第5話
舟の上で風に吹かれている。今朝早くミキキミの村を出ると、北へと向かって進んで行く。どうやらミキキミは俺たちをヒミコのところへ送ることにしたらしい。トオがヒミコがどうとか言って俺らを舟を乗せたのだ。丸木舟を漕ぎ続けると、やがて大きな河があらわれた。今度はこの河を遡るみたいだ。川岸はほとんど葦に覆われていて、たくさんの小さな島がある。島というより葦のかたまりかもしれないけど。
遠くに禿山が見えてきた。対岸の山々も幾つかは禿山だった。ところどころまだ新しい土砂崩れの痕がある。
「ソーラーパネルでも置くのかよ」
確かにそう見えなくも無い。
「環境破壊って感じに見えるね。それはそうと美琴、それどうしたの?」
「ムスカがくれたんだ。どうみても剣だけどね」
「ミキキミって人ね、ムスカって名前じゃなかったと思うよ。異世界の冒険っぽくなってきたやん。ムーの導きかもよ」
「んー、それが竹刀より短いし、金属だから重いのよね。はっきり言って使いこなせないかも」
河にせり出した小高い丘の上に砦らしき建物が見えてきた。その向こうに見える禿山にも山頂付近に大きな建物がある。砦を回り込むようにトオが舟を進める。
ここはかなり大きな村、いや町と呼んでいい大きさかもしれないな、そう考えていたら、圧巻の景色が広がった。
砦の裏側にあたる船溜りには、見渡す限り丸木舟が係留してあったのだ。岸にも引き上げてあるのを加えれば二百艘以上はあると思う。そして何人もの人夫が新しく舟を作っているのが見える。山裾には田畑が広がり、たくさんの家々から煮炊きの煙がうっすらと昇っている。へんな表現だけど「文明」があると思った。
そして、ここクマムレで俺たちは様々なことを知ることができた。
ムレという町、いまはクマムレと呼ぶそうだが、ここにはナリとタリという双子の兄弟が治めていた。この双子はあまり感じが良く無かったが、俺たちの世話をするためにつけられたモイ爺という人物が、この世界の様々なことを教えてくれたのだ。
ここはムレというクニ、クニというのは多分「国」ということなのだろうけど、俺たちから見れば村や町程度のものだろう。ナリとタリは数年前にここに派遣されてきた、軍隊長だという。この二人はさらに北にあるナツというクニのシラヒコの部下であるらしい。もともとここにいた長にあたる人物はその権限を奪われて、閑職に追いやられているようだ。なぜそんなことになっているかというと、スメラミという王様が東に去ってしまったからだという。
河の対岸の山々の麓にうっすらと見えるクニ、アマツにスメラミという偉大な王がおり、ほんの数年前まではここら一帯はその人物の統治する国であったという。各地の国は王がおり、俺たちが通ってきたミキクニも同様だ。ミキ国のキミつまり王が、ムヒコ。この「ヒ」というのが王族のみにつけられる名前であって、「コ」が男「メ」が女らしい。ムヒコという名前は、王の血族の男のム、ということになる。
ユキヒコという俺の名前がたまたま、ユキ、ヒコとなるので王族だと勘違いされたようだ。
ミコトが特別扱いされていたのもここではっきりした。ミコトとは神そのもの、もしくは神になったものという意味で、神でもないのにその名を騙ると、死んでも死ねない地獄に行くと考えられているという。いま存在するミコトはスメラミと南の敵国に遠征している者だけらしい。どうやら美琴はサノ神ということになるらしい。ちなみに神になると男神は「ギ」、女神は「ミ」と敬称がつくとのこと。
そして気になっていた「ヒミコ」というのは王族の巫女という意味で、ミコはそのまま巫女らしい。分かりやすくて助かる。
「モイ、そのスメラミってのがヒミコなの?」
モイ爺はしばらく小首を傾げて固まってしまった。小首を傾げるという身振りの意味も、俺たちとそう変わらないみたいだ。
「スメラミ、ヒミコ」
「トヨ、ヒミコ」
どうやらトヨ国のトヨヒメもヒミコらしい。どうやらヒミコは一人ではないらしい。まぁ王族の巫女であればヒミコなら、何人もいておかしくないだろう。
どのヒミコでもよいから、はやく会ってみたいものだと考えていたけど、俺たちはここに数ヶ月足止めをくらうことになる。ただそのおかげで、モイ爺とは簡単な会話ができるようになっていた。
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