395話 神域の中には


「し…失礼しま~す……」



メサイア達に導かれ、さくらは彼女の部屋神域である塔の内部へと入る。



巨大な塔ゆえ、中はどうやら幾つかの部屋に区分けされているらしい。最もそれでも広いのだが。



そしてここは、エントランスホールのようなところ。 …が、広がっている景色は奇妙の一言であった。何故なら――。



「えっ…!? ええっ!? そ…空!?」




――なんと、一面の青空であったのだから。








部屋内部の全てを包み、どこまでも広がるようなその図は、まさに圧巻の一言。しかし…塔なのだから、周囲は壁なはず。



いや、そもそもこれは…窓から見えるそれではない。まるで遥か上空の……まさに空を飛んでいるかのような風景。



それを証明するかの如く、目の前に白い雲が流れていく。だがそれは、実物ではなく……。



「映像…?」



呟くさくら。実際の空と見紛うほどだが、雲は壁を進むのみ。それに驚いていると、ソフィアがちょいちょいと床を指さした。



「下を見ると、もっと驚くわよ」



「へ…? わっ!?」



言われた通り真下に目をやったさくらは、ゾッと足を怯ませてしまう。そこに広がっていたのも…青空。



そしてその彼方に、自分が今いるはずの『聖都』の街並みが…上空から見る形で映っていたのだ。







その光景に、さくらと、ここに初めて入ったシベルとマーサは声を失う。なにせ、まるで自分達が空中にいるような景色なのだ。



地に足が付いている感覚があるため、これはやはり映像とわかる。だがそれでも、原始的な恐怖というか…高いところの怖さが身を包む。




さくらもマーサもシベルも、竜やシルブ風の上位精霊などで空を駆けたことは幾度もある。



そしてさくらに限っては、元の世界で似た景色を目にしたことがある。タワーの展望台とかにある、下を見るための窓。



しかし、目の前のこれは、それらの何十倍の迫力であろうか……。あまりにも精巧すぎるのだ。本当に、空中に浮いている気分……。





「? あ、ごめんなさ~い!怖かった? ごめんねママ気が利かなくて…!」



と、その様子に気づいたメサイアが謝ってくる。そして仄かに目を光らせ―。



「…あ! 折角だし、面白い物みせちゃう! 周りをよく見ていてね~」



途中で何かを思いついたのか、さくら達へそう告げる彼女。するとバサリと白翼を広げ、ポーズをとった。




周囲の空の光景と相まって、その姿はまさしく『民を見守る女神』。その様子にさくらが見惚れていると―。



「そーれっ!」



彼女は全ての翼をひと扇ぎ。すると周囲の壁や床の映像は、瞬く間に白羽に包まれ…。



「じゃじゃーん!」



「「「……へっ……??」」」





……白羽が消え、周りは再度景色が。それは青空ではなく…聖なる女神を祀るに相応しい装飾が彫り込まれた、まさしく神殿と呼ぶべき意匠の壁床。



そしてその中に映っていたのは…。



「わ、私…!? う、ううん…! 竜崎さん達も…全員いる…!?」



、さくら達であった。







上から、斜めから、横から……。先程まで青空、そして白羽が映っていた周囲の映像には、紛れもない自分達の姿が。



勿論それは録画とかではない。さくらが手を動かしても、他の誰かがちょっと身体を揺らしても、周囲に映る自分達は一切のラグなく同じ行動をする。



その図はまるでミラーハウス。一面の鏡張りのよう。その得も言われぬ圧にさくら達が混乱していると、竜崎達が宥めるように教えてくれた。




「びっくりした? これもメサイアの力でね。この神聖国家メサイアの領地内であれば、どこでも見ることができるんだって」



―色んな場所を同時に見ることも可能なんだと。 な、メサイア―



ニアロンの言葉を受け、魔神メサイアはにっこり。そして、再度羽を振るう。すると―。




「「「おぉ~…!」」」



歓声をあげるさくら達。自分達に代わって各壁に映し出されたのは、聖都の様々な光景。広場、水路、教会、そして神殿内の他部屋の様子――。



まるで各地にあるメサイア像や、神殿各所にいる彼女の分身の視界を通してみているかのよう。 いや、それ以上。竜崎の言う通り、領域内ならばどこでも見ることが可能なようである。





