七不思議の一つ目

 子供の頃の話だ。これは夏休みの一部分に過ぎない。だからこそ、思い出す価値があるというものだ。僕はその日、ある奇妙な情報を手にした。「時々、列車の中に手記の亡霊が現れる」。それも単なる噂話ではなく、何度も目撃されていると参謀から聞いたのだ。僕はこれから、その手記の亡霊とやらを確認するために、親に許可を取ろうと試みるのである。


「夏休みだからって、そんなに遊んでいていいの? 宿題とかは大丈夫?」

「だいじょうぶ。もう半分もおわらせたよ」

「あらそうなの。まだ五日しか経ってないのに、よく頑張ったわね。だったら文句はありません! 気を付けて行くんだよ」

「わかってるよ! いってきます」


 家から出ると、後は参謀と部下が集合するのを待つだけだ。三分ほど待っていると、参謀が三人の部下を引き連れているのが見える。どうやら交渉はうまくいったらしい。当時はそのようなおふざけをしていた。これからの話は、そのおふざけのほんの一部でもある。


「じゃあ、これから駅にむかうぞ。それでよいな」

「もちろんです、しきかんどの! おい、部下のものども、そなたらも良いな?」


 彼等には了解の返事以外を求めていないし、許可もしていない。答えは決まっていた。僕等は道を塞がないように縦に並びながら駅に向かった。時々ほほえましい目線を向けられたように思ったが、それは照りつける朝日から伝わる暖かい陽気だったのかもしれない。


 駅は途轍もなく大きく見えた。その当時、僕等の背は成人男性の腕の付け根くらいまでが最大で、そのせいもあって余計に大きく見えていただろう。後に知ったのだが、あの駅は列車が通る中でも一番に大きいものだそうだ。建設に関わった者は、その後は歴史にも特に名を残すこともなく忘れ去られている……話がずれてしまった。その時、僕等は夏休みの子供を対象に販売された特別な切符を持っていた。値段は非常に安く、三回ほど乗車すると元を取れるくらいのものだ。夏休みの初日に、親に買ってもらった。今でも大事に持っている。ちょうど夏休みの終わる頃が期限になっていて、出かける時には随分と重宝したものだ。そして、特にこの時期は、もっぱら亡霊探しの為に用いられたのだった。


「しきかんどの、あれが目的の列車ではないかと」

「うむ。ではいこう! みなのもの、改札をとおってのりこむのだ」


 指揮官は、常に最後を行く。部下が先行して場の安全を確認し、次に参謀がその情報を指揮官に伝える為に赴くのである。そうやってふざけていたが、それが何とも楽しかった。あの頃の友人は、今でもどこかそのような役割を持って過ごしているところがある。特に参謀は、今でも僕に様々な情報を与えてくれる……これを書こうと思ったのも、それが理由だ。

 また話がずれてしまった。結局、その日はいくら乗っていても亡霊など見れなかった。今思えば、朝から赴いたのが間違いだったのかもしれない。亡霊というくらいなのだから、夜の方が会う確率は高いだろう。いや、そもそもそんな非現実的なものが、夜であれ朝であれ確認できる方がおかしいのだが……その時、僕等は本気だった。本気で馬鹿らしいことをしていた。それが楽しくて、なんだかんだ毎日そうやって一緒にいたのだ。宿題も、彼等と一緒に取り組んだから、そこまで速く進んだのだ。それはともかくとして、明日も探しに行こうという話になった。もう夕方だった。何度も乗り継いで、なけなしのお小遣いをお昼ご飯に費やして、先の事なんて何の心配もしていなくて……そう、まるで夢物語のようだった。


 次の日も、亡霊探しに向かった。今度はしっかり情報を集めようと、町の人達に色々と聞いていた。そうしているうちに、一つ気になる情報を手にしたのだ。


「亡霊は駅よりは外に出ないらしいよ。何度も何度も乗り換え続けていて、とにかく自分と話ができる人を探しているんだとか。噂話でいったら、あたしはこれくらいしか聞いたことがないね」

