第6話 最強の英雄

「アル!!」

アリスは、勢いよくアルが眠る部屋の襖を開けた。


「気づいたのか」

「ラキナちゃん、アルは・・・・・」

「今のところは大丈夫じゃ」

アリスは、その言葉とアルの寝顔がいつもと変わらないことを確認して、落ち着いた。


「アルの中に、いろんなものを感じるんだけど・・・・」

「・・・・・・・」

ラキナは、正直引いていた。

何も説明していないのに、全てを理解するのだ。

これを変態と言わずして、なんと言う。


「どうしたの?」

「いや、何でもない・・・・。アル坊は今、大罪と向き合っているらしいぞ」

マルスのことは言わず、それだけを言った。

おそらく、別の魂が入っていることはすでに感じ取っているはずだ。


「大罪って、スキルと?」

「ああ」

リョウマたちに聞いたことをそのまま説明した。


「そういうこと。じゃあ、もう一つの魂みたいなのもそうなの?」

ラキナは素直に感心した。

こいつはやはりイリアの・・・・・。


「それは、別のものじゃが、アル坊の助けになっているはずじゃ」

「・・・・・・そう」

アリスは、アルに近づきその胸に触れた。


「あっ・・・・・」

「ん?どうした・・・・」

アリスもあると同じように糸が切れたように倒れた。


「おいっ、何があった!!」

「大丈夫よ。あとは私たちに任せて」

「は?」

いつものアリスだが、話し方と髪の色が変わった。


「おまえ・・・・・イリアか?」

「久しぶり、ラキナさん」

「何で・・・・・」

「もう分かってるんじゃないですか?」

・・・・・そうか、やはりアリスも。


「そういうことか・・・・なら、任せたぞ」

「ええ、二人をお願いしますね」

「ああ、行って来い」

イリアの気配が消え、アル坊の中に入っていくのを感じる。


「大罪と向き合うこと、お前らが出てくるほどのことなのか・・・・・」

すでに、夜になり、月の光が部屋に灯りを照らす。

ラキナは一人、子を寝かせる親のように耽っていた。




◆◆




アリスが眠りにつく前、アルベルトは・・・・・。


「アアアアアッ!!」

怒りに我を忘れていた。

怠惰の吸収が終わり、二つ目の憤怒が注がれていた。

そして、まだ始まったばかりだ。


この世界の感情を持つ生き物。

それが持つ、怒りに準ずる全ての感情が入り込んでくる。

小さなことに対する怒りから、復讐心になるほどの怒りまで、この世界に感情がある限り生まれ続けるそれは、まさに地獄。

注がれ始め、わずかに一分。

まだ、アルベルトの体は強制遮断をしていない。


「ふぅ、ふぅ、ふぅ・・・・・」

口から涎と唇を噛み締めたことによる血が落ちる。

誰に対してでもなく、ひたすら怒りが込み上げてくる。


「うあああぁぁ!!!」

尽きることのない怒りに、尽きることのない魔力で発散する。

精神世界に一撃で国を破壊し尽くせるほどの魔法が連射される。


その魔法で、文字通りの地獄絵図が出来上がっていく。





「おいおいおい。これは、予想外だな」

黒髪の男が、離れたところからその様子を見ていた。


男の目の前で起こっているのは、生前でも、最後の戦いぐらいでしか見たことのない光景だった。

「これが、僕の分霊体か・・・・。強くなったな」

男は、この惨劇を止めるため気合いを入れる。


「やり過ぎだっ!」

我を忘れる青年の後頭部を思いっきり殴る。


いってぇ!!

何だ、こいつ!

こうなりゃ、止まるまでやるしかない!


