第4話 精霊体
忍術の取得を開始して、一つ目の術を覚えようとした途端に気絶した後、気がつくとさっきまでとは違う空間にいた。
「ここは?・・・・・精神世界か」
世界の情報が全く読み取れず、自分自身の情報しか入ってこなかった。
目の前には、球体が四つ。
一つ一つ、ものすごい魔力と強い感情を感じる。
「飢餓感、支配欲、無欲、怒り。・・・・大罪能力か」
でも、何でこんなところに。
明らかに、アルベルトという情報体とは別離して存在している。
「これをモノにしろと言うとこか」
試しに、暴食の球体に触れる。
瞬間、体を飢餓感が襲ってきた。
やばい、やばい、やばい・・・・・。
暴食から手を離す。
飢餓感が消え、楽になる。
それでも、あの感覚は忘れられなかった。
「これは、ちょっときついかも・・・・」
でも、収穫はあった。
暴食に触れていた短い間で、暴食の魔力を吸い取り、自身の魔力と混ぜることができた。
つまり、飢餓感に耐え、吸い取り切ればいいと言うこと。
「はあ、何でいつもこんなのばっかり・・・・」
炎竜に始まり、戦争や、創造神との修行、イニクスさんとの修行、そしてこれ。
どれも、予想にしていなかった事態だ。
ただ、アリスと世界を旅しようと村から出ただけなのに。
なんでこんなことばかり。
なんで、なんで、なんで、なんで・・・・・・・・・。
もう、いいや。
気がつかぬ間に、怠惰の魔力がアルベルトに注がれていた。
怠惰の魔力に精神を満たされ、感情が染められていく。
アルベルトは、精神世界で眠りについた。
◆◆
「どうだ、彼の様子は」
「どうやら、始めたようです」
センゾウは、倒れたアルベルトを寝室へ運んだ後、王を呼びに行った。
「本当に、大罪能力者なのだな」
「はい。後三つ。帝国の王が持つ『傲慢』と、ナーマが持つ『色欲』、所在のわからない『嫉妬』だけです」
「帝国の王に関しては、コジロウ様の仇討ちの最中にきっと手を出してくるからな。そこは、問題あるまい」
「ですね」
「乗り越えられるといいけどな」
伝承通りならば、人間の感情は大罪の持つ感情を切り分けて分散したものを人間個人が育て上げたもの。
つまり、その大元にはとんでもない濃度の感情が渦巻いていると言うこと。
暴食を例にとれば世界中の飢えを一身に受けると同様のこと。
「大丈夫ですよ。きっと彼の中にある
「英雄の魂か」
アルベルトの眠る布団の傍には、蓋の空いた小瓶が置いてあった。
「お主ら、これはどういうことじゃ」
寝ていたはずのラキナが、起きてきた。
「ラキナ様・・・・・」
明らかに怒りをあらわにするラキナを見て、王とセンゾウはたじろいだ。
「どういうことじゃと言うておろうが」
「そ、それは・・・・・!!」
説明をしたいが、ラキナの怒りに抗う器量持ち合わせていなかった。
「その小瓶を開けたのか!?それが何か分かってて開けたのか!!」
「お、落ち着いて下さい!!ここで騒げば彼女たちが来ますよ!?」
「安心しろ、完全に隔絶しておる」
完全に言い逃れができなくなった。
「そんなことよりも、さっさと説明しろ。なぜその小瓶を開けた!!」
あの小瓶は、マルスの魂の欠片が入っており、適応者がそのかけらに触れると魂が混ざり合う。
魂を混ぜることは、この世界における最大の禁忌。
最高神とソロモンが行っているのがそれだ。
もし、アルベルトがマルスの魂に負けたら、アルベルトの人格は完全に消え、マルスがその体を使うことになる。
ソロモンがマルスの体を乗っ取っているのは、わずかなマルスの魂に勝ったことで成り立っている。
「マル坊の魂は、半分以下とはいえ、数百年消えなかった最強格の魂だぞ!!」
「それは、承知の上です。その上で、大罪能力と向き合った時にマルス様なら彼の助けになってくれると、そう確信しました」
王が汗を流しながらラキナに説明をする。
「大罪能力じゃと?」
「はい。実は・・・・・」
王とセンゾウは、最初から説明していく。
「理由はわかった。じゃが、この場は出ていけ。妾が見ておく」
「ですが・・・!!」
「出ていけ」
二人は残ろうとしたが、ラキナの形相に引かざるを得なかった。
「「わかりました・・・・・」」
二人が出て行った後、ラキナはアルベルトのそばに座り、頭を撫でた。
「アル坊を頼んだぞ」
◆◆
「センゾウよ」
「何ですか?」
ラキナに追い出された後、二人は陽の沈みかけた空を見ながらため息をついた。
「怖かったな」
「・・・・・ですね。少々やりすぎました」
王と部下の語り合いというより、長年の友の語り合いだった。
「しかし、話に聞いていたラキナ様とはだいぶ違ったな」
「確かに。暴虐無人と噂されていたものとはだいぶ・・・・・」
噂通りなら、あの時点で殺されていたはずだ。
確かに、今すぐにでも殺されそうなほどの殺気だったが、手は出してこなかった。
「それにしても、俺もお前も激動の時代に生まれてきたな」
「ふふっ、私は少し楽しみですよ」
「だな、あの青年の行く末を見てみたいものだな」
「それは、ラキナの連れている小僧か?」
「「!!」」