「それで十分だよ。ありがとう」

「そうかい、そりゃ良かった。ちゃんとお礼が言えるってのはいいことだよ。忘れないようにね」


 今でも覚えている。僕等はその言葉を聞くと、一旦僕の家に帰って作戦会議を開いた。お菓子とジュースの側で、僕等は亡霊探しの為になすべきことを整理しようとしたのだ。


「まず、駅より外には出歩かない。これはまちがいないね、まよっちゃうし。次に、列車を乗りかえるのもダメ。うわさ話の方も乗りかえているから、ぼくたちがおりた列車に乗りこんじゃうかも。だから、一番大きい列車に乗って、うわさ話の正体を待ちつづける。これが一番だ!」

「なるほど。部下の方も、これで問題ないな?」


 もちろん、返事に異論はない。何はともあれ、また明日ということとなり、解散した。その日はまた少し宿題を進めたのを覚えている。その後は夕ご飯を食べて、お風呂に入って、優に八時間は眠る。なんと素晴らしい生活よ! そして、今では僕の方が子供にご飯を食べさせている。それもまた良い思い出となりそうだ。


 そのうち明日は今日になって、また僕等は集まった。


「さあ、今日こそうわさ話の正体を見つけるぞ!」


 本気だった。遊びにも、勉強にも、人と人との会話だって、心から取り組んでいた。そうすることで僕は存在を誇示していたのだ。参謀はともかく、部下はそのことで必死だったろう。今でこそ、彼等は良い思い出として語ってくれるが、当時は見捨てられるかどうかの瀬戸際だったのではないか。ふと不安になった。だが、そうはなっていないのだから、このことはもういいだろう。もちろん、亡霊なんてそう簡単に見つかるものではない。もっと言うなら、僕等が見つけたのは、きっと亡霊ではなかっただろう。多分あれはもっと別の存在だった。少なくとも死んでしまってはいなかった。生きようとしていた……ちょうど、僕等のように。


「……もうお昼だけど、今日も見つかりそうにないね。本当にいるのかな?」

「部下がそのような口をきいてはならぬ。何度も言ったではないか!」

「まあまあ、そこまでにしておけ。部下たちも決して悪気があったわけでもあるまい。それよりも、さくせんの見直しをしなければならないだろう。あるいは……」

「しれいかんどの、わたくしめにていあんがございます」

「言ってみよ」

「先にしゅくだいをおわらせて、うわさ話に集中するというのはどうでしょうか」

「……うむ。どうやらそうすべきらしい。一時休せん! ここは英気をやしなおう」

「たぶん、意味ちがうと思うよ」


 それから僕等は、夕ご飯の時間に至るまで、宿題を終わらせようと試みた。その後、親にカレーを作ってもらい、みんなで食べた。何でも喜んで食べてくれるし、言う事は素直に聞いてくれるし、随分助かると言っていたのは誰だったか。僕の両親だったか。それとも、参謀や部下の親御さんだったか。あるいは、皆そう言っていたのかもしれない。僕等が亡霊探しに出かけている間、よく親御さん同士で話し込んでいたそうだ。僕等は完全におふざけでやっていたが、むしろそれが親同士の間では好評だったらしい。常識があるから、ふざけていても面倒を起こさないと。実際、亡霊探しをしている間は、頑張ってとは言われても、怒られたり、説教されたりはしなかった。子供だったからかもしれない。


 どうであれ、宿題はえらい速度で進んでいって、後はありもしない感情を並べるだけの感想文を残すのみとなり、カレーを食べ終わった後は一心不乱におふざけに興じていた。結局、その日はみんなで寝泊まりをしたのだ。親には随分と迷惑をかけた。叱ることこそしなかったが、同年代の子供を五人も家に抱えて、子供の方はそんなの気にせずに遊んだりはしゃいだり……いや、僕だって叱りはしないが、町に繰り出していた僕よりも疲れていただろうとは思う。今、母はよくその時のことを思い返している。子供達に話して聞かせて、その目にキラキラとしたものを増やしている。良い母を持った。自慢の母だ。