「聖剣:エクスカリバー召喚」

真の英雄だけに許された勝利の剣。

後にも先にも使えるのは彼だけ。


魔法発動の合間を縫って正面に立つ。

こちらに意識が向く。


「久々だな、こういうの」

国を滅ぼせるほどの魔法がいくつも向かってくる。

聖剣の一振りで魔法は消える。


「すごっ、たった数発の魔法で溜まった」

聖剣の能力のひとつは、魔法を切ることで魔力の一部を吸収し、力に変えるというもの。

力を吸収した聖剣は、光り輝く。

男は、半身になり片足を前に。聖剣を上に構え、振り下ろす。


「エクスカリバーァァァ!!」

光の奔流が青年に向かう。

これで、収まってくれると嬉しいんだけど・・・・。


「え?」

目を疑った。

エクスカリバーを放てば、あの最高神でさえ傷を負った記憶がある。

しかし、目の前の青年はそれを片手で受け止めている。

怒りに任せやっているのか、それとも・・・・。


「なにやってるのよ」

「え?」

男の隣にもう一人女が現れた。


「・・・・イリア?」

「そうよ。やっと会えたわね、マルス」

二人は、数百年越しの再会を喜びたかったが、そんなことを言っていられる状況ではなかった。


「あれが、暴食の力ね」

「え?・・・・彼って大罪能力者なのか?」

「・・・・・知らずに止めようとしてたの?」

はぁ、とイリアがため息を吐く。


「あなたって、バカよね」

「えっ、いや、そんなこと・・・・・」

「あるわよ」

「・・・・・・はい」


「そろそろ来るわよ」

暴食で吸収していた光の奔流が、全て無くなりそうだった。


「いい?彼を、アルベルト君を止める方法は、ひとつ。彼が、大罪能力を全て取り込んで正気に戻るまで、私たちが生き残ること」

「それだけ?」

「それだけよ。もし、運が悪ければ私たちがもう一回死ぬか、彼の感情がなくなるわ」

「それは、がんばんないとね」

最強の英雄二人がかりによる感情の化け物の鎮静化。

失敗すれば、二人はおろか、アルベルトも戻らない。



「来る!!」

「ウアアァァァァァ!!」

理性を失ったアルベルトが飛びかかってくる。

イリアは、翼を生やし、上に逃げる。

マルスは一度下がることで距離をとり、すぐさま斬りかかる。


聖剣では殺してしまうかもと、刀で斬りかかる。

「ガッーー!」

アルベルトは避けることはせず、マルスの峰打ちをそのまま受けた。


アルベルトの体は浮き上がり、横に吹っ飛んでいく。


「ねえ、イリア。魔力を少しでも纏わせてたら全部持ってかれたんだけど・・・・」

「・・・・・なにそれ・・・・」

マルスの攻撃は確かに効いているが、刀に纏わせた魔力と、それを通してマルスの魔力を少しだが吸収された。


「じゃあ、魔力なしで戦えってこと?」

「そうみたいだね」

「なんか、私たちの時代の暴食より理不尽になってない?」

二人は、暴食と戦うのは初めてではない。

あの時も、二人で戦い倒している。


「それだけ、この世界に生物が増え、その分感情を持つ者が増えてるんだよ。それも、大戦時以上に醜くね」


「マルス・・・・」

イリアは、知っている。

マルスの願った世界。それは、誰もが笑っていられる世界。

そんなものは不可能だと本人も分かっていた。


でも、そんな世界を作らないと彼女は、先代の強欲保持者は、救われなかった。


「世界を上から見下ろす存在に会いにいくのは、彼であってほしいね」


今もなお、怒りに飲まれるアルベルトを見てマルスは言った。


「そうね。あなたと私の魂を分けているんだし」

「だね・・・・・グッ!!」

「マルス!?」

ほんの少し気を抜いた瞬間、アルベルトが近くに来ていた。


腹を殴られたマルスは、その場に蹲った。

顔を上げたところに、足が迫ってきていた。


「やばっ・・・・・」

蹴り上げられ今度は宙を舞う。

アルベルトはそれを追う。


「なにやってんのよっ」

イリアが、アルベルトの拳を翼で受け止め、後ろに下がることで勢いを殺した。


「気抜き過ぎよ」

「ごめん、ごめん」

まだ余裕のある二人に、全属性の国家崩壊級の魔法が放たれる。


「イリア、下がって」

「よろしくね」


「反魔法:リフレクション」


マルスの十八番である反魔法。

その中でも一番有効な魔法がリフレクション。自分に向かってくる魔法や呪いを全て反射させる、魔法士泣かせの魔法。


全ての魔法がアルベルトに還っていく。

そして暴食に喰われ、魔力に置換される。


「反則よね、相変わらず」

「それは、あの子に言ってくれよ」

今は、暴食だけが表に出ているが、もし、他の大罪も出てきたらとんでもないことに・・・・・。


「今どれくらい経った?」

「まだ、五分くらいよ」

「マジ?」

「マジよ」

もうすでに、長い時間戦った気がするけど。


「ちなみに一つの大罪を完全に吸収し切るのにかかる時間は?」

「三〇分ってところかしら」

これは、最終決戦よりキツいかもしれない。

あの時は、殺す気で戦っていたが、今回はそうもいかない。


そんな話をしている間も、アルベルトは叫び、怒り狂っていた。


「早く、終わらせるわよ」

「ああ」

これ以上、あの子の感情をすり減らす訳にはいかない。


最強の英雄と英雄の卵であり、感情の化け物の戦いはまだまだ終わらない。





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