第2話 チップレスの男
会社に着き、デスクで今日の予定を確認する。会議や最新チップの資料作成の予定の合間に、一つだけ見慣れないものが。
「高橋氏 説得 昼食」
挑むようにその文字を睨みつける。
高橋。チップレスの男だ。
この町の人口十パーセントに属するチップ手術を受けていない人間である。時代の波に乗り切れず、年々その数は減ってきていることから、いずれ過去のものとなる「チップレス」。少しばかりの蔑みと同情が提案され、それに抗わずに感情を委ねた。
だが会社の提供している共感ネットワーク関連のサービスはチップを保持していなければ使用できない。なので営業課の新人だった頃、業績を伸ばす為に何人ものチップレス相手に会社のサービスを売り込んだものだ。勿論説得にはいつもチップ手術込みのパッケージを推している。何せ共感ネットワーク抜きでもチップが便利なのは事実だ。今や端末に並び、必需品と言える。
加えて共感ネットワークの利便性や思想としての素晴らしさを説けば、どんなに頑ななチップレスであろうと揺らぐ。そこを少し押してやれば、良いだけの話である。
言うは易く行うは難し。だがそれを可能としているのが、二十数年の研究の末に行きついた今のチップの感情パラメーター設定である。
その甲斐あって今では営業成績は常にトップ争いをしている。
だがこの高橋というチップレスはなかなかに曲者らしい。何人もの新人営業が売り込みに行っているのだが、チップ施工を拒み続けている。そればかりか先月の終わりに売り込みに行った新人に至っては、二週間前に会社を辞めてしまった。
噂によると、高橋はチップレスに加えてルダイト、つまりは反機械信者らしい。
ルダイトは得てしてチップ手術が一般病院で受けられなかった時代に生まれた者である。つまり高橋にはチップの便利さを教えつつ、馴染みのない最新技術への恐怖を和らげてやればよいのだ。正直、新人には重過ぎる役目だったというだけのこと。
逆にルダイトの案件を成功させれば出世が約束される。なにせ彼らには彼らのネットワークがあり、一人のルダイトの勧誘が成功すれば、芋づる式で何人もの顧客が一気に加入することがあるからだ。そこを狙って、前担当の新人が辞職願を出した数日後に課長に頼んで担当にしてもらった。営業課のベテラン達を差し置いて選ばれた事を考えながら共感ネットワークにアクセスすれば誇らしさ七分、使命感一分、成功させねばと緊張二分弱。そしてほんの少しの優越感と失敗への怯えが湧き出る。
一般的にそのまま使われている初期の感情パラメーターの設定であれば優越感や失敗を恐れる思いはもう少し多い。だがチップの共感ネットワークのアクセス設定、全何百万項目を二十数年かけてカスタマイズしてきた。常人よりも少し向上心が高く、チャンスに食らいつき、ものにするためだ。この案件もその編み出された設定で成功させてみせる。
まだ見ぬ高橋について考えながら、朝の仕事を片付けていく。
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