第6話 淘汰される五パーセント

 高橋はテーブルの上にあるソルトシェイカーに手を伸ばし、いきなり目の前でテーブルに直接塩を振り出した。話題が変わる。


「ところでさ。新しいチップの初期設定ってどうなってるの? 今も五十?」


 尋ねながら高橋はテーブルの一点に焦点を合わせたように集中的に塩を振っている。一体何をしているのか分からずも、彼の問いに答える。


「……えぇ、人口の平均がパーセンタイル順位で言う五十ですので」


 満足する解ではなかったのか、高橋は独り言のように呟く。


「平均。平均ね……まぁそれ以外が初期であっても気味が悪いか」


 一方塩の作業は満足いく結果となったのか、良しと一声漏らすとシェイカーを元の位置に戻した。彼は顔を上げ、元の明るい声で話し出した。


「今のチップ持ちが使っている、それらの最低と最高の数値って分かる?」

「……〇と百ではないでしょうか?」


 それを聞いて高橋は歯を見せて笑った。


「まぁ、それが現状を維持する為には理想なんだけど。僕の独自の調べだとチップ持ちの九十五パーセントが五から九十五のふり幅に収まってしまうのさ」


 つまり九十五パーセントのチップ持ちが過去の人口の五十を中心とした全体の九十パーセントの考えや感情の範囲に収まる。想定内の誤差ではないだろうか。


 しかし高橋はそれを強く否定した。


「この五パーセントの違いは大きいよ」


 すると彼は先程テーブルにばら撒いた塩に目を落とす。つられて見ていると高橋は棒倒しの要領で外郭を占めるまばらな塩の粒を掌で攫っていく。


「共感ネットワークのアクセス設定の数値は範囲の基準が過去のデータを使って常に更新されている。同じ数値を選択し続けても、そもそも数値の基準が変われば、今の好奇心七十は以前の好奇心七十から少しずつずれていくのさ。どんどんどんどん五十に近づいていく」


 再び外輪から塩を両手で攫う。


「なにせ世代を重ねる毎に両極端は消えていくからね……次の世代」


 塩の円がまた一回り小さくなる。


「……また次の世代」


 高橋は塩をじれったいほど少量ずつ掻き集めていく。しかし何度も繰り返されれば、残るのは中心部の密集した塩の塊。


 彼のゆったりとした手の動きで催眠術にかかってしまったかのように考えが上手く纏まらない。チップからはいつの間にか焦りが滾々と湧き出ている。やっとの思いで口を開く。


「ですが、チップの設定は飽くまでも個人の考えや感情を補助するものです。設定されたもの以上の感情を抱いたり、或いはそれ以下を感じたとしても、強制的に数値に合わせられる訳ではありません」

「でも実際、チップに設定された感情はその設定された通りの度合いで一瞬頭を過る」


 言葉を失う。この男、ルダイトだというのに、チップについて詳し過ぎる。それでも返事を何とか絞り出す。


「……業界ではナッジと呼んでいます。従うか、拒否するかは個人の自由です」


 大半はナッジに従う事がデータで分かっているが、触れないでおく。しかし高橋程の男であれば、そこを突くかもしれない。必死に対策を練る。

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