そしてこれはつまり…。彼女が正真正銘の『民を見守る女神』であるということの証明でもあるのだろう。



塔の中に身を置き、その状態のまま国中へ心をくばることができる―。 塔の先端から放たれている『聖なる輝き』に乗せ、随所に思いやりを届けることができる―。




優しく、情け深く、温かい―。魔神メサイアは間違いなく、聖なる存在なのだ。












「メサイア…。早くキヨトを」



―と、相変わらず竜崎の腕を抱く勇者アリシャが先を急かす。少しは待ってくれたようだが、内心気が気じゃないというようにそわそわしていた。



さくら達もそれで、ハッと。今回は観光に来たわけじゃない。竜崎の治療のためにやってきたのである。



「あちゃ! ごめんなさいアリちゃん! リュウちゃん達が心配だからついてきたのだもんね~!」



魔神メサイアも軽く謝り、アリシャの頭を軽くなでなで。そして再度竜崎の手を取った。



「それに、これ以上を待たせると、どうなることやら! さ、こっちよ~」



そう笑いながら、とある巨大扉へと向かう彼女。 それに続きながら、ふとさくらは考えを巡らす。





先程から口にされている『皆』とは一体…? 賢者を始めとした実力者以上で、魔神メサイアの神域に集っている…。



およそ限定されそうな条件だが……。そう悩むさくらを余所に、扉はゴゴゴと開く。その先には…。



「っっっ…!!」



今しがた目にしたメサイアの能力の、更に数倍驚くものが…いや『者達』が待っていた。それは――。










「ようやく来たか、我らが友よ。 まずはその無事を祝おう」



――開幕、雄々しき口調で迎えたのは…筋骨隆々の巨体を火に包む、業炎の化身『イブリート』





「本当ね~。フリムスカの話を聞いた時は、私達も肝が冷えたわよ」



――それに続き、ふぅっと安堵の息を吐いたのは…人魚の如き姿をした、大水の化身『エナリアス』





「ワタクシがもっと上手く立ち回れていたら……」



――と、自らの行いを悔いるかのように俯くのは…雪のロングコートを着る、氷雪の化身『フリムスカ』





「アンタは悪くないでしょ! 簡易召喚だったし、リュウザキも怪我を負ってたし!」



――そんな彼女を励ますは…蒼雷のビキニを身につけ稲妻の紋様を持つ、天雷の化身『サレンディール』





「肯定。 加エテ、状況ガ状況。破壊ヲ許サレル場デハナク、相手ガ規格外トクレバ致シ方ナシ」



――それに同意を示すは…遮光器土偶のような顔と土石で出来た身体を持つ、大地の化身『アスグラド』





「あらあらうふふ あらうふふ。 その言葉は 労わりは リュウザキちゃんにも伝えてね♪」



――そして変わらず歌うように言葉を紡ぐは…傘を手に風のドレスを身につけた、旋風の化身『エーリエル』





「違いないな。 安心するがい、リュウザキ、ニアロン。わらわ達はお前達を愛するが故に、この場に集ったのだ」



――そう全員の心を代弁するかのように竜崎へ顔を向けたのは…クリスタルのように美しき鱗を纏う、竜の長『ニルザルル』







さくらは、彼らから目が離せなかった。声も出せなかった。身体も完全に強張ってしまった。



しかしそれでも、頭の中は『納得…!』の一言が占めていた。条件を満たす存在、それにこれ以上適した者達はいないと。






その通り。今さくら達の目の前に居るのは、火水氷雷土風…全属性の最高位存在である『高位精霊』。そして、全ての竜の頂点に立つ『神竜』。




そう――。『魔神』と呼ばれし存在が、此処に集結していたのである――。

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