第23話 王都vs聖教国④

『始原の霊体』

それは、周囲の生命体を見境なく殺し、そのものの力を己のものにし続ける災害そのもの。

過去に一度だけ、その存在が確認されたときは、当時存在したある王国が一夜にして消失した。

その後、その土地には王都が建ち、数千年その治世を保ってきた。

しかし、再びこの地に絶望がやってきた。


「なんで、今・・・・・・」

あんなもの、倒すのは愚か、止めることでさえ不可能だ・・・・。

あれをどうにかできるのは、『英雄』もしくは『神』しかいない。


「ひぃっ」

後ろにいる騎士の一人から悲鳴が聞こえる。

仕方がない。

こんなもの今すぐにでも逃げ出したい気分だ。


「全員、王都に入って、陛下への報告と国民の守護につけ」

「・・・・・・・隊長は」

「私は、最後まで抗うさ。この中で超越化を果たしてるのは、私だけだ」

「我々では、足手まといですね」

「・・・・・・・・・・・」

エリスは、なにも言わなかったがこの場にいる誰もが理解していた。


「また会いましょう・・・・・」

「ああ、ありがとう」

隊員達は、魔法を解除し腕輪をエリスに渡した。

「いいのか?」

「ええ、貴方の魔力を流せば機能するはずです」

腕輪を両腕に嵌めて、”精霊化”に”自然同化”、”霊剣”を発動し、こちらに近づいてくる絶望に向かい合った。



呼吸が荒くなるのがわかる。

肩が上下する速さがどんどん早くなる。

汗が止まらない。

「・・・・・・・ふぅ」

片足を下げ、『始原の霊体』に向かって駆けた。


なんだ?

『始原の霊体』は、一切動かなかった。

「は、流石に余裕ってか」

剣を振り下ろし斬りかかった。


ドンッ!!


『始原の霊体』の身体が地面にめり込んだ。

しかし、刃は一ミリたりとも進んでいなかった。

「はっ・・・・・・!!」

『始原の霊体』が振り上げた拳がエリスに刺さった。

「ごふっ」


衝撃波が地面にまで伝わり割れる。

ヒュンッ!!

とんでもない威力で殴られたエリスの腹には穴が空き、風圧がソニックブームとなって王都を襲う。


ドオオオオオオン!!


王城にも穴が空いた。

エリスは、わずかな意識の中でその光景を見た。

「そん・・・・・な・・・・・」

腕輪の力も、こいつには敵わなかった。

超越者としての回復力でも即座には回復できず腕輪の力で少しづつ周囲の魔素を取り込み回復する。

しかし、周囲の魔素は、『始原の霊体』に吸収され続けているため、その回復量も僅かだ。

「アイナ・・・・・様・・・・陛・・・下・・・・」




◆◆



一人の騎士が甲冑を脱ぎ捨て急ぎ王城に走った。


「はあ、はあ、はあ・・・・・」

急いで報告しないと!!

隊長はおそらくもう・・・・・・。


「陛下!緊急のため入ります!!」

陛下が有事の際に使用する部屋にそれだけ言って入った。

「なにがあった」

アレクもその様子に察したのか咎めはしなかった。


「はい・・・・。『始原の霊体』が現れました!!」


「・・・・・・は?」

アレクは、手に持った書類を落とした。


「すまん。もう一度言って・・・・・」

その瞬間、王城が国が大きく揺れた。

「うおっ!」

「きゃっ!」

アレクとハンナは立っていられず膝をついた。


「なっ、こんなに早く!?」

騎士は、これが『始原の霊体』の力によるものだと理解していた。

「陛下!!王城の正面一階部分が消失しています!!」

「なに!?とりあえず、全員避難させろ!!この国はもう安全ではない!!」

「承知しました!!」

報告に来た執事に命令をし、報告に来た騎士とともに部屋を出た。


「陛下、アイナ様は・・・・・」

「わからん。今は無事を祈るしかない」

アイナは、アルベルト君たちについて行き、強くなっていることは知っているがやはり心配だ。

「国王、お嬢は無事だ。安心してください」

「ガルムか、本当だろうな」

「ああ、今俺の部下がついてる」

「それはよかった。あとは頼む」

ガルムは、アイナの無事を伝え陛下達の護衛についた。




◆◆




「アイナ様ー。大丈夫ですか?」

「ええ、大丈夫よ」

「いや、とてもそうは見えないんですけど・・・・」

サナが見る限り、無事ではなかった。


「アイナ様の目と鼻の先が抉れてるじゃないですか・・・・・」

「・・・・・危なかったわ・・・・・」

でしょうね。

あと少しズレてたら、防具を突き破るほどの威力だったら、半身が吹き飛んでいたところだった。


「状況は?」

「あー、なんか、『始原の霊体』が出てきちゃったみたいで・・・・」

「え!?エリス達は!?」

「騎士は皆避難してきましたが、エリスさんはまだ、おそらく超越者はそう簡単に死なないことを知っていて残ったのでしょう」

でも、明らかにこっちに向かってきてるってことは・・・・・。


「最後まで抗わなくちゃね」

「え、ちょ、なにするつもりですか?」

え?なに?

立ち上がって武器構えてなにをするつもりですか?


