少女の正体(5)



 翌日のランチタイム。

 ハルキは、ホノカからラボ共用部にあるレストランに呼び出されていた。

「ようこそー。さあさあ、こっちこっちー。座って座って―」

 施設内の案内板を見ながらどうにかたどり着くと、ホノカが入り口で待っていた。

 有無を言わさず腕を引っ張られて店の奥まで連行され、四人掛けの席に座らされたところだった。

 正面にはリゼが座っている。その隣にホノカ。二人だけだ。

 リゼ。手編みブレイデッドの少女。

 そう告白されなければ、人形のように可愛らしい口下手な銀色の小動物としか思えなかったのだが、今はどう接していいか、正直戸惑う。

 その様子を察したのか、察していないのか。

 リゼは特に何かを気にする風でもなく、いつも通りのトーンで話し始めた。

「ハルキ、なにか、困ってる?」

 リゼとの接し方がわからなくて困っている、などと率直に言えるわけもなく、ここへの道中の出来事から適当に答える。

「ここまで歩いてくる間、すれ違う人にじろじろと見られまくってさ……」

 ハルキはもう入院着は着ておらず、ありふれた服装に着替えていたが、衆目を集めるのはそうした身なりの問題ではなかった。

 このラボでは、十代の若者は明らかに浮く。

「それはしかたないかなー。サキちゃんもここに来てしばらくはじろじろ見られてたからねー。って、今も見られてるかー? ま、たぶんどうしようもないから、諦めてー?」

 ミサキが今でも視線を集めているのは容姿や服装が原因のような気がするが、ホノカにそれを伝えるのは地雷としか思えないので黙っておく。

 唐突に、リゼがぽつりと呟いた。

「リゼ、よく見られてる」

 謎の対抗心を燃やしている。いったい何と張り合っているのか。

「リっちゃんがみんなに見られるのは、ラボの従業員にとっては上司みたいなもんだからでしょー? 全員がリっちゃんの出自を知っているわけではないけど、偉い人だってことはわかってるからねー。恐れ多いんじゃないのー?」

 あなたはもう少し恐れられるようになった方がいいですよ、という言葉がオブラートに包まれることを拒否して口からそのまま飛び出そうになったので、慌てて飲み込んだ。

「あの、それはそうと俺をここに呼び出したのはどうしてですか?」

 埒が明かないのでこちらから本題に入る。

 昨日の今日で気楽な話題とも思えなかったが———

「それはねー。齋藤くんと親睦を深めようと思ってー。

 ほら、検査結果がグリーンになるまで外出もできないみたいだし、ちょっと長い付き合いになりそうだからさー?」

「黒峰さん、本当にお気楽ですね?」(お気遣いありがとうございます)

 失敗した。建前と本音が逆になってしまった。

「がーん! 齋藤くんにもそんな風に言われるの、わたしー!? 泣いちゃうー!」

 よし泣けよ。今すぐだ。

「あ、それで、ただ話すのもなんだから、ランチでも一緒にどうかなってー」

 なんということだ。まったくダメージを受けていない。

 とはいえ、ホノカの申し出がありがたいのは事実なので、素直に受けることにする。

「ま、まぁ俺も暇なので願ったり叶ったりですけど」

「よかったー。じゃあ、注文しますかー。あ、初回だからメニューはわたしに任せてー。オススメを頼むからー。嫌いなものってあるー?」

 ホノカは好き嫌いを聞くと、首元のチョーカー型端末からさくさくと注文をしてしまった。一切の迷いがない。リゼの食べる分は本人に確認も取らずに注文したようだ。リゼの好みを知っている程度には、普段から一緒に食べているのかもしれない。

 さて、ウエイターの給仕アンドロイドが食事を運んでくるまで、いくら自動調理といっても数分かかる。

「……話すって言っても、いったい何を?」

 沈黙に耐えかねて思わず聞いてしまった。実際、このメンツで何をどう話すというのか。

「えー、そんなのくだらない話でいいのよー。トマスの寝言がうるさいとかー?」

(……うん?)

 なにかトンデモ発言だったような気がしたが、触れてはいけない予感がする。流そう。

「あ、じゃあ、学校の話にしましょうー。

 ほら、齋藤くん、来週から準仮想現実パラバーチャルなら学校に通えるようになるでしょー? 最近の学生がどんな感じなのか、教えてよー」

 誓約書に署名したとき、ホノカから「外出禁止だけど、ずっと学校に通えないのも困るだろうから、準仮想現実パラバーチャルだけなら行けるようにしておくねー」と言われていた。

 要するに、グローバルネットワーク越しであれば登校を許可することを指している。

「リっちゃんも学校の話、興味あるよねー?」

 リゼは何度もこくこくと頷いている。

(そこまでか? そこまで学校のことを聞きたいか?)

