第4話 リノア

満月の夜は、一月後。

それまでは、今まで通り、好きに過ごすことにした。


「ねえ、アル。昨日、魚料理を出す店見つけたんだけど、行かない?」

アイナがそんな提案をしてきた。


「行きたい!」

魚料理!?

そんなの行きたいに決まってる。

焼き魚以外の料理があるのか、見に行きたいし、食べたい。




というわけで、今日は、港町にある魚料理屋に来た。

近くの漁港で採れた新鮮な魚だけを使った料理。

そのメニューに、刺身はなかった・・・・・。


「なんで、刺身が・・・・・」

「おい、人間の。何が不満だ」

「え?」

あからさまに項垂れていると、店主だろうか、厳ついおっさんが出て来た。


「いやー、そのー、生の魚はないのかなーっと」

「生だあ?」

やっぱりないのかな・・・・。


「ちょっと待ってろ」

「あ、あるのか!?」

返事をせず、おっさんは、厨房の方へと行ってしまった。


「刺身ってなに?」

「刺身はな、生魚だ」

「な、生?」

この世界は、魚だけではなく、基本的に生で何かを食べる事はない。

必ず、火を通すのだ。


「食べられるの?」

「もちろん、あのおっさんが作り方を知ってれば」

大喰らいのアリスたちですら、身構えながら、料理が来るのを待った。


「おら、これだろ?お前が言ってんのは」

そう言って持って来たのは、紛れもない・・・・


「おおー、これだよこれ!」

刺身だった。

しかも、産地がすぐそこのため、今まで見て来たものより、新鮮さがある。


「アイナ、醤油あるか?」

「ええ、あるわよ」

アイナが日の国で習い、常備している醤油をもらい、刺身につけ口に運んだ。


脂身の乗った刺身は、口に入れた瞬間とろけ、口内に旨みが広がる。


「く〜っ、うまいっ」

「おい、なんだその液体は」

「醤油だよ。おっさんも食べてみなよ」

醤油を見たことがないらしく、恐る恐る口に運んだ。


口に入れた瞬間、目を見開き、肩を掴んでくる。

「この醤油とかいうやつ、少しでいい、売ってくれ!」

どうやらお気に召したようだ。


「なら、等価交換だ。醤油一リットルと、魚二本分の刺身でどうだ?種類は問わない」

「そんなんでいいなら。だが、すぐに腐るぞ?」

「それに関してはこれだ」

いつも通り、時間が止まる輸送袋を渡す。


「これに入れてくれたらそれで構わない。こちらからも醤油を送る」

「すげえな」

「それから、これも。醤油も腐るだろうから、専用の袋だ。欲しい時に欲しいだけ使え」

醤油を保存する袋も渡した。


「おい、ゴードン!!俺たちにも食わせろ!!」

「うるせえ!待ってろ!」

おっさんことゴードンに、客たちが刺身と醤油の組み合わせを頼んだ。


「すまねえな。これで失礼する」

「大丈夫。じゃあ、頼むな」

「ああ、任せろ」

ゴードンは、厨房に戻り、早速刺身と醤油を出し、それから試作品を作り出した。


「これで、よし。じゃあ、俺も食うか」

視線をテーブルに戻した時には、刺身は、ほんの一枚も残っていなかった。

アリスたちを見ると、口を動かしていた。

あれだけ、嫌そうだったのに・・・・。


「俺まだ、一枚しか食べてないんだけど」


その後、ゴードンさんに、刺身を頼み直し、しっかりと味わった。

お題については、醤油のお礼として、他の客が払ってくれていた。

ここの店ではこれ以上は食べなかった。

しかし、アリスたちが少ししか食べなかったため、余計にお腹が空いたらしく、今日は俺が付き添いで、周辺の飲食店を食い尽くした。


「どんな胃袋してんだよ、全く・・・・」



◆◆



「素潜り体験?」

港周辺を適当に歩いていたら、大きな看板が目に入った。


「これ面白そう!」

「海に潜れるのはいいな」

「アル坊、妾もやってみたい」

珍しく、ラキナがやる気満々なので、二つ返事で了承した。




全員が水着を着て、入水スポットに集まった。

改めて見ると、みんな美人だなー。

アリスは、一緒に買った黒の水着。

アイナは水色、ラキナとセナは白、サクラは赤だ。

みんな光り輝いて見えるが、対する俺は普通だ。


「では、いいですか?潜水時間は自由です。疲れるまで好きに泳いでください」

「「「「はい」」」」

ガイドの説明は簡単なものだった。


「では、行ってらっしゃい」

ガイドの声で、俺たちは海の中に入っていった。



◆◆



アルベルトが屋敷に行く前、宿では。


