第5話 質問という名の確認

 チップからこれ程の苛立ちを感じるのは、久方振りである。それこそ、チップ設定をいじっていた学生時代、向上心を上限いっぱいにしていた時期以来かもしれない。


 しかし強い苛立ちの中でも好奇心と閃きが作動する。ここだ。この奥に高橋という男の核心がある。話の先を促した。


「そう言われると逆に気になります。どうか話してください」


 高橋はじっと見詰めてくる。じれったい数秒間が過ぎ、渋々といった様子で口を割った。


「怒ってるね」


 愚直なほどの台詞に一瞬言葉を失い、まぁ、それはと思わず口篭もる。そもそも共感ネットワークを利用すれば怒っているかどうか口頭で確認するまでもないのだが、彼の反省しているような口振りに先程の怒りが萎みだす。だが高橋の次の一言で怒りは再び膨れ上がった。


「それは本当に君の感情かい?」


 頭に一気に血が昇り、熱から一瞬血液が沸騰しているのではないかと錯覚するほどだった。すぐさま反論してしまいそうになる。だが感情に身を任せてしまえば、高橋の核心に辿り着けない。綿密にパラメーター設定されたチップがそう告げている。感情任せの言葉を飲み込み、落ち着いた声で訊き返す。


「どういうことでしょうか?」


 一息つくと、高橋は淡々と語りだした。


「チップには感情や考え方、感受性なんかを制御する割合を設定する事ができるよね」


 苦労して手に入れた何百万に及ぶ感情パラメーターと呼ばれる設定項目の事だ。


「えぇ。好奇心や楽観性など、約五百万項目あります。個人の好みに合わせる事ができますので、自分だけの設定を組むことが可能です」


 暗に世界に一つだけのコンビネーションを作り出せるのだと言うも、間を空けずに高橋は問い返す。


「その設定、〇から百の間の数字を入れるんでしょ?」


 チップから小さな驚きが弾ける。まさかチップレスである高橋がそこまで知っているとは思わなかった。


「よくご存知で。えぇ、チップのモデルによりますが、最新のものですと小数点八迄調節可能です」

「その数値が表しているものは?」


 とんとん拍子の質疑応答にチップから違和感が滲み出る。高橋はそこまで知っているのか? いや、まさか。


「パーセンタイル順位です。個々のパラメーターに対して人口全体の振れ幅を正規標準分布に直し、〇から百まで数値化した全体の中で、その項目がどれ程強くチップの作動に反映されるかを選択します。正規分布は過去のチップデータから集計されたのを基準としています」

「そしてそのデータは常に更新されている」

「……よくご存知で……」


 おかしい。高橋は思った以上にチップに詳しい。これではまるで問われているのではなく、確認されているようだ。しかしなぜ高橋はこんなにもチップ技術を知っていてもなお、手術を拒むのだろう。

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