身体を動かしてみたいところではあるんですが…」



「ま、無理そうじゃな」




フォッフォッと笑う賢者。それもそのはず。今、竜崎のベッド周りには―。










「キヨト、食べる?」


と、果物とナイフを手に問うは勇者アリシャ。




「流石に起きたてすぐには無理じゃないの? どう?シベル君、マーサちゃん」


と、アリシャを抑えつつ、とりなすは発明家ソフィア。




―とりあえず今は止めとけアリシャ。後で存分に構わせてやるから―


と、少し意地悪な笑みを浮かべ浮かんでいるは霊体ニアロン。




「え、えと…! 竜崎さん、私邪魔なら、どきますよ…?」


と、気遣いを見せるは雪谷さくら。




更にそれに加え、竜崎の脚の上には白猫タマが。彼に撫でられ、ごろごろごろと喉を盛大に鳴らしている。




「ハーレムじゃのぅ」



その絵面を見て、賢者は再度楽しそうに微笑むのだった。











つい先程のこと。さくら率いる『【清き人】に救われし者たち』チームは、病棟の中庭に生える木に、魔術で桜を咲き誇らせた。



そしてその下でさくらは誓いを宣言し、竜崎は万感を胸に涙を流した。





それから少しの間、集った皆で花見をしていたのだが…。熟練の腕が集まっているとはいえ、細部にまで拘った満開桜を維持するのは難しく、時間切れ。



正確に言うと、大部分の桜花召喚を担っていたさくらの疲労を気遣い、竜崎が切り上げさせたのだが。





その後に、賢者の『少々リュウザキにやるべきことがある』という解散号令を受け、グレミリオ達は学園へと戻っていった。



なお、オズヴァルドだけは駄々をこねだし、エルフリーデ達にはっ倒されかけたが…竜崎が改めてお礼とお願いをすると、気分を良くしたらしく、すぐに言う事を聞いた。




そして場には、さくらと勇者一行たち、そして治療担当者であるシベルとマーサが残り、一旦病室へと戻ってきたのである。










ふと、竜崎は病室の一方の壁を見やる。その奥にあるのは、今は桜の花が消滅し、元の緑の葉を湛える中庭の木。



無論、壁に阻まれそれすらも見えないが…竜崎が間違いなく思いを馳せていることを察し、さくらはおずおずと申し出た。




「竜崎さん…。 やっぱり私、まだできますし、もう一度桜の花を…!」



…私一人じゃ、さっきみたいに綺麗にはできないかもですけど……。 そう小さく付け加えるさくらへ、竜崎は優しく首を振った。



「ううん。あんなに綺麗な桜を見せて貰ったんだもの、暫くは目に焼き付いて離れないよ。―有難う」



嬉しそうに笑む彼。そして、次には照れくさそうに顔を歪めた。




「…それよりね…。恥ずかしい姿、見せちゃったのが……」












竜崎が気にしているのは当然、先程泣いてしまったこと。一応彼は、出来る限り涙を落とさないように努めていた。



しかし結局は堰を切り、さくらから渡されたハンカチをぐしょ濡れにしてしまったのだ。今でこそ落ち着いたものの、彼の目元にはしっかりと涙痕が。




それを恥じ入っての台詞なのだろう。――と…。




「何言ってんだか! 私達みーんな、アンタ以上に恥ずかしいトコ見せてるっつーの!」



「あうっ…!」



ソフィアの呆れ声と共に、竜崎の額には、今度こそデコピンが。それに続くように、ニアロンが彼の頭をペシペシと。



―なにお前だけバツが悪そうにしてるんだ。こっちの気、知ってるくせに―




デコピンしてやると見せかけて、再会のキスを額にしてきたソフィア。涙痕で腫れた顔を、覚悟を決めさせるために突き合わせてきたニアロン。



そんな二人にそう叱られてしまえば、竜崎に返す言葉なぞない。彼は苦笑いで許しを請うた。












「話を進めるとするかの。まずは、伝えるべきことがある」



場をポンと収め、切り出す賢者。そして、こう続けた。



