少女の正体(7)



 リゼとホノカとの食事が終わり、解散後にぶらぶらとラボ側のエリアを散歩していた。

 殺風景な病棟側と違って、研究者たちが快適に過ごせるように必要なものは概ね揃っていた。カフェもあれば、雑貨も手に入る。

 とはいえ、必要な物品を自分の足で買いに来る研究者はそれほど多くなく、もっぱらアーニャのような汎用アンドロイドが代理で買い出しに来ている様子である。

 しかし、どの個体を眺めても、アーニャのような気高い美しさは感じられない。

 やはりアーニャは別格。至高のアンドロイドと言える。

「おーい、少年。アーニャを思い出すのはいいが、のめり込むのもほどほどにしておけー。帰ってこられなくなるぞー」

 突然誰かに話しかけられて、キョドってしまう。

「え、あ、いえ、これは決してアンドロイドに邪な感情を抱いているとか決してそう言うことではなく、社会調査の一環として研究者のみなさんがアンドロイドをどのように扱うかという壮大な、ってトマスかよ」

 金髪碧眼の作業着の偉丈夫、トマスが背後に立っていた。

「ぶわはははは! どんだけ流暢な言い訳だよ。言い訳になってねーけど」

 なぜか、トマスはモップとバケツを持っていた。

「おう、ちょうどいいや。どうせ暇なんだろ? 仕事、手伝ってくれねーか?

 代わりにい・い・も・の、見せてやるからさぁ……。

 好きなんだろ、ロボットがぁ……? 特に丸裸の姿なんてたまらんだろぉ……?」

 実に下劣な笑顔を見せるトマス。どうやったらそこまで堕ちることができるのか。

 男子学生を懐柔する手段を心得ている。

(黒峰さんもたいがいだけど、こいつらやっぱり同族なんじゃないか?)

 そんな疑問もよぎった。

 しかし、それはともかくこの流れで引き受けなければ男が廃る。

「それはもちろん!」

「いい返事だ、少年。ご禁制のシロモノを見せてやろうではないか……」



 そうして連れてこられた場所は。

「トマァァァァァスッ! あんた絶対に許されない大罪を犯したからなぁぁっ!」

「ぶわはははは! たしかにご禁制のいいものだろうがよ! どれだけファンでも間近で見られるもんじゃねーんだぞ! 感謝しろー!」

 機兵ジャケットの格納庫であった。

 自動制御のリフトに乗って、ジャケットの装甲をモップとバケツでひたすらゴシゴシとこするだけの簡単なお仕事である。隙間や連結部はブラシで丁寧に磨く。地味に辛い。

 それほど広くもない格納庫には、二人以外には他に誰もいなかった。

「いやー、助かったわー。二機ともひとりで清掃とか疲れるっつーの。ま、簡易清掃でいいから、そこまで真剣にやる必要はないんだがなー」

 清掃するのは、例の襲撃事件のときにトマスが乗っていた白い流麗な機体だった。格納庫には同じ機体が二機、並んでいる。

 トマスと一機ずつ分担してゴシゴシゴシゴシ。体高四メートル弱の標準的なサイズの機体だったが、入り組んでいる部分もある上に、落ちづらい汚れもあるので思ったよりは手間がかかる。

 たしかに、ひとりで二機だとちょっとした重労働だろう。

 トマスはモップを力強く動かしながらもまったく息が上がることなく、ひたすらホノカの愚痴をつらつらとこぼしていた。

「清掃アンドロイドのスケジューラを更新し忘れるとかどんだけだよ、あのちゃらんぽらん。ほんと胸にしか栄養が行ってないだろ、まったく。そんなときに限ってお偉いさんの視察と来たもんだ。はいはい、機体が汚れていると印象が悪いでちゅねー?」

 やってみると少し呼吸が荒くなる程度には疲れる作業だったが、やりながらでもトマスと話せる余裕はあった。

「偉い人? どんな人?」

「あー、東軍イーストの中佐だなー。ほら、例の事件があったから、このラボの警戒レベルが上がってんだ。で、東軍イーストからも増援として一小隊が新たに駐留するってんで、今さらになって様子を見にやってくるんだと。

 遅えっつーの! 一ヶ月経ってるって! そもそもこのラボに二小隊も展開したら、ジャケットで防衛戦やるときにお互いが邪魔でしょーが! 機動性を発揮できないジャケットとか、いい感じにデカくて脆い的だっての! バカなの? ねえ、上層部はバカなの?」

 尋ねてもいないのに一方的に色々と暴露してくれる。黙々と作業するよりは幾分マシだったが、さすがに気にはなった。

「なー! 俺にそんなにペラペラしゃべって問題ないのかー?」

「あーん? お前さん、もう機密レベル四までは話しても大丈夫な対象なんだよ。だから気にすんなー。まー、さっきのは機密もクソもねぇ僕のただの愚痴が大半だがぁ?」

 なるほど。ゲストパスが発行された段階で、ラボの来客として一定の情報は共有を受ける権利が生じているらしい。

「あとは、そうだなあー。襲撃犯におそらくミサキの同類がいたってことで、軍からも適応者アダプテッドが増援で来るらしいな-。

 腕前のほどは知らんけど! いっぺん、ミサキ嬢と本気でやり合ってみて欲しいもんだ」

 聞き覚えのない言葉が混じっていて、作業をしながらだと聞き落としてしまった。

「なにー? アダ? アダなんだってー?」

適応者アダプテッドだよ! ミサキみたいな人体機能付与型プラグナノマシンインを使える人間をそう呼ぶの! 他にもイニシエータとか、単にユーザーとか、いろいろと呼び名はあるんだけどなー!」

 勉強になった。

「でもさー、それって機密レベル六とか七じゃなかったけー!?」

 たしか、誓約書にサインした日の会話でそういう数字が飛び交っていた記憶がある。

「あーん? ………………気のせいだろー! 気にすんなー! プラグイン絡みは基本的なところをもう教えてあるからいいんだよぉ!」

 ずいぶん沈黙が長かったのは気にかかる。どうも、例の誓約書を書いてからホノカたちのガードが緩くなったような。錯覚だろうか。

 などと話しているうちに、先にトマスの機体の掃除は終わってしまったようだ。さすがに早い。こちらはまだ半分残っていた。

「はー。終わった終わった。ったく、ホノカのやつには毎度毎度ひどい目に合わせられるな。

 こないだもあいつのせいで徹夜になってオフィスのソファで寝てたのに、悠々と翌朝出勤してきて『寝言がうるさいー!』とか言いながら、蹴飛ばして来やがる。もう少し部下を労っていただけませかね、ホント」

(おっ……?)

 ランチタイムに耳にしたホノカのトンデモ発言の真相がこんなところに。てっきり甘くて危険なエピソードが転がっているのではと邪推していたが、トマスはただの苦労人のようだ。

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