「女将さんいいの?このまま人間たちと戦うことになって」

「・・・・・・」

「姫様たちは気づいてないだろうけど、みんなわかってると思うよ。女将さんのこと」

ウエイターをしていた女の子、ユナが女将に尋ねる。


「いいんだよ。今更私が出て行っても、迷惑になる。今は、あの子たちの時代なんだ」

さらに続ける。


「それに、今はこうしてあなたとゆっくりできてるからそれで良いんだよ」

「女将さん・・・・・」


「失礼する」

騎士の一人が宿を訪ねてくる。

それは、私を除いて獣人の大人なら誰もが知る、『架け橋』キリカさんだった。

女将さんの体がピクリと動くのを確かに見た。


「どうしました?」

「ここに、人間が泊まっていないか?」

「あー、アルベルトさんたちですね。いますよ」

「姫様が探していてな、部屋まで行って良いだろうか」

「好きにしなさい」

少し震えた声で女将さんが、私の代わりに返事をする。


「ありがとう」

騎士は、頭を下げ彼らの部屋に行く。

その後ろ姿をリノアさんは、嬉しそうな顔で見送る。


アルベルトさんだけが、キリカさんに連れて行かれ、宿から出て行った。


「大きくなった」

「女将さん・・・・・」

「・・・・!!さ、さあ仕事だよっ」

逃げるように、奥に引っ込んでいった。


私は、今では女将さんの娘として、ここで働かせて貰っているが、本来はイングリス王家に奴隷メイドとして、赤子の頃から育てられる予定だった。

しかし、反乱が起き、王家は一度壊滅、その後孤児として、たらい回しにされていたところを女将さんに拾って貰った。


獣人族の体のどこかには、必ず家紋が刻まれている。

私は、ある日、湯浴みをしている女将さんの体を見てしまった。



「女将さん、その家紋は王家の・・・・」

「はあ、あなた使用人の一族?」

「は、はい。奴隷メイドだと聞いてます」

「そう、ならお願いきいてくれる?」

「は、はい!なんなりと」

お願いと言っても、命令と変わらない。


「じゃあ、今日見た事は秘密にすること。私のことは、母親として扱うこと」

「は、はい!」

とてもじゃないが、母親として扱うなんて無理だ。

女将さんには、ティア様とキリカ様という娘がいる。


「じゃあ、お願いね」

女将さん、リノア・イングリス様が見せた笑顔は、とても悲しそうな顔だった。



そして現在。

初めて、直接娘の一人が一人で訪ねてきた。


「いつか必ず、二人に合わせて見せる」

なぜ、死んだことにしておく必要があったのかは、当時のことを知る大人たちだけだが、融和が締結された暁には、二人に合わせて見せる。

それが、育てて貰ったせめてもの恩返しだと思っている。


「ユナー!はやくしなさいー」

「はい!すぐ行きます!」

だけど今は、娘として彼女に恩を返す。

とりあえずは、アルベルトさんのお連れの女性たちの胃袋を満たすことが優先事項だ。



◆◆




潜り始めて、すでに一時間。

特性:環境変化無効は、便利なもので水の中でも陸と同じように呼吸も会話もでき、溺れる心配が皆無だった。

今、みんなで雪合戦ならぬ水球合戦をしている。


「おらあ!!」

海水を圧縮して、水球として飛ばす。

これが当たると意外と悶絶もので、スリル満点の遊びになっていた。

しかも、遊んでいる途中に、『大海魔法』というものを覚えたがあまり気にしなかった。


「いくぞ、アル!!」

「ちょ、なにそれ!!」

セナが、海の中にいる水の精霊をふんだんに使い大量の水球を作っていた。


その数、数百個。


「それは、無理だから・・・・!!」

「問答無用!!」

一斉に放たれた水球を慣れない水中でかわし切る事はできず、命中した。


「ぎゃああああ!!」




アルベルトたちが遊んでいる間、サクラは岩壁に埋め込めれたように存在する扉を見つけていた。


「これは・・・・・」

見たところ、相当古いものだけど。


苔があらゆる所にへばりつき、扉とわかったのも偶然のレベルだった。


「行ってみるか?」

アルたちとは、離れていても魔力は繋がっているし、連絡はできる。

恐る恐る手を伸ばし扉に触れる。


「!!」

すると扉が光りだし、重厚な扉が開くようにゆっくりと開いた。


「これは、行ってみるしかないみたいだ」

サクラは、初めて一人での冒険にワクワクしながら、扉の中に入っていった。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る