別れは優雅にキメてみた
玉藻御前の末裔を騙る米田さんが、本物の玉藻御前の孫である苅藻やいちかと交流がある。それはそれで中々に興味深い話かもしれない。
「確かに、叔父も叔母も術者やってますからそういう所で出会うって言うのはありますよね。案外術者の業界も狭いって聞きますし」
「世間は狭いって言葉はやっぱり本当の事なのよ」
米田さんはそういうといたずらっぽく微笑んだ。
「苅藻さんもいちかさんも親切で感じの好い妖だって思ってるわ。特にいちかさんは、年上って事もあって私を妹みたいに可愛がってくれようとするし」
「まぁ、叔母にはそういう所がありますからね。自分が末っ子だから、弟妹が欲しいってずっと思ってらっしゃるんですよ」
いちかの姿を思い浮かべながら源吾郎は軽く鼻を鳴らした。叔母のいちかが米田さんを妹と見做しているという話を聞いて、面白くないと思ってしまっていた。弟代わり妹代わりが欲しければ甥たちや姪がいるではないか。余所の、血も繋がっていないような妖怪を弟妹と見做すよりも、親族である自分たちを弟妹と見做す方がずっと健全だと源吾郎は思っている。しかしそれでも、いちかは源吾郎たちの姉ではなく叔母として振舞う事を選び続けている。
いちかの兄であり、源吾郎の叔父にあたる苅藻の方が、よほど兄らしく振舞ってくれるというのに。
あ、と米田さんが短く声をあげた。源吾郎がむっつりとしている事に気付いたらしい。
「そう言えば私、玉藻御前の末裔を名乗っちゃっているけれど、それこそ島崎君にしてみれば面白くない話じゃないの?」
「そんな事ありませんよ」
源吾郎は米田さんの目を見据え、はっきりと即答した。米田さんが玉藻御前の末裔を名乗っているという点について、特に不愉快だとは思っていない。その辺の凡狐が玉藻御前の末裔を名乗っているのは面白くないが、米田さんはその辺の凡狐とは違う訳だし。
その事を説明しようと思ったが、疲れ切っているのでうまく言葉がまとまらない。源吾郎は代わりに別の事を口にした。
「それにしても、米田さんと叔父たちが仕事上の付き合いとはいえ仲良くしてらっしゃると聞いたらそうだろうなって思いましたよ。叔父たちは、誰が玉藻御前の末裔と名乗っていようがあんまり気にしませんからね」
「そうね。苅藻さんたちはそういう所は良い意味で割り切ってくださってると思うわ。やっぱりあの二人って半妖ですから、あんまり変にこだわると却ってしんどくなるのかもしれないし」
半妖。その言葉が源吾郎の心にぐっと迫った来たような感覚があった。源吾郎は父と祖父が人間である事は一応把握している。人間の血を多く引き、純血の妖狐とは色々と異なる事も解ってはいる。しかしそれでも身内ではない妖怪に半妖と言われると心がざわついた。
今回半妖と称されたのは叔父と叔母である。母の弟妹が半妖呼ばわりされると、自分の人間の血の濃さが一層際立つような奇妙な感覚があった。
母親が半妖で父親が人間であるから、叔父たちよりも人間の血が濃いのは事実なのだが。
「それにしても島崎君も大変な事ばかりだと思うけれど、とても頑張っているわよね」
猫のような笑いを浮かべながら、米田さんはささやいた。何がどうという事ではないのだが、そこはかとない寂しさがこもったような声音だった。
米田さんは何が大変だと思っているのだろうか。俺の野望の事? それとも今日の幹部会議の事だろうか……そう思っている間に彼女は言葉を重ねる。
「そもそも島崎君は、人間として暮らせるように育てられたんでしょ? 若いのに妖怪としての暮らしをしようと方向転換したなんて、大変な事だと思うわ」
「……まぁ、人間として暮らしていても望んだものは手に入りませんからね」
米田さんは、まるで源吾郎が今ここに至るまでに何があったのかを見てきたような物言いをしていた。何故そこまで知っているのか。気になったが源吾郎は尋ねなかった。疲れ切っていて些末な疑問は割とどうでも良い事のように思えていた。
それに何より叔父や叔母の事を知っている米田さんである。もしかすると源吾郎の両親や兄姉とも面識があるのかもしれない。そう思うと腑に落ちた。
ともあれ米田さんの指摘通り、源吾郎が人間として育つように教育されてきたのはまごう事なき事実だ。実際に兄姉らは人間としての暮らしに順応している。源吾郎は兄姉らよりも妖怪としての気質と野望が強かった。ただそれだけの話である。
※
萩尾丸の配下だという妖狐の男が源吾郎の許にやって来た。三尾を揺らしながら、車で研究センターの居住区まで送っていくと丁寧な口調で源吾郎に教えてくれたのだ。若者でしかない源吾郎に対して丁寧な態度なのは、それが仕事であり尚且つ彼が萩尾丸の配下だからだろう。
源吾郎は促されるままに立ち上がった。狐男に従って付いて行く前に、振り返って米田さんの方を見た。
「今日はありがとうございました、米田さん」
源吾郎は残った気力を振り絞り、玉藻御前の末裔、ひいては未来の大妖怪らしく威厳を示した。
「今回はここでお別れですが、俺たちはきっとまた何処かで会えると信じています。ええ、その時俺は俺の血に流れるにふさわしい態度でもってお会いしましょう。それでは米田さん、またいつか――」
「うん、また今度ね、島崎君」
源吾郎の気取ったセリフに対して、米田さんは微笑みながら手を振ってくれた。源吾郎を送っていくという狐男はというと、事もあろうに笑いをかみ殺しているように見えた。
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