少女の正体(8)
そのあとも、作業を終えて休憩しているトマスの独り言のようなものをBGM代わりに清掃を進めていく。
彼のトークは砕けた軽妙な口調ではあったが、要点がまとめられていたので作業をしながらでも十分についていけた。
「お前さんが巻き込まれた例の事件なー、犯人グループに
三機中なんと二機が、条約完全無視の『
完全自律駆動の攻性兵器って、何十年前の概念だよ! 開発が止まって久しいものを、まさかの自力で実戦投入だからな。最近の犯罪組織は根性あるよなぁ」
ブラシで装甲の隙間の汚れをこすりながら、思い出したことを口にする。
「そういえば、通信で無人機がどうとか言っていた気がするよ」
「ああ、あの通信、ハルキも聞いてたのか。ハルキが目覚めたときに記憶を問診したのは……リゼとホノカか。僕には情報共有されてねーな。ホノカめ……」
トマスはしゃべりながら自分の
ホノカに対する怒りのボルテージが上がっているようだが、自業自得のようなので気にしないことにする。
無人機について少し気になる部分があったので、質問してみる。
「あのさー、
トマスは唇の端をぐいっと持ち上げると、ニカッと笑って楽しそうに説明を始めた。
「原因は、人類が汎用高度人工知能の開発に失敗するよりも前の時代の話だよ。
当時は自律型機動兵器、通称オートマタって呼ばれてて、たしかに大きな戦果も上げてたんだよな。無人だからいくらでも高G機動ができたし、そりゃ強いわ。あ、オートマタって呼ばれてたのは、別に二足歩行の兵器に限らないからな? 戦車や航空機みたいなもんも含まれてたぞ」
主題の枝葉として聞いてもいない予備知識がくっついてくる。
この男、もしやミリタリーオタクではないか。
「そんで、内紛の鎮圧に投入されたオートマタたちが、反政府ゲリラ側の仕掛けたトラップに引っかかって、敵と味方の区別があやふやになっちまったんだ。まー、当時の汎用人工知能って、今のヤツと比べたら稚拙だったからな。
最終的に何が起こったかというと、避難民キャンプと近隣都市のみなさんをゲリラ兵だと誤認してしまって———犠牲者の数は覚えてるだろ?」
ここまで聞くと、さすがに思い出していた。
「八万人、だったっけ」
ぞっとする数だ。
「ザッツライト! 複数の避難民キャンプを、ひたすらに襲い続けたのな。しかも、どうにか無力化しようとする追撃部隊から、持ちうる機能を総動員して逃げ隠れしつつだ。
で、それからはオートマタ改め、
そして、それ以後の武装した機動兵器は有人機となった。ジャケット然り。
もちろん、非武装の偵察機や固定式の砲台などは
「大勢の非戦闘民が虐殺されたからな。人工知能を社会の牽引役に据えられるような世論の状況ではなくなって、人類を超えた知性を目指していた汎用高度人工知能もお蔵入り。
気が付いたら
ちょうどキリが良く、ここで機体の清掃が完了した。
「よーっし! 終わった! 解説サンキュー! よくわかったよ」
「お。ごっくろーさん」
自律型リフトが安全な高さまで下がったのを確認して、すとんと飛び降りる。
気持ちの良い汗をかいた。適度な労働は良いものだ。
トマスはピカピカになったジャケットを見上げて満足そうにしている。
「ジャケットって、何の変哲もない生身の人間でも、頑張れば何とかなる気にさせてくれるんだよ。そこがいいんだ。着用者として実力があるかどうかだからな。
僕は、凡人が凡人なりにあがいている方が人間らしいと思える。いまのリゼの境遇を幸せそうだとは思えないしな。本人がどう思ってるかは知らんけど」
彼の言いたいことは理解できた、と思う。リゼの半生を知った今なら実感が伴う。
長くしゃべりすぎたのか、ふぅ、と息を吐くと、トマスはまたニカッと笑った。
「ジャケット、間近で見た感想はどうだい?」
愚問だ。
「カッチョイイ! ロマン! サイコー!」
「だろぉ!?」
二人でがしっと腕を組んだ。
きれいに磨かれた純白のジャケットを、見上げる。
特にこの機体はデザインが美しく、ほとんど無骨さが感じられない。間違いなく、カッチョイイ機体と言えた。
ジャケットと言えば四角いか丸いか、たいていはどちらかだ。
軍用のものは、銃弾や打撃を逸らす目的で丸い装甲を中心に設計されていることが多かった。生存率を上げるためにどうしても不格好になりがちである。
民間の工事現場などで使われる作業用のジャケットもあるが、メンテナンスやコストを考慮して四角いものが多い。襲撃犯グループが使用した機体は、まさしくこちらだ。
この機体は、そのどちらとも言い難い。強いて言うと『流線型』が近い。色も真っ白で、さながら白亜の騎士とでも表現するのが妥当だろうか。
トマスが、腕時計型の自分の
「こいつの機体概要って機密指定レベルいくつだっけな……お、三か」
何か、この機体についてネタばらししたいことがあるらしい。話せるとわかって嬉しそうである。やはりオタクの習性が感じられる。
「ハルキ、こいつは量産試作機ってやつで、まだ正式採用されていない機体だ。存在することは公知になっているんだが、実機を間近で取材したメディアはまだひとつもないんだ。
この機体の開発コードネームは『ザンサス』という」
ザンサス。
美しいデザインから受ける柔らかな印象とは裏腹に、鋭さのある名前だ。
「な? いいもの、だっただろ」
期待していたものとは大きく違ったが、たしかに、これはこれでいいものだ。
騙されたことは水に流そう。
一段落ついたので、話題を変える。ひとつ、気になっていたことがあった。
「そういやさ、さっきずいぶんと
「あん? あー、古巣だからな。可愛さ余って憎さ百倍、って言うんだっけ? そういうやつだ。中のことも多少知ってるんで、余計に腹立たしい部分があるってわけ」
「……古巣?」
「あれ。言ってなかったっけか。僕は
言われてみると、ミサキが「トマスは正確には警察官ではない」と発言していた記憶はあった。本来は軍人という意味だったのだろう。
ミリタリーオタクどころか、本物のアーミーだった。詳しい上に愛があるわけだ。
「そうすると、警備課って、トマスは出向、ミサキは嘱託ってことで……黒峰さん以外は警察官じゃないのか」
「ん? そこはれっきとした警察官がもうひとりいるんだが……れっきとした? いや、あれは全くれっきとしてないな。まぁ、とにかくホノカひとりだけじゃねーよ。
僕だって、出自が軍からの出向ってだけで、警察庁では警部補の待遇と権限だぜ? どっちかっつーと、ミサキが例外中の例外なだけだよ」
「うん? もうひとり、って」
ピーッ! ピーッ!
聞き出そうとしたところで、トマスの端末にホノカからの通信が入った。
「はいよ。どうした、ホノカー? こっちは清掃がようやく終わ———」
『はーい、トマちゃんー。いまからここに集合ねー! 二分で来いッ! いいなッ!』
問答無用で通信が切れた。
指定された場所をホロで見たトマスは苦笑していた。
「あいつ、この時間から飲む気だぞ。かーっ! ほんと仕事早いなぁ、あいつ」
地図表示を見ると、ラボ共用部のラウンジ兼バーのようだった。
時刻を見ると、いつの間にか十七時になっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます