第6話 アーサー

「あれは敵、あれは敵・・・・・・」


サクラは、呪文のようにあれは刀ではないと唱えていた。

唱えながらも、石像の猛攻を凌いでいた。

紅桜とぶつかる度に炎が撒き散る。


「くっ・・・・!!」

力負けし、後ろに大きく下がる。

足の裏で地面を削りながら、なんとか止まり、顔をあげる。


石像が離れた位置で、刀を下から振るった。

サクラに当たることなく、空を斬るが、焔を纏った刀から炎の奔流がサクラを襲う。


それが顔を上げた時には、目の前に迫っていた。


「ちょっ・・・・・」

サクラは、そのまま炎に飲まれていく。


ごおおおおおおおお!!


飲み込んでも尚、炎の勢いは止まらない。


「ぷはっ!!」

炎がおさまった時、サクラはようやく呼吸ができた。

環境変化無効や魔法攻撃無効といった、アルベルトに付与された特性がなければ無傷では済まなかっただろう。


石像が初めて、後ろに下がる。

あの炎に飲まれて無傷で出てこられたのだ。

驚きよりも、恐怖がサクラに対して向けられる。


「あ、着物が・・・・・」

サクラに直接触れているものは大丈夫だったが、離れている袴の一部は焦げてしまっていた。


「・・・・んなぁにしてくれてんだー!!」

先程までの弱音を引っ込め、刀に向かって駆け出した。


「桜終焉:桜吹雪!!」

サクラは、紅桜に力を流し、桃色のオーラを纏わせる。

そして、敵である刀の側面に叩きつけた。

刀にとって想定されていない力が加わり、炎を纏った刀は真っ二つに斬れた。


「ああ、アルにもらった袴が・・・・・」

刀が斬れ、石像も力をなくし崩れていくが、サクラは気にすることなく、袴の心配をした。

焦げてしまったと言っても、ほんの少し。

だが、贈り物ゆえに思い入れがあったのだ。


「戻ったら直してもらお・・・・」

今は、ひとまず我慢しダンジョンの攻略に集中することにした。


「これがオーブ」

刀は姿形を残さずに消え、その場所には小さな水晶玉が転がっていた。

それを拾い、石板の赤い穴に埋め込む。


「おお・・・・・」

石板にオーブから魔力のようなものが流れ、一瞬赤い線が浮かび上がった。

これで、一つ目っと。

次の階層へは、あの階段だな。


階層主を倒したときに現れた、下に続く階段。


「よし、はやく行こう」

そして、早く袴を直してもらわないと!

