第4話

 イクないじゃない!

 さっさとしておくべきだったのだ。結局イベントは時間切れで終了である。進めるには課金すればいいんですか? ガチャ? サブスク? 分かりました桶を買います!

 ここで終了した原因は地震である。火にかけていた湯がこぼれ、屋根から埃が降ってきた。その後も数度小さく揺れ、その度に建物が軋んだ。

 陽が昇り、昨夜の地震の影響はいかばかりかと表に出ると、倒壊した建物はなかったが、一部が崩れている建物が数棟あった。

 美琴と無事を確認し合うと俺たちも手伝いを申し出た。ただやれることはほとんどなかった。建築や医療など高度なことではなく、縄をなう、火を熾す、籠を編む、木を切り倒す、魚を捕らえるなどの基本的なスキルがないのである。柱を支えたり、水を汲んだり、穴を掘ったりした程度で疲労困憊してしまった。体育会系の美琴ですらへばっていたので、俺などは早々に離脱しなければならなかった。チートスキルでなくて良いので、スキルを取らせてくれないですか?


 一通りの復旧作業に三日ほどかかった。

 次の日、トオに呼ばれてついて行くと、村人がみな集まり祈りを捧げている。呪文かお経のようなものを唱え、その向こうでは半裸の女達が踊り狂っていた。村から少し離れたところに、ひときわ高い大樹があった。村からも見えていたが、側に来るとその高さは圧倒的であった。

「めっちゃ高くね?」

「うちのマンション15階建だけど、それより高いかも」

 幹も幅が5メートルはある。

 明るい茶色の樹皮に葉っぱが赤く染まっている、枯れているようにも見えたけど、紅葉しているようだ。細かい葉っぱがつき、一瞬あの晩の束ねられた枝を思い出してしまった。

「美琴、あの日どうしてた」

 ここ数日聞くタイミングを逃していたことを尋ねた。

「どうもこうもねぇよ、行彦はどうなんだよ」

「いや、おれは、その、どうしていいか分からんかった。童貞なんよ、俺」

「まじかよ、さすが帰宅部。……ま、俺もそうだんだけどな」

「うそだろ?」

「まじまじのマジ」

「体育会系を絵に描いたような美琴が? まぁ趣味が趣味だしな、そうか、そうかもな」

「いやいやいや、ヤろうとはしたんだよ。ただちょっと触られただけで、出た。しかも3回も。ちょっとでも何か触れると出やがんの。それでもしようとしたけど、結局萎えちゃった。4回目が出たらもうダメだった。彼女目を丸くしてたな、すごい量でたから」

「まじか」

 俺は結局何もできず、勃っただけだったので、地震の最中、堪えきれずに自分で処理した。でもこれは言えなかった。笑い話にできるのはもう暫く経ってからのことだ。


「なぁ後ろの海の方見てみ」

 俺はあの晩のことは暫く頭から追い出そうと、勢いよく振り返った。

「海の近くの森みえるか、カヌーみたいな船に乗って、高い森の端を通ったろ」

「丸木舟な。あぁ通った。その前に通った丘より高いなと思ったんで覚えてる」

「丸木舟っていうのかあれ。ま、いいや。あの木と、この木いっしょだぜ」

「え、そうなの。この木はご神木なんだろうな。なんて言うんだろう」

「メタセコイヤ」

「ん、なに?」

「メタセコイヤ、和名は曙杉」

「なんで知ってんだよ、微妙に怖いわ」

「通学路の並木道にメタセコイヤあるだろ」

 そんなのあったかな、家から学校までの道を思い出してみる。あった。ある、確かに同じ木だ。赤く染まった落ち葉も同じだ。

「あるな。あの橋渡る手前な」

「そうそうそう」

「でもなんで知ってんの?」

「うちは材木屋だぜ。佐野建設は世界中から木材輸入して、建築してんだよ」

「そうだったのかよ、建設会社ってイメージしかなかった」

「レッドウッドとかいう名前で入ってきてるんだ。年輪の幅が広くて柔らかいから、あんまり高級な木材じゃない」

「うん」

「年輪の幅が広いってことは成長が早いってこと、そして見た目より軽いんだ」

「まさかオカルトとアニメ以外で詳しい分野があったとはね」

「ま、お前は大学行くだろうけど、俺は実家に就職だからな」

「敷かれたレールってやつですか」

「うーん、そうね、俺自身が納得してるから別にいいんだけど。ていうかもっと大事なことがあるんだ。メタセコイヤは生きている化石って呼ばれてて、日本でも化石が見つかったんだけど、絶滅したと考えられてたんだ。でも中国で自生しているのが見つかった。その木から苗を育てて世界中に広まったんだ。いま日本に植えられているのはアメリカから贈られたやつなんだ」

「絶滅したと考えられてた木が、細々と生き残って、いまでは世界中に植林されたってことね」

「そうそう。ただ日本で絶滅したのが260万年前だと言われているんだ」

「恐竜はいないけど、マンモスはいるころじゃ」

「そうなんだ。古すぎるわけよ」

「え、じゃ弥生時代の日本じゃなくて260万年前の、いや、それはないわ、クロマニヨン人まだいないし」

「あぁ、そうなの。まだ人類いないの?」

「いや人類っていうか、新人、いまの俺たちみたいな人類は早くて4万年位前に進化したと考えられてるんだよ」

「じゃ、やっぱ異世界転生なんだな」

「いや、メタセコイヤがひっそり卑弥呼の時代までは生き残ってたのかもしれない。まぁここが弥生時代の日本だとしたらだけど」

「それはいいけど、この歌と踊り長いなぁ」

 美琴のセリフがフラグだったのか、ちょうど儀式が終わった。

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