 そして僕等の子供は、僕等の時みたいに子供たちで集まって、楽しげに幼い企みをしているのだ。僕等はもうあのようには過ごせないが……それを思い返すことはできる。これはそのうちの一つだ。さて、どこまで書いただろうか? そうそう、その日の朝は妙に冴えていたのだ。宿題のほとんどから解放された喜びが、僕等に幸運を感じさせていたのかもしれない。


「まず、うわさ話に出会った人をさがそう。このままあてもなくさがしても、きっと見つからない。その出会った人というのが、どこにいるのか分からないけれど」

「でも、それがいいでしょう。もうさくせんなどありません。うわさ話は手ごわい。きっと何かわるいことをしていて、それをかくそうとしているのです」

「会ったこともない人に、そうわるく言うものでもなかろう。今はまだ十分な手がかりをつかめていない。なら、会って話すまでは分からないことだ」


 時に参謀は調子に乗るところがあった。今でもそうだが、当時はよりその特徴を表していたような気がする。いや、子供だからそういう幼さを隠せなかっただけなのだ。それはいいとして、見つけた人とやらの手がかりというものはどこにもなかった。この前と同じように、ただ道行く人に話しかけていくばかりだ。そのうちこっちの方が噂になるのではないか。そう考えもした。それほどまでに情報は得られなかった。疲れていた。参謀も部下も嫌になってきていた。そろそろ止めようか。そう考えていた。


「わたし、知っていますよ。手記の亡霊のことなら」


 その人達は、どうやら噂話を広めた張本人らしかった。思わず飛び込んできた情報に、魚が餌によって釣られるように聞き入ったのだった。


「まず、亡霊は決まった順に列車に乗り込むの。朝には中くらいの列車、昼は一番大きい列車。夜は空いている荷物置き場の上で寝ているって」

「でも、この前大きい列車に乗っていた時は、どこにもいなかったよ」

「それは……驚かせようとしているのかもしれないね。私達はこの間、亡霊と仲良く話してきたから。自分の正体を探しているみたい。そうだ。もしかしたら、彼が見つけようとしているものを持っていけば、亡霊に出会えるかもしれないよ」

「ホント!」

「ホント。でも、私達にも必要なものが何か分からないの。だから残念そうにして、それからは会ってないの。お願い、私達の代わりに彼が欲しいものを持って行ってあげて」

「りょうかい! そうと決まればさんぼう、さっそくききこみに出かけるぞ!」

「もちろん。でもその前に……お姉さんたち、ありがとうございました」

「こちらこそありがとう。あなたたちとお話できて楽しかったよ」


 話していない片方の人はうろたえていた。話していないのにも関わらずお礼を言われている事に戸惑っていると、話してくれた方の人がこちらに伝えてくれた。だが、僕等を初めに見つけたのは話していない方の人だと、僕は気づいていたのだ。そちらの方に目線を向けて敬礼を行った後、僕等は手がかりを携えて町中に飛び込んでいった。


 さて、これからは亡霊の探し物について書くべきだろう。そんなもの、誰も知らないというのが正確なところだった。三日は費やした。だが、僕等はむしろこれまで以上に使命に燃えていた。亡霊に会う事がいつの間にか、亡霊を救う事にまで発展していると、知らず知らずのうちに理解していたのだろうか。何であれ、暇つぶしの一環に変わりはなかった。だから本気になれたのだ。これが業務であったなら……それはそれで、楽しそうにしていたかもしれない。


 だが結局、話は振り出しに戻ってしまった。手がかりばかりで、肝心の真実は一つも得られないのだ。しかしここまできて諦めたくもなかった。夏休みはまだ十分にあった。二週間もだ。それでもこの謎を解くには十分ではないと、子供ながらに思っていた。葛藤だった。今改めて考えてみれば大したものでもないが、当時は四人も付きあわせていたものだから、彼等に対して褒美を与えられない日々が続いた以上、責任を取る必要があったのだ。つまり、今後この事を話題に出さないようにするか、夏休みを棒に振るか。僕等は他に楽しむ手段を持っていた。噂話ばかりに気を取られているのは、はっきり言って無駄なのだ。誰もそのような事は言わなかったが、内心分かっていただろう。誰も口には出さないが、苛立ちはあった。そんな中、それまで発言しなかった部下が一人、勇気を振り絞ったのである。


