再生の代償(4)



「ハルキ、脊椎、損傷した。神経組織、再生済み。でも、脳とからだ、新しい神経の使い方、知らない。馴染ませるのに、運動する」

 要するに、歩くためのリハビリが必要だった。四肢は無事でも、背骨はそうではなかったらしい。最初から伝えると気持ちが萎えるので隠していたそうだ。

 アーニャに車いすでトレーニングルームに連れて行かれると、そこには三つの人影が待ち構えていた。


 一人目。

「やあ、はじめまして。僕はトマス。ここに君を運んだんだけど、あの状態で覚えてはいないよなぁ?」

 トマスは金髪碧眼の白人男性で、背が高くガタイが大きかった。作業服のようなポケットの多いダボっとしたツナギを着ていて、すぐに軽口を叩きそうな雰囲気だ。年齢は二十代後半から三十代前半だろう。


 二人目。

「私も挨拶はしていないわよね。浅野美咲アサノ ミサキよ。

 私とトマスのヘマで大変な目に遭わせてしまって本当にごめんなさい。許してくれとは言えないけど、できる限りの協力はするから。それから、リゼを助けてくれてありがとう」

 あの公園でジャケットと戦っていたミサキだ。背格好は女性にしては少し高い。細身の引き締まった肉体に、動きやすそうなスポーツウェアがとても合っている。リゼよりは年上だろうが、トマスよりは間違いなく下だ。

 彼女は長い髪をポニーテールにまとめていた。明るめの茶色い髪は地毛のように見える。たぶん、少し移民の血が混じっているのだろう。見慣れたものではあったが。


 そして、三人目は大いに問題のある人物だった。

「こんにちはー。黒峰穂乃花クロミネ ホノカですー。一応、このふたりの上司ですー」

 ホノカは高身長で黒髪ロングの美女だった。背丈は成人男性の平均くらいあるだろうか。スタイル抜群でパンツスーツをビシッと着こなしている。見たところ二十代後半のいかにもオトナの女性である。

 しかし、本人のノリはとにかくゆるい。ゆるゆるだ。

「このたびは、わたしと部下の不始末で怪我をさせてしまい、大変申し訳ありませんでしたー」

 決して棒読みという訳ではないが、力の抜け具合があまりにひどい。聞いている方も脱力してしまう。

 口を開くと残念なタイプの美人で確定である。

 ミサキとトマスも、ホノカをわき目にばつが悪そうにしていた。

「一応フォローしておくけど、ホノカはまじめに謝っているから。これでも」

「そうそう。いつもこんな感じだから、許してくれ。これでも有能だから。マジで」

 ホノカは泣きそうな顔になってふたりに抗議している。

「ええー! ふたりともひどいー! お姉さん泣いちゃうぞー!」

「はいはい、わかったから。あんたは謝罪に来たのかにぎやかしに来たのかはっきりしなさい」

「てへっ。

 ごめんね、齋藤くん。わたしも手伝うから遠慮なく甘えてねー」

 ミサキにたしなめられて、ホノカは二人の後ろに下がった。

 

 思い切って質問するなら、きっと今だ。


「ひとつ聞いてもいいでしょうか?」

 ミサキが「どうぞ」と返答したので、勢いそのままに尋ねる。

「あの、みなさんはどういったお仕事をされているのでしょうか?」

 あの戦闘を目の当たりにして、気にならないわけがなかった。しかもホノカがこの中では「上司」と言うことは、何かの組織で間違いない。

 いったい何に巻き込まれたのか。

 アーニャは答えてくれなかったが、罪悪感を覚えているこの人たちであれば、もしかしたら。

 ホノカが、ミサキとトマスの間から顔を出して答えた。

「警備会社よー。

 この間は、ちょっと仕事上の恨み辛みがあるスジからひどい嫌がらせを受けちゃってねー。巻き込んでごめんねー。ちゃんと賠償はするからー」

(それで納得できるかぁぁぁぁぁぁ!?)

 そうは思ったが、声には出さないでおいた。

 警備会社という言葉でトマスと白いジャケットには説明がついても、ミサキが灰色のジャケットを屠った謎の怪力の説明にはならない。何か武装していたのならまだしも、どう見ても生身だったのだ。

 やはり、ミサキの正体を尋ねるしかない。

「それなら」と続けようとしたところで、アーニャが割り込んできた。

「はい、ハルキさん。リハビリの時間ですよ。つもる話はあると思いますが、まずはリハビリの方が大切です。気持ちを切り替えてくださいね」

 アーニャが顔を覗き込んで来る。彼女の肩にかかっていた藍色の髪がさらりと流れた。大人の色香とは裏腹に、可愛らしい微笑みが不思議と似合う。

 いけない。アーニャの笑顔に魅入られてはならない。

 ここは鋼鉄の意志でミサキの戦闘能力について質問をし

「がんばってくださいね」

「はい! がんばります!」

 必死にリハビリしよう。



 アーニャが音頭をとって、最初のリハビリが開始された。

 それをどのように形容するのが正しいか。

「ぐわあああああ!? むり、むりむりむりむり! つかまり立ちとか絶対無理だって! からだが裂ける! 痛い! 痛いイイイァァァァア!?」

 地獄。ただひたすらに地獄であった。

 腰に力を入れようとするだけで、灼けた鉄の棒を背中に押し当てられているような激痛が走る。

「アアアーア、アーアア! アアアアアアッ!」

 ミサキ、ホノカ、トマスは、怪我をさせた側として責任を感じているのか、そのまま部屋に残っていた。

 遠巻きに見ていたミサキがつぶやく。

「彼、さっきから『ア』しか言わない物体になってるけど、あれで大丈夫なの?」

 アーニャは頷いた。

「大丈夫ですよ。動かそうとすると体内のナノマシンが神経を最適化してつないでいくので、痛みが出るのは正常です。本当に苦しいのは今日だけです」

 トマスとホノカは、あまりの絶叫ぶりにちょっと引いている。

「僕もいろいろ痛い目にはあったけど、さすがにちょっとあれはねーわ」

「そうねー。加虐心をそそるって言っても、あれはちょっとねー。守備範囲外かなー」

「そういう意味じゃねえよ」

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