突如として、後ろに気配が現れた。
「ジンベエさん、どうしたんですか?」
「おう、リョウマ。面白くなってきたからな、その小僧に会いにきたんだよ」
「そうですか・・・・・」
ジンベエは、秘術で長い時を生きているため、王であるリョウマも頭が上がらない。
「小僧はどこにいる?」
「今は、ラキナ様がそばに・・・・・」
「あ?あいつ、まさか情が移ったんじゃないだろうな」
「それは、どういう・・・・・」
「・・・・・いや、何でもねえ」
ジンベエはそれ以上何も言わなかった。
「まあ、いいか。また後で来るわ」
「はあ、わかりました」
ジンベエが目の前から消え、リョウマとセンゾウは続けて訪れた緊迫した状況を脱し、気が抜けたまま屋敷の自分の部屋や部隊の執務室に戻った。
ジンベエは、面白そうなことを探すため日の国全体に気を張り巡らせた。
「お?あの嬢ちゃん、面白そうな事やってんな」
ジンベエの眼に止まったのは、丘の上に座り、瞑想をしているセナだ。
「うーん、惜しいな。ちょっくら行くか」
◆◆
セナは、日の国を木々の多い方へ散策しているうちに、精霊の多い場所を発見した。
「ここは、なんだ?」
丘の上だけ以上に精霊が多い。
こんなことは、なかなか見ない。
「久しぶりに精霊と調和してみるか」
精霊との調和はただ精霊と魔力を合わせるだけだが、適性がある者しかできない。
エルフの本能か、精霊の多い場所が一番落ち着く。
セナが、座り魔力を練り始めると、それに呼応され精霊が近寄ってくる。
「これが、アルベルトが精霊卿で到達した永久機関ってやつか。実感が湧くな」
アリスもアイナもセナもサクラも『霊峰』で、その領域に到達していた。
セナは、自分で魔力を練って、実感を感じていた。
「嬢ちゃん、ちょっといいか?」
「!?」
セナは、集中を途切らせた声に振り向いた。
「あたなは・・・・・?」
「ジンベエだ。ラキナといるなら分かるだろう?」
セナは、先ほど聞いた名を思い出し、大丈夫だと判断した。
「それで、どうしてここに?」
「お前さん、精霊との親和が完全にはできてないだろ?」
「何でそれを?」
セナは、今は到達者としてそこらの有象無象からは考えられないような位置にいる。
だが、エルフが身につける精霊との調和率を見ると、低い方だ。
「なんでって、お前、精霊だろ?」
「・・・・・・はい?」
今なんと?
私が、精霊?
そんなことある筈がない。両親は間違いなくエルフだし、姿形もエルフだ。
「隔世遺伝ってやつだな」
「隔世遺伝?」
「そうだ、お前の家系のどこかに精霊がいるんだろうな」
「なぜそんなことが・・・・・」
分かるのですかと聞こうとしてやめた。
「教えてやろうか?」
「何を?」
「その体質の使い方だよ」
「分かるのですか?」
「ああ、聞いてきたからな」
「聞いてきた?」
「あ、いや、何でもねえ・・・・」
ジンベエは、罰が悪そうに顔を背けた。
「とにかくやるぞ」
「・・・・・はい。よろしくお願いします」
◇◇
アルベルトたちがシルビアと別れ、エルフの森を出た後、入れ替わるようにジンベエがシルビアに会いにきた。
「あら、ジンベエさん」
「よう。久しぶりだな」
「どうしたのですか?」
シルビアも、久しぶりの再会に喜んでいた。
「いや、少し気になる奴がいてな」
「アルベルト君ですね」
「知ってんのか?」
「
てっきり知っていて来たものと思っていたシルビアは、少し意外な顔をした。
「ああ、最近は瞰てないんだよ」
「動き出しましたよ、時代が」
「みたいだな」
二人は、お互いに口元を綻ばせ、言わなくても同じ過去を思い出していた。
「そうだ、これからアルベルト君たちに会うことがあるなら、一つ頼みたいことがあるのですが」
「なんだ?」
彼女の頼みは、少年とともにいるエルフに力の使い方を教えて欲しいとのこと。
何でも、そいつは王族であるアインツベルンの血よりも、崇められるべき精霊の血を濃く受け継いでいるらしく、空気中に漂う、生まれたばかりの精霊がうまく調和できないそうだ。
「俺でいいのか?」
「ええ、あなたはすべてを瞰ることができる。彼女の体質のこともあなたなら、理解できるでしょう」
ジンベエの眼は、世界を
センゾウは、情報体の読み取りに長けているが、精霊という自然のものの情報までは視えない。
「わかった。やれることはやってみよう」
「ありがとうございます」
シルビアは、少しだけコツを伝えたあと、ジンベエと昔話に花を咲かせた。
◆◆
これが、精霊体か・・・・・。
初めて視るが、わからないという訳ではないな。
ただ幸運なのは、こいつが到達者であるということ。
つまりは、強制的に調和させても死なないということだ。
「よし、まずは魔力をそれ以上出さず、今体内にある魔力を全部だしきれ。そこからだ」
「わかりました」
こうして、セナにとって本当の師ができ、ジンベエにとっても弟子が初めてできた、記念すべき一日が始まった。
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