「サナさん、あれの目的ってなんだと思う?」

「え?・・・・・知らないですよ、そんなこと」

「膨大な魔力なのよ」

「え?」

「子供の頃にね、禁書庫で読んだ事があるの。混沌の時代よりもはるか昔の世界は、いくつもの大陸と国が存在していたって」

「それが、『始原の霊体』と関係が?」

「ええ、あれの本体は核そのものでその時代に生きた生命体の残火なのよ」

アイナは、こちらに向かってくる『始原の霊体』を見ながらそのまま話を続ける。


「あの時代は、魔力が生まれた時代、適応できた者だけが生き残り、無限の魔力を求めて戦い続けていた時代。でも、魔力に飲まれてしまった者が出てきた。それが、魔物の始まり。この世界が生まれる前、神が天地を創造するよりも前に、存在したと言われる魔物、それが彼ら」

サナには、それが真実かどうかはわからなかった。

「では、王都に何か大きな魔力があると?」


「ええ、神の一柱の一部が残ってるの」

「なんでそんなものが・・・・」

「この場所にあった王国の話は知ってる?」

「はい、散々聞かされてきた建国の始まりですから」

「神は今では、天上界にいると言われてるけど、天地創造前はこの世界にいたそうなの」

「神が・・・・・」


「でもある時、王国に『始原の霊体』が攻めてきた。そこで、戦った神は国を消失させられながらも片腕だけでなんとか退いた」

「それが、この国に残っていると?」

頷くアイナを見たサナは、迫り来る絶望を見ながらその神に祈った。

どうか味方であるように・・・・・と。




◆◆




「?」

「っ!!」

アリスとグリムは、突然の魔力の波動に戦いの手を止め、その足跡を見た。


「なに、これ?」

「これは・・・・・」

グリムの方には覚えがあるようだったが、歴史などに興味のないアリスは知る由もなかった。


アリスは、抉れた王城の向こう側を見た。

「アイナ?なにして・・・・・」

アイナのその先にいる存在を見て言葉を失った。


あれは、やばい。

気分が高揚してくるのがわかる。

アル君が相手をしているだろう子供よりは、強くはないが一人では勝てないとわかる。


「ふふっ」

アルベルトがいたら”かわいい”と言いそうな表情で笑ったアリスは、完全に意識を『始原の霊体』に向けていた。

だから、背中を狙うグリムに気づいていなかった。


「ハッハー!死ねぇ!!」

「あっ・・・・・」

アリスは、小さな声を発し、しまった、という表情をした。


ガッ!!


「あ?」

今度はグリムが情けない声を上げた。

「あー、ラキナちゃんに怒られる・・・・・・」

アリスは、白いコートのおかげで防がれたグリムの大鎌を見て身震いした。


「なんだよこれ!」

グリムは刃をアリスに刺そうとありったけの魔力を込めた。

「あー・・・・・・怒られる・・・・・」

アリスは、そんなことは気にもせず、頭を抱えていた。

アリスにとってラキナは、鬼教官のような存在だった。


「ちくしょうっ!!」

グリムは、大鎌に魔力を纏わせた。


「アダマスの大鎌!!」


「これ以上は怒られたくない!!」

聖剣を発動し、大鎌にぶつけた。


火花を散らし、聖剣と大鎌が拮抗していた。


「!?」

アリスは、命の危険を感じ、転移した。

「テメッ・・・・・・」

その瞬間、グシャッとグリムの体が爆散した。


『始原の霊体』が魔力に反応して、ここまで来ていた。

アイナは!?

転移で見える位置に移動し、確認する。

どうやら大丈夫なようだ。

サナさんと二人で突然消えた『始原の霊体』を探していた。


グリムは、すでに吸収され跡形も無くなっていた。

「ひえ〜、あれは怖い」

とりあえずアイナのもとに転移し、二人を連れ『始原の霊体』から離れた。



「大丈夫?二人とも」

「ええ、ありがとうアリス」

「助かりました」

アイナとサナは、いとまず安心した表情を見せた。


「アイナ、あれなに?」

「『始原の霊体』っていう存在で・・・・・・・」

「アイナ様?」

「あれを見た瞬間に私の試練が始まった」

絶望としか思えないような試練がアイナに課された。

アルベルトは炎竜、アリスはベリアル、セナはアスタロト。

明らかにレベルの違う試練を、システムがアイナに課した。



「でもあれは・・・・・・」

「わかってる。絶対に一人じゃ勝てない」

アリスもアイナも理解していた。

一人で戦えば、絶対に死ぬ。


「アリス、戦ってくれる?」

「うん。当たり前」

「ありがと」

アイナは、サナに、ここに誰も近づけさせないようにお願いをし、アリスと二人で『始原の霊体』に向き合った。



「いきましょうか」

「うん」

アイナの試練が始まった。




◆◆




「はは、懐かしいなぁ」

ソロモンは、王都を見下ろしながら両手を広げていた。


「おー、あの程度の魔物じゃ落とせなかったみたいだね」

ジーナと少女たちの戦い。

そして、ソロモンの視線は、ある一点に向いた。

「『始原の霊体』か?」

二人の少女が、世界にとっての絶望と戦っていた。

「なんてタイミングだ!」

『始原の霊体』を見てもなお笑っていた。


「僕がさらなる絶望を見せてあげよう!!」


ソロモンが魔法陣を展開すると、中から大量の黒い液体が溢れ出てきた。


「さあ、成れ!!」


その液体から、魔人が次々と生まれ続けていた。


「行け。ナーマの仇を討ってこい」




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