大緯度サーティスリー
YS
第1話
北緯33度に大きな井戸があって、そこに隕石が吸い込まれている。っていう話を聞いて、俺たちは連休に合わせてはるばる遊びに来ていた。
「行彦、このフェンスの中じゃねえの?」
「そうっぽいけど、わぁ、もう入ってるし!」
「波動を感じる。あの建物に間違いなし」
「美琴、どうやって登ったん、これ?」
「帰宅部部長のお前にはムーリー」
美琴は陸上部で、高校にも特待生として推薦入学してきている。正式な所属は陸上部なのだけど、小中と剣道の県大会で連続優勝しているので、なぜか剣道部にも所属している。言ってみてば体育会系のエリートだ。運動神経が良いのに、オカルトやアニメが大好きというあんまりいないタイプだった。美琴って名前で女だと思われることが多いが、れっきとした男、むしろガタイが良い。佐野建設という地元では有名な会社の御曹司でもある。なんでも母親が女の子が欲しかったらしく、どうしても名前だけはということで、美琴になったらしい。
アニメのコラボTシャツにパーカーを着て、首には飛行石のペンダントをしている。そうあのジブリの有名なやつだ。ガタイの良さとファッションのちぐはぐさで、「あっ、近づかないほうがいいかも系」のオーラがすごい。
ようやくフェンスを乗り越えたところで、はずんだ声がした。
「開いてるとかありえるぅ? 普通はありえなーい。でも開いているぅ」
中に入った美琴が続ける「カツラギ君、早く来たまえ」
後を追って建物に入ると、確かにあった。どでかい穴だ。しかも通常は蓋がしてあるらしいのだが、いまは吊り上げられ開いている。
「カツラギ君、ムーを信じなさい。言い伝えの大井戸は本当にあったのだよ!」
「いや、そのりくつはおかしい。天井があるし、そもそも隕石が吸い込まれるんじゃなかったの?」
「行彦、せっかく雰囲気作ってるんだから合わせてよ」
「芝居掛かりすぎだと思うよ、美琴」
レイラインがどうとか北緯33度がどうとか、正直、胡散臭すぎる話だったけど、確かに穴はある。
「葛城先輩、ちょっと中に入ってもらっていいっすかぁ」
「先輩じゃねえし、同級生だし、そもそも降りれないし!」
二人して大穴を覗いていると、底の方に光るものがいくつも見えた。
「本当に星みたいに光ってるな」
よく見ようと目をこらすと、急に星々が近づいてくる。周りが真っ暗になって顔に風を感じる。いや、星が近づいてるんじゃなくて、落ちてるんだ!
振り返ると、美琴も落ちてきている。穴の入り口が段々ちいさな円形になって、やがて消えた。
最初に感じたのは波の音だった。そして魚くさい臭い。どこかから入ってくる心地よい風と、誰かが額に触れる気配。身じろぎすると、誰かが脱兎のごとく駆け出した、なにか大声で叫んでいる。ムシロと砂、木の枝で作られた粗末な掘っ建て小屋、遠くに波打際が見えた。身体はべとべとするけど、怪我はないみたいだ。服もほとんど乾いている。隣には美琴が横たわっていた。
「おい、大丈夫か。おい、美琴。美琴!」
口元が動いた、生きてる。やがて目を開けると、こう言った。
「喉乾いた、飲み物持ってない?」
そう言われて俺も喉の渇きに気づいた。とりあえず何があった? ここどこだ?
大声の主が戻ってきた。どうやら子供のようだ。
何人かの大人を連れてきている。みんなヒゲもじゃで、髪もボウボウ、真っ黒に日焼けした体に麻の袋みたいなものを着ている。ホームセンターでしか見たことないような、土嚢? 米袋? みたいなやつだ。
なにかしゃべりかけているのだけど、いっこうに分からない。
「行彦、これ英語か?」
「行彦、おい行彦、聞いてんのか?」
美琴が話したことによって大人達がざわつく。なにか話し合っているように見える。
大人達を呼んできた子供がなにか言う。そして手に持っていたものを大人に渡した。
「あ、俺の飛行石!」
美琴が突然立ち上がり、ペンダントをもぎ取る。勢い余って相手は倒れてしまった。
「美琴!」
「状況がわからないんだから、下手なことするな!」
「限定品だぞ! いくらしたと思ってんだ!」
涙滴型の水色のガラスの中に、金色の紋章が浮かんでいる。
アニメの飛行石を正確に再現したというより、お洒落なアクセサリーよりにしてあった。ただ、実際に身につけるにしては大きすぎるし、普通は飾って楽しむものだと思う。
公式グッズではないのは知っていたし、ファンアートとして作られたものを、転売屋から買ったと聞いていたので、高いだろうとは思っていたが、それにしてもである。
「とりあえず、落ち着こう」
腕を広げて、地面に向かって何度か振り下ろすジェスチャーをしてみる。
同じ人間としての機微があるみたいで、それ以上は荒事にならなかった。大切なものを気絶しているあいだに取られて、それに気づいて取り返したと分かるから、行為に正当性があると思ったのだろう。
「ナヨブ」
「アハ、トオ、ワタノマスラ、オオシマノトオ」
「何?」
「行彦、これ英語か?」
「トオ」そう言って、小柄な男が自分の胸を触りながら、何度も繰り返す。
「アハ、トオ」
名前だな。
「行彦、ユキヒコ」
俺も胸を触りながら応える。
「カツラギ、ユキヒコ」
そして美琴を指し、「サノ、ミコト」と伝える。
「ミコト、サノ、ミコト?」
大人達が話し合いを始めた。首を振ったり、小首を傾げたり、うなづいていたかと思えば、急に割り込んだり。ひとしきり話し合うと、当座の結論が出たのだろう、まだその場にいた子供に何かことづてると、子供は弾けるように駆け出した。
俺たちは、促されるまま、大人達の後をついていくことになった。気になったのは、明らかに美琴に対して気を遣っているということだった。
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