「朗報――というほどでもないんじゃが…。 ワシらと戦った『謎の二人組』の片割れ、獣人の方の名前が判明したぞい」






「!? 本当ですか!?」



ベッドから跳ね起きるように身を乗り出す竜崎。が、それで傷が再度痛んだのか、身を縮こませてしまう。



見兼ねたシベル達が対応に入り、少し落ち着いたのを見計らって、賢者はコクリと頷いた。




「うむ。シベルとマーサの証言を元に『獣人の里モンストリア』の調査を行い、且つ、を探ったことで明らかになっての」



少し含んだような言い方をする賢者。と、ニアロンがシベル達に聞こえぬよう、竜崎に耳打ちをした。



―わかってるとは思うが…。20年前の『勇者選抜のための武闘大会』の名簿からだ。欠場してたから、案外簡単に判明したぞ―





ニアロンの言う通り、あの時にの獣人はいた。しかし当時の『謎の魔術士』と揉め事を起こし、牢屋送りを食らっていた。



一応、試合開始前に脱獄をしたらしいが…結局大会には現れず。かと思えば、アリシャが選ばれた後に謎の魔術士と現れ、竜崎達に奇襲をしかけてきたのである。




そして揃って追い払われ、その後に戦乱のゴタゴタに包まれ行方不明―。だったはずなのに。20年の時を経て、異形化し現れるとはなんとも妙な……。








あやつ獣人の名は、『ビルグドア・アグステディ』。既に手配書に記載し、各地に撒いておる」




淡々と、しかし重々しく。その獣人の名を明らかにする賢者。 が、直後。彼は残念そうに眉を歪めた。



「―わかったのは、それだけじゃ。 何分、あやつの親族や友人といった面々は、総じて死しておるか、行方知らずでな。天涯孤独の身に近いのぅ」




大山鳴動して鼠一匹ではないが…得られた情報があまりにも少ない事を、賢者は悔んでいる様子。竜崎は彼にフォローを入れた。



「それでも大きな手掛かりです。もしかしたら、どこぞに身を置いていた場があるかもしれません。そこに手配書が回れば可能性は…!」



「なら良いがのぅ…。 ―それで、『謎の魔術士』の方じゃが…」



溜息交じりにもう一方の敵について語ろうとする賢者を、竜崎は息を呑み見守る。だが、出てきた言葉は――。





「…あやつに関しては、何一つ情報が無い。その『かつての資料』にも、名は残ってなかったんじゃ」










「え…? しかし、は確か…? ということは……?」



困惑するような竜崎。『あの時の発言』というのは無論、先の戦いのことでもあるが…20年前を指してもいた。



微かな記憶ではその魔術士も、勇者選抜の大会に出る気だったはず。つまり、まだ参加名簿に記名をしていなかったのだろうか。



それとももしや…端から奇襲をかけ、勇者の座を奪う気満々だったのか…?





そんな推測の籠った竜崎の台詞。賢者は再度息を吐き、存外あっけらかんとした顔を上げた。



「―ま、調べに調べてわからんのだから仕方ないわい。 追えぬ以上、次の動きを待つしかないのぅ」



もう手は尽くしたと言わんばかりである。と、彼の言葉の意を察した竜崎は、それを繰り返した。



「次の動き、ということは…。私が眠ってる間は―」



「うむ。幸い、2人共一切動きを見せておらぬ。人界でも魔界でもな。 あやつらも、相当ダメージを負ったようじゃの」



お前さん達のお手柄じゃよ。そうカラカラと笑った賢者は、ふむと顔に手をあてた。




「片割れの名前が判明したというのに、もう片方が『謎の魔術士』呼びはアレじゃのう…。便宜的に、『ナナシ名無し』とでも呼ぶか」



「承知しました。呼び名有りの方が分かりやすいですしね」




了承する竜崎に続き、さくら達も頷く。 最も、あの魔術士の性格上、知ったらブチギレそうだが…名乗らない方が悪いのだし。


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