再生の代償(5)



 翌日、もう一度つかまり立ちに挑戦した。

「あれ? 痛くない」

 ほとんど痛みもなく、補助用のバーをつかんで体を引き起こすと、スッと立ち上がることができた。

 今日はアーニャとホノカが隣で様子を見守っている。

 美女ふたりに見守られながら、痛みもない快適なリハビリである。

 ホノカが黙っていればの話だったが。

「はい、あんよがじょーず、あんよがじょーず、あんよがじょーずっ!」

「あの、変な性癖に目覚めそうなんで……やめてもらえます?」

「ええー? こんな美人に応援されて、うれしくないのー?」

 美人という自覚はあるらしい。本人が言っても嫌味だと感じないのは、頭に「残念な」がついているからだろう。

 恐ろしいのは、アーニャが悪ノリするところだ。

「私もホノカさんと一緒にやりましょうか? あんよがじょーず! あんよがじょーず!」

「バブゥー。はっ!?」



 さらに四日もすると、何もつかまなくても歩けるところまで回復した。

 アーニャが笑顔で祝福する。

「ハルキさん、おめでとうございます。今日からは介添え無しで歩いて大丈夫ですよ」

「お、おお、これでひとりでトイレに行ける。やった!」

 ひとつの区切りということで、リゼを含めた全員がトレーニングルームに集まってきていた。

 ところが、アーニャは珍しく悲しそうな顔をする。

「もう尿瓶を取り替えることも、肩をお貸しすることもないのですね」

 ホノカがすぐに反応する。

「きゃー、何のプレイ? 何のプレイ?」

 呆れたミサキがすぐにツッコミを入れる。

「医療行為でしょうが! 茶化さないの! 相変わらずホノカは胸と身長にしか栄養がいってないわね……」

「やった! サキちゃんに褒められた!」

 当のホノカはまったく堪えていないようだったが。メンタルが鋼すぎる。

 リゼはリゼで、唐突にスイッチが入って話し始めたと思いきや、

「プレイ? 双方の性的嗜好に基づいた男女間の営み? でも、どうして?」

 などと、いつもより饒舌になっていた。

「ちょっ! リゼ、まじめに反応しなくていいから!」

 ミサキが火消しに回ってその場は流れたが、最後にトマスがつぶやいた一言が忘れられない。

「僕はなぜここにいるんだろうか」

 声音から苦労がにじみ出ていた。



 さらに二日経つと、ストレッチやヨガを取り入れた全身運動に切り替わった。

 コーチはアーニャで、動きやすいようにストレッチの効いた薄手のウェアに着替えていた。

 薄着でもアンドロイドには全く見えない、美しく均整の取れたボディ。人工皮膚の継ぎ目など見えるはずもなく、その肢体には見惚れるほどだった。うっすら小麦色の肌と藍色の髪のコントラストが鮮やかだ。

 いまは、床に足を広げて股関節の柔軟体操をしている。

 思ったほど、からだが曲がらない。

 気が付くと、お手本を見せてくれていたアーニャがいつの間にか背後に回っていて、背中をゆっくりと押してくれていた。

「お手伝いしますね」

 アーニャの体温が背中から伝わってくる。リハビリ生活もちょっとだけいいかもしれない。

(ん?)

 からだをピタリとくっつけられたような、この感触はまさか、

「もう少し曲げてみましょう」

 えっ。

「いやいやそんなに曲がらな、いや、やめボエェェェェェッ」

「まだいけますよ! もう少し! 私、古式マッサージもできますから!」

 そのあとも全身の伸ばせそうな筋をひたすらに伸ばされた。

 解放されたときには、さながら砂浜に打ち上げられたヒトデのようになっていた。

「あっ……あっ……ぁ……」

 傍らに立つアーニャは満足げだ。やりきった、という顔をしていた。

「あ、そうでした。

 ハルキさん、お疲れのところ申し訳ありませんが座ることはできますか?

 医療用ナノマシンを追加投与しなければなりません。そろそろ寿命が尽きているはずです」

「寿命って……あ、ナノマシンの?」

「はい。医療用ナノマシンは市販の風邪薬に含まれる簡易なものから、専門医が扱うものまで幅広いですが、長くてもその寿命は二週間程度です。組成が崩れて体外に排出されてしまいますから」

 アーニャは説明しながら近くにあった鞄から小さな金属製のアンプルを取り出す。円筒形で、彼女の親指くらいの大きさだ。

「首筋に打ちますね。少しチクッとしますが、痛みはすぐに引きます。

 ———本人確認です。フルネームを教えていただけますか?」

 わずかに事務的な声音だった。

 見れば、アーニャの表情はいつもと違って堅い。無表情と言ってもいい。

「……齋藤悠貴です」

 一瞬、返答に詰まってしまった。

 そういえばアンドロイドだった、ということを思い出してしまって。

「ご本人であることを確認しました。

 それでは打ちますね」

 チクリとしたあと、プシュッと圧縮ガスが排気される音がする。

「はい、終わりです。お疲れさまでした!」

 アーニャはいつもの笑顔に戻っていた。

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