第8話 アウトライヤー

 夜遅くに家のソファに一人腰掛け、酒を煽る。


 高橋との会話から早五日。寝付きがすっかり悪くなり、連日酒の力を借りて床に就く。このままでは仕事に支障が出て、出世どころの話ではない。


『青島君とは、アウトライヤーの話をしただけさ』


 高橋の最後の言葉を思い出す。


 アウトライヤー。それは共感ネットワークに保存されている過去の人間の人格データベースの一部を指す。パーセンタイル順位から大きく外れた、弾かれ者達。高橋が攫って行った外輪の粒の、更に外側に位置する人格だ。中には昔偉業を成し遂げた人も含まれるが、基本的には気狂いの掃き溜めだ。先日のニュースのミタル教のテロリストもきっとそこに分類される。


 そいつらの話をした? 青島と高橋が? まさか話しただけでは辞めるまでに至らないだろうと思う一方、あの高橋の話術をもってすれば、或いは。


 どんな話だったのだろうか。


 酒を飲みながらここ数日幾度となく浮かんだ疑問が再び頭を過る。それを知れば、高橋のみならず、どんな手強いルダイト相手でも説得できるようになるのではないか。昇り詰めるチャンスではないか。


 残りの酒を喉奥目掛けて放り、肚を決めた。


 アウトライヤーは共感ネットワークの一部だ。普段は隔離して保管されているが、チップを介して容易にアクセスできる。ならば高橋を倒す為にやるべき事は唯一つ。敵をもっと知ること。アウトライヤーとの共感だ。


 チップで共感ネットワークの保存人格にアクセスする。近年の偉人や学者にアーティストといった人気の共感人格に一瞥もくれず、ネットワークの隅のアウトライヤー達に辿り着く。いつもの要領で共感しようとするも、考え直し、五百万以上の設定項目を固定する為にタイマー付きのロックを掛けた。保険の為、三分後に作動する共感ネットワークから強制切除の指令をチップに仕込む。これで何が起きても三分後にはアクセスが自動的に解除され、元通りだ。改めてアウトライヤー達と共感した。


 殴られた。いや、殴られたという錯覚だ。暴力的な思想に一挙に襲われ、チップが収まっている頭蓋骨を始め体の全ての骨が軋み、痛む。叫び出したい怒りに涙を流す感激に息を止める程の悲しみが一遍に頭の中で爆発して、皮膚を内から破り感情だけが部屋の中で暴れ出しそうである。いつの間にか座っていたソファから崩れ落ち、床には吐瀉物が。


 一瞬でも気を抜いたら、壊される。


 アクセスを停止しようとチップ操作に集中するがアウトライヤーの感情の雪崩が理性を攫って行く。その事に正常に作動しているらしい通常の共感ネットワークから不安と恐怖と焦りが溺れている人の息継ぎのように顔を覗かせては感情の渦に呑まれていった。うずくまり、ただただ三分後という救済の時を、待った。


 長い、長い、三分だった。

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