 リゼの反応に疑問は湧いたが、他に話せそうなことも思いつかなかったので提案に乗った。

「どうって、普通ですよ。黒峰さんのころと同じじゃないかなぁ……。

 週に二回は現実リアルで通って、残りは準仮想現実パラバーチャルで自宅から接続ダイブですね。授業は講義が半分と、あとは実習とディベートを合わせて残りの半分くらい」

 ホノカはふんふんと頷いている。

 リゼはじーっと視線を固定したまま話を聞いていた。

「うーん、あとは放課後ですか? 現実リアルの登校日はテキトーにぶらぶらしてから帰宅してますね。一人暮らしなので気ままですよ。親は近くにいないし」

 ぶらぶらしていたら公園で事件に巻き込まれた、とは付け加えなかった。

「へー、ふーん、じゃあ、お友だちはー? いるのー? どんな感じー?」

「そりゃ、さすがにいますよ! 仲が良いのは、二人かな。課外活動をやっているわけでもないので、特にあてどなく青春を浪費しているだけのグループですけどね」

 自分で浪費って言うなよ、という気もしないではないが、実際に何か成果をあげるような活動を放課後にやっているわけではないので間違いなく浪費である。

 青春を謳歌している連中は、学校が終わってからスポーツや芸術に打ちこんでいたりする。学生によっては早々と企業活動に参加していることもあれば、起業している者も相当数いる。反対に、仮想空間バーチャルにのめり込んで帰ってこない連中も少なくなかった。

 別に、学外で何をしてもいいのだ。何だってできる。学生だとしても、正しい手順で相応の対価さえ差し出せば、ほとんどのリソースにはグローバルネットワーク越しでアクセスできるのだから。

 大人との違いは、社会的な責任をどこまで取れるか、取らされるか、だけだ。

 失敗しても、まず命までは取られない。

 反対に、生産的な活動を何もしない、という選択を取ることも自由なのだ。

「うわー。まさに灰色の学生時代だねー。リっちゃん、どう思うー?」

 ホノカの感想はごもっともだ。

 一方のリゼの感想は、やはり独特すぎた。

「学校内での部活動の概念、百年以上前に消滅した。学外での自由活動、近年の主流。そのうち何も生産しない学生の割合、約三十パーセント。少なく、ない」

 おーい、リゼさーん。それは感想ではなく統計的事実ですよー。

 思わず、そんなツッコミを入れそうになるが、やめておいた。

「おーい、リっちゃーん。それは感想ではなく統計的事実ですよー?」

 ホノカが適確にまったく同じツッコミを入れていた。

(エグいな!)

 リゼはツッコミの意味がよくわかっていないようだったが。彼女のズレっぷりにいちいち反応していても話が進まないので、一旦脇に置いておこう。

 気を取り直してホノカに視線を移す。

 ———ぐふふ。

 例の気持ち悪い笑みを浮かべていた。

 間違いない。なにかが来る。

「それでそれでー? 恋愛方面はー? イイ人はいるのー? 気になる人はー? まさか、その歳で誰もターゲットがいないってことはないわよねー?」

 この女、地雷だとは思っていたが、自らの意志で突っ込んできて炸裂する誘導弾だった。

「どストレートかよ! 仮にいても答えませんよ!」

「ふーん。その様子だと、たぶんいる、っとー。

 ちなみに、年上と年下、どちらがお好みですかー?」

「そうですね、いままさに年上が恋愛対象から外れそうになっていますね」

 誰かさんのおかげでな。

「では、同級生についてはどうでしょうかー? やはり同い年は王道でしょうかー?」

「めげないな?! どこまで食い下がるの!? リゼがきょとんとしてるでしょうが! ストーップ!」

 実際、リゼは目を見開いて耳をアンテナのように広げたまま、固まって動かなくなっていた。似たような反応をする生き物が実際にいたような気がするが、思い出せない。

「ちぇ。最後に銀髪のふしぎちゃんと茶髪のスポーツ少女、どっちがお好みですかーって聞きたかったのにー」

 さりげなく恐ろしい質問を浴びせかけようとしていた。邪悪の化身か。

「銀髪の人口比率、データない、けど、推定すると」

「リゼも乗らなくていいから! というか、何を計算するつもりだ……?」

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