第4話 手強い商談

 高橋。チップレスでルダイト。頑なにチップ手術を拒む上、新人一人を辞めさせてしまう程の要注意人物。思い描いていた人物像は頑固な中年の男。反機械思想もあるならば、過激な抗議活動の一つや二つには参加したことがあるような猛者。威圧的な立ち振る舞い、相手を言い負かすような喧嘩腰の口調。


 高橋は、そういう人物であると思い込んでいた。


 しかし目の前の同年代の男はそのイメージとはかけ離れた風貌で、気さくな態度だった。青島が会社を辞めたと耳にしていたらしく、まずはと謝罪の言葉を口にした。しかし柔らかな雰囲気とは裏腹に、やはり芯が強く、チップ手術の話になると笑われながら断られた。


 想像とかけ離れていた高橋を前に怯んでしまった失態を挽回すべく、言い募る。


「高橋氏。あなたはなぜ、そうも頑なにチップ手術を拒否するのですか? こんなにも便利で、素晴らしい技術だと言うのに」


 高橋は片眉だけ器用に上げ、歪んだ苦笑を浮かべる。既に敬語ではない。


「僕は自分の考えや感情を持つ自由が好きなのさ。便利だからという一言でそれらを手放すつもりは無いよ」


 不可解な事を言う男だ。そしてかなり不愉快でもある。


「チップ持ちでも自身の考えや感情はあります。現に今、意見が衝突しているではないですか。共感ネットワークは他者の考えや感情に触れる事で、自身をより豊かにする技術です」


 商談の場である故、声色はきちんと抑えている。しかしささくれ立った心をなだめる為に手元の水を口にした。高橋はその流し込まれる水を静かに観察している。相変わらず何を考えているかは分からない。だがこの独特な沈黙には覚えがあった。水を飲み終わらずに訊いた。


「何ですか?」


 返ってきた高橋のにこやかな無言に構わず続ける。


「何か言いたい事があるのならば、おっしゃってください。黙っていては分かりません」


 高橋は瞬きをする。一回、二回。すると唸るような溜め息を吐いた。


「これ以上はやめとくよ」

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