再生の代償(2)
最初は、天井を見つめるか、顔の真正面で
数日が経ってまともに話せるようになると、音声コマンドで見たいコンテンツを選べるようになった。ずいぶん楽にはなったが、コミックにしろムービーにしろ、ひたすら見ているだけなのはなかなか堪える。しかも、見られるのはローカルのものだけで種類は限られていた。
院内はグローバルネットワークに接続されていないようで、病室の端末からだと外部との連絡は取れなかった。今どき、外界と遮断された環境の方が珍しいというのに。通りでローカルコンテンツしかアクセスできないわけだ。
それでも、アーニャ同席のもとで遠方にいる父親とは直接話ができた。
ベッドに寝たまま、古式ゆかしい音声のみでの会話だったが、父親からの叱咤激励により、やはり事件ではなく事故として伝えられていることがわかった。それも、怪我の程度は数カ所の骨折ということになっているようだ。
「事故に巻き込まれるなんて運のないヤツだな。とりあえず無事ならそれでいい。灰色の青春を送りたくなかったら、とっとと治せ。次は恋人の一人でも作ってから連絡してきたらどうだ? なんなら二人でもいいぞぉ?」
アーニャも聞いているというのに、健全な青少年に何を期待しているのかこの中年は。
ひとり立ちしたらぶち殺す、という誓いを新たにする。
会話を聞いていたアーニャは苦笑いをしていた。どこまでも人間くさいアンドロイドである。
「ハルキさんがご希望なら、ご両親とは連絡を取ることができます。ただ、健康管理のため私が同席することになります。その点はあらかじめご了承下さい。
もしお困りであれば、次は私を恋人ということにしてご連絡されても構いませんよ? 話は合わせますから」
「え、遠慮しておきますっ」
一瞬、ドキッとした。気を抜くとアンドロイドであることを忘れそうになる。
そんなこんなでアーニャが身の回りの世話をしてくれていたので、彼女とはとりとめの無い会話をすることが多かった。
何を聞いても肝心なことだけははぐらかされ続けていたが。
「アーニャさん、生身でジャケットを破壊することってできるのかな?」
「もう、まずは治すことに専念しないと。余計なことを考えたら、だめですよ。ふふっ」
(うん、まあいっか!)
お茶目アンドロイドめ、何かあると笑顔で誤魔化そうとする。
それで誤魔化される方もたいがいだったが、あの笑顔に抗える男子学生はおるまい。そのくらい魅力的な造形と洗練された仕草なのだ。人間よりも模範的な人間らしい。
そうしてはぐらかされ続けた結果、リゼがジャケットに襲われていた理由や、ここがどこの病院でなぜリゼがいるのかは、わからないまま過ごしている。
(ただ、普通の病院じゃなさそうなんだよな……)
耳をそばだてても他の入院患者の声は聞こえず、看護士や看護用アンドロイドも一切見かけない。
ここにはリゼとアーニャしかいない。そんなことがあるだろうか。
一週間ほど経ったところで、突然リゼがやってきてカプセルからの開放を宣言した。
「ハルキ、出て大丈夫。でも、しばらく車イス。まだ立てない」
「やった! やっと身動きが取れる! 車イスでもベッドの上よりはマシだ!」
人間、拘束されたまま長期間過ごすようにはできていない。やはり自分で動いてなんぼである。
「開けますね」
アーニャの操作で治療用カプセルに満たされていた溶液が排出されると、肌の感覚が戻ってくる。空気に触れていることがわかる。
そして鈍色の円筒形のカプセルがゆっくりと開いていくと、そこには———
「ストォォォォォォップ! アーニャさん、待って! 止めて!」
「え? はい。止めますね」
開きかけたカプセルが中途半端な位置でピタリと止まった。
その中にあったのは、紛れもない男の裸体であった。
「マッパなんですが?」
「はい。それはもう。治療していましたから」
「いや、あのですね? そういうことではなく」
「あっ、気になりますか。マスター、あちらを向いていて下さい」
「どうして?」
リゼは首を傾げている。
「とにかくあちらを向いていて下さい」
「リゼ、気にしない」
「マスター、いい子ですから」
「むぅ」
リゼはそれ以上は特に返事もせず、くるりと反対を向いた。少し遅れて、ぼさぼさの銀髪がふわっと美しい弧を描く。
そのあとも、アーニャは変わらずにこにこしながら傍らに立っている。
「えっ、あの、その、アーニャさんは」
「ご心配なさらなくても、最初に申し上げた通り私はアンドロイドですよ? 看護用アンドロイドとしても働けるスペックです。しっかり着替えさせて差し上げますから、ご安心ください。ふふっ」
アーニャの魔