サクラは大急ぎで、階段を駆け降りた。




◆◆




海の国、人間サイド


「リノアが生きているだと?」

「はい、獣どもの内通者からの報告なので、信用できるかどうかは」

「そうだな。一度、隷属状態の獣に調べさせろ」

「承知しました」


玉座に座り、報告を聞いていた女は部下を下がらせ、自身も自室に戻る。


「はあ・・・・・」

まずい、とうとうバレた。

私は、アーサー・カロライナ。

先代の王である父と兄たちが死に、唯一生き残った私が新たな王として担ぎ上げられた。


そこまでは、計画通り。

この国の王は、共生国家の時代から、『王の剣』に選ばれたものがその王座に座ることができる。

いつの時代も、人間の王族が選ばれ続けてきた。

しかし、先代の時代、史上初めて獣人の王族が『王の剣』に選ばれた。

それも、ほんの赤子が。

彼女の名前は、ティア・イングリス。


当然王は怒り狂い、その日の夜、獣人の王族を根絶やしにするように命じた。

さらには、その子の母を攫い、子まで孕ませた。

私は、当時七歳。

自我を持ち始め、善悪の判断もできるようになっていた。


あれは、狂っている。

父だけでなく、獣人を虫のように殺していく兄たちを見て思った。

私は、父に与えられた剣を見て決めた。


この狂った家族を皆殺しにすると。


幸いにも、味方が何人かいてくれた。

兄たちをはじめ、最後には父の首を自らの手で刎ねた。


獣人の母は、防衛反応が働いたのか気を失ったまま鎖に繋がれていた。

私たちは彼女を匿い保護をした。

彼女が目を覚まし、この子には罪はないと、叶うなら娘のそばにと言って泣き止まなかった。


その声で、獣人の存在がばれ、標的にされた。

私が王を殺した張本人だとはバレていない。

私は彼女を追う素振りをし、獣人が住むエリアまで逃した。


脇腹を斬り、彼女の血を剣につけ殺したと知らせた。


その功績もあってか、私が王になることに反対するものはいなかった。

だが、ここにきて獣人たちの血色が変わった。

原因はすぐにわかった。


父の時代から支えていた者たちが、獣人を完全に排除もしくは奴隷化しようと動き出したからだ。

そして、王族最後の生き残りであるティアと、隠し子のキリカ、この二人を見せしめにしようと色々しているようだ。

さらに今日、二人の母リノアが発見されたと報告が上がってきた。

私は、当時からの味方で融和派のものたちに調査を依頼している。


単なる時間稼ぎにしかならないことは分かっているが、なんとしてもティアたちが歩み寄ってきてくれたことを台無しにしないようにする。

それが、人間側の王である私の役目。


「おまえ、今何を考えた?」

「!!」

男の声!?

ここには誰も・・・・。


「喋るな。俺は、武神アレス。ちょいと借りるぞ」

「何を・・・・」

武神って、あの・・・・・。

私にも加護を与えてくださっている神。


「あがっ・・・・!!」

苦しい。

体の中に何かが入ってきた。

全身が焼けるように痛い。


「ほお・・・。なかなかいい器じゃねえか」

自分の声、自分の体だが、勝手に動いている。

意識だけが唯一残る私自身の部分。


「まあ、そう焦るな。ここからが面白くなるところじゃねえか」


武神は、私の声で高笑いをした。




◆◆




「え!?アーサーさんが獣人の抹殺命令!?」

「はい、どうやら国中に宣言したようです」

「そんな・・・・・」

私にとって、彼女はアルベルトさんが来る前の唯一の人間の協力者であり、唯一の理解者。

そんな彼女が一体なぜ・・・・・・。


「それで、実行はいつ?」

「それが・・・・・。満月の日だそうです」

それを聞いて、ますます訳がわからなくなった。

彼女は、獣人全員が月下獣になっても勝てはしない。

弱い七歳で国を転覆させるほどの実力を持っていた人。

いわば天才で、天災級の人間だ。

さらに、家族を皆殺しにした七歳で超越化を果たしている。


「でも、彼女は好戦的ではないわよね?」

「はい。なので、報告を聞いたものたちが焦っております」

そりゃそうだ。

国を壊していく天災が、急に国の周囲に発生し向かって来ているようなものだ。


「アルベルトさんを、もう一度呼んでくれない?」

「・・・・いいんですか?彼らを信用しても」

「ええ、彼らはこの国のことを何も知らないはずなのに、協力してくれたし、何より獣人であることを気にしなかった」

それは、単に獣人への憧れみたいなところがあったからだろう。

それ以外に理由などなかったのかもしれないが、彼女らは知らない。


「わかりました。では、呼んできますね」

「お願い」

キリカが部屋から出たのを確認し、人間の王城がある方を向いた。


「アーサーさん、なんで・・・・・」

彼女とは、幼い頃からよくしてもらってきた。

もしも、私が知る限り本気の彼女が攻めてきたら、アルベルトさんに任せるほか勝ち目がない。

たとえ月下獣を何日も続けられたとしてもすぐに殺されてしまう。


「『脇腹に傷のある女性』か・・・・・」

以前彼女に言われた、どうしようもなくなったら彼女を探せと言われたことを思い出す。


「でも、それが人間だったら、探しても私たちじゃどうしようもない」

人間が私たちを忌避しているように、私たちもまた、融和を謳っていても苦手意識がある。

アーサーさんにしても、幼い頃はいつ裏切られるのかと怯えていた。

彼女の場合は、その強さを知ってから怯えるだけ無駄だと思い至った。


「はあ、どうしたら・・・・」

ティアは、背もたれに深く背中を預け、無力感に襲われていた。





そして、満月の夜。

天災:アーサー・カロライナ率いる軍による獣人の一掃命令が全国に発令される。







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