「……あの、ぼくはまだあきらめてません。きっと、きっと見つけられるとおもいます。分からないけど……でも、まださがしてないところだってあるでしょ? としょかんとか、もしかしたら、そこにうわさ話のしょうこだってあるかもしれない」

「そうだな。そうかもしれない。みなのもの! 今はくるしいじきだが、ここを何とかふんばって、こううんをつかみとろうではないか」

「しきかんどの、おことばですが……われわれにはもうそのような元気はありません」

「なら、うわさ話のぼうれいはどうなる? かれはずっとさまよいつづける羽目になるのだ。見すててしまうのか?」


 参謀もまた葛藤していた。それは分かっていた。だが、最後に決断するのは自分自身なのだ。やがて、参謀は僕の問いに対して拒絶の意志を示した。進むべき道は定まったようだった。部下はもちろんついてきた。もとより拒絶の意志はなかった。というか、そのうちの二人はただみんなで集まりたいだけだったのだろう。それならそれで、別に構わないと思っていた。いや、この気持ちは回想している僕の想像かもしれない。


 図書館に行って、僕は受付の人に手記の亡霊について聞いてみた。いや、そういうのは司書と呼称すべきだろうか。いかん、僕まで小学生になっては、伝える事が全て抽象的になってしまうだろう。それだけは避けなくては。まあいい。受付の人は七不思議についての本を勧めてくれた。子供のおふざけとして取られたのは、当時の僕にも分かった。仕方なく勧められた本を読んでいた。思わず声を出して怒られた。どうしたことか、その本には手記の亡霊について事細かく書いてあるのだ。だが、肝心の正体については、やはり書いていないのだ。今思うと随分と都合の良い文献だった。どこぞの詐欺師が作った本だったのかもしれない。


 それでも、僕等はその本を借りた。失礼かもしれないが、これを持って亡霊に見せようかと思案する程に追い詰められていた。僕はともかく、部下や参謀は限界だった。そろそろ、今の僕も書く事がなくなってきた。もう亡霊のことなんて忘れて、別の思い出について語ってみせようか? おそらくは、執筆を勧めてくれた参謀に恨まれるだろうと思った。続けよう。


 さて、僕等はもう諦めかけていた。僕は残った感想文に全てを乗せて、後は何もかも忘れて生きていくべきだったのかもしれない。それが嫌だったのか、忘れるのが嫌だったのか、とにかく僕はまだ手記の亡霊がそこにいると信じていた。部下の一人も残ってくれた。他の皆は、家族との時間の方が重要になったようだった。そりゃそうだろう。残った一人の方が酔狂なのだ。今、隣の家に暮らしている。いや、今はそんなことはいい。


 とにかく、その時は亡霊よりも、部隊の再結成が求められていた。その為には、離れていった彼等を惹きつける強烈な情報が必要だった。いや、そもそもそれをもたらしたのは彼等の方なのだ。手詰まりだった。仕方ない。もうこの町にはいないかもしれないが、それでも……他に何もないだろうと思ったのだ。僕等は二人で亡霊の情報を与えてくれた、あの二人に会いに行くことにした。幸いな事にこの町に住み着いていたらしく、探し出すのにそう時間はかからなかった。


「……なるほどなるほど、図書館でそんな本があったのね」

「でも、これだけで、後は何にもなかったんだ。これじゃあうわさ話は会ってくれないよね……」

「大丈夫よ。ここまで頑張って探してきてくれたんだから、会わなかったら説教しちゃう! そうじゃなくても、子供に夢を与えるのが、大人ってものでしょ? わたし、そういう大人になりたかったの。今ならなれる気がする。それっていいでしょ?」

「いいかも。でも、今はうわさ話の方が先」

「ごめんごめん。ふざけている場合じゃなかったね」


 そういえば、二人は切符の勘定をどうやって済ませたのだろうか。よく覚えていない。まあ、いつか思い出すだろう。僕等は四人になって、亡霊に会いに行った。昼下がりで、丁度よく一番大きい列車が停まっていたのはよく覚えている。


 そう、そこには確かに亡霊がいたのだ。これを読んでいる人には信じてもらえないだろうが、絶対にいたのだ。証拠は何一つとして出せないし、参謀に言っても半信半疑だったが、これまでのどの思い出よりも、心に深く刻まれている。それはゆっくりと僕等の前に姿を現して、丁寧に会釈をしたのだ。僕も、部下も、あまりの光景に目を疑っていた。部下は自分の頬をつねっていたし、僕は僕で、自分に向けて平手打ちをかましてやったのだ。現実はそこに残っていた。手記の亡霊は半透明の橙色を全身に纏って顕現していた。僕等以外の誰も、この者には気づいていないように見えた。


「ああ、君達か。それと……君達が話していた、自分を探している人だね。随分と若いな」

「えぇ。ところで、この本を見てほしいの。あなたの事が書いてある、何だかよく分からない本なんだけど」

「七ふしぎだよ、七ふしぎ。七つの面白さがつまった本なんだよ」


 手記の亡霊は、微笑みを浮かべながらその本を読み始めた。正確には、自分では持てない本を開いて見せてもらっていた。不思議な光景だった。僕は何がなんだか分からなかったが、噂話は本当の事で、彼女らが頼まれて広めていった情報なのだと、自ずと理解していた。部下はただ亡霊の様子を眺めていた。呆然としていた。その目は、初めて噂話を耳にしたあの時よりも輝いて見えた。


「なるほどな。自分がここに現れるまでに、誰かが自分について書いていると。本当に不思議だな」

「いや、もしかしたら先にうわさ話がいたのかも。すごくにているけど、でもちがう。なんだろう……きっと、ずっと前にそれを思いついた人がいたのかも。それで、それを本に書いてさ。それを書いた人がいるんだ」

「そうか! それは妙案だな。自分には思いつかなかったよ。なるほど、自分に辿り着いただけのことはあるらしい。小さいながらも腕は確かなようだ。流石だな、指揮官殿」


 会う事ができたのは彼女等のおかげだ。だから、この白々しい台詞はお世辞なのだと分かっていた。しかし、どうにも調子に乗らせるのが上手いので、ついつい頬がゆるむのだ。僕等は子供で、彼はまさしく子供騙しだった。また会いたいものだ。元気にしているだろうか……亡霊にとっては、元気も何もあったものではないか。




 それから先、彼には会えなかった。あの七不思議の本の著者を探しに出かけたと言ってからは一度も会っていないと、彼女等の言葉もある。会えなかったうちの、二人の部下は僕等の証言に全く耳を貸さなかった。面白い冗談だとは思ってくれたが、今になってもどうにも信じてもらえていない。彼等は与太話だと思っているのだろうが……参謀は、そうではなかった。だからこれを書き記すきっかけが彼女だったのだ。いや、参謀もあの頃のようにふざけているだけなのかもしれない。それならそれで、嬉しいものだ。僕等はもうあの頃のようにはなれないと思っていたが、どうやら思い違いだったようだ。


 それはそれとして、もう二十年近く経った。目的を果たしたか、それともどこかで人知れず……手記と共に消えてしまっているのかもしれない。まあ、いいだろう。どうであれ、子供の頃の思い出だ。初めからそれ以上のものを期待するべきではないのだ。僕はそう思っていたが、読者はそう思っていなかったかもしれない。申し訳ないが、これ以上彼についての話を紡ぐ事はできない。先ほど述べたが、彼にはあれから二十年も会っていないのだ。会えるものなら僕から会いに行きたいと思っている。そして、今の今までそうはならなかったのだ。ここから先は、また別の思い出について語らせて頂きたい。だが、その前に……誰でもいい、彼に会えたものなら、こう伝えてほしい。







 僕等は元気でいる。あなたは元気にしているだろうか。僕等は今もあの町で、当時の出来事を思い返すばかりである。どこにいるか分からずにいるので、あなたに会いに行くことはできないが、再開できる日を心待ちにしている。


                           小さな指揮官より

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