第2話
五分ほどでついた場所は、先ほどのような小屋がいくつかと、竪穴式住居が一棟あるところだった。
中央に長老らしき人物がおり、いまも方々から人が集まってきていた。
トオと名乗った男も太ももあたりに刺青らしき模様があったが、いま目の前にいる老人は顔以外はすべて刺青が入っていた。目のような形や波のような曲線、しぶきのような模様が身体を覆っている、少々気味が悪い。
「ワタカアマ、ミコト」
長老が低い声で尋ねてくる。
「本当に英語なんか?」小声で美琴が聞いてきた。
「ちがうと思う。名前を聞いているんだと思う」
「それはわかるけどさ……」
先ほどのやり取りを繰り返す。
「カツラギ、ユキヒコ」
「サノ、ミコト」
長老は美琴に向き合い、自分の首元を触って促す。
どうやら飛行石のペンダントを見せろといっているらしい。
美琴もわかっているらしく、首から外すと長老に手渡した。
握りこんだり、透かしてみたりしていたが、やがて美琴に返した。
そうこうしているうちに、10名程の人が集まって来ていた。
そのなかで、目を引く人物がいた。
明らかに身なりがよい。服は同じような形だったが質がよいのが見て取れるし、髪は櫛で梳かしたように整っており、艶もある。そして耳の前で8の字を描くように結われていた。
「卑弥呼みたいだな」
そう呟いたのは俺ではなく、美琴だった。
そうだあの髪型は美豆良(みずら)そっくりだ。教科書でしか見たことないが、間違いないと思う。そう考えるとあの麻袋のような服は貫頭衣か。なんだ? もしかして弥生時代かここ。
「ヒミコ」
「アァ、ヒミコ」
長老や皆に安堵の空気が流れる。
また話し合いが持たれた、結局わかったのは、今日はここに泊めてくれるらしいということだけだった。
すでに空は夕暮れ色を帯びており、風が冷たくなっていた。
「どうしたもんですかのう」
「ムヒコ様のところへやればよかろう」
「自分でミコトを名乗っているのだからなぁ」
「さすがにミコトの名は騙れないでしょうしな、どんな災いがあるか分かりませんし」
「もうひとりはユキヒコと名乗っていますが」
「ヒコは有り得る。着ているものは変だが、身なりがよい。肌に虫食われの跡がない。髪も艶やかで整っておるし、ヒゲもない」
「しかし雪ヒコとは。ワケでしょうか」
「いまはもうワケだらけじゃ、おってもおかしくはなかろうて」
「トオ、明日は頼むぞ」
昨日は思いの外、美味しい物を食べられた。
メインは貝だったが、焼き魚に赤飯のような穀物と、パンのようなものまで出た。
ただ寝床は蚤とシラミで冗談ではなかった。特に蚤が厄介である。
ムシロを燻したりしながら、美琴と二人で持ち物を確認してみた。
俺は濡れて電源が入らないケータイ、服はジーンズにウールのシャツ、カーディガン。あとは財布などを入れていたバッグがないので何もなかった。
美琴はチノパンにコラボTシャツ、パーカー、飛行石のペンダント、パワーストーンのブレスレット、あとはポケットに千円札一枚だけであった。オカルト雑誌を入れていたリュックもなかった。
「なぁなぁ、これ異世界転生じゃない?」
お腹が満たされ、緊張が緩んだのか、美琴の口調も幾分軽い。
「美豆良を結ってたり、ヒミコと言ってるのを考えると3世紀の弥生時代っぽいよね」
「まさかこんなんで行彦の勉強が役に立つとーはーねー」
「時間を遡ったんならタイムリープだし、異世界転生じゃなくない?」
「まだモンスターとかが出てくる可能性がある。最近はそれが定番だし、これからスキル発動よ」
「転生なら同じ姿なの変じゃない?」
「じゃ転生じゃなくて異世界放浪、レイラインのパワーが惑星直列によって次元の扉を開いたんだよ、カツラギ君、みずからの使命に目覚めなさい」
「普段通りで安心するわ」
「寝て起きたら元に戻ってるかなぁ」
「そうだね、そうかもね」
「明日バイトなんだよなー、休みますって連絡入れたいわ」
「……優秀な社会人になりそうだね」
くすぶる薪を見つめながら、昨日の会話を思い出していると、便所にいくと言って出て行った美琴が帰ってきた。
「ちょっとそこらを走ってきたけど、ここ島だな」
「え、走ってきたの?」
「トレーニングは日課だしな。帰宅部さんには分かりませんて」
「なんだろう、すごい。お前はどんなとこでも生き残るよ」
何時かはわからないが、空が白んできているので、朝なのだろう。
しばらくすると、長老とトオがやってきた。
粥らしきものと昨日も食卓に上ったパンをいただく。
「ウキタマ、ウキタカラ、フネ」
「ミキクニ」
どうやら一緒にどこかに行って欲しいみたいだ。
トオが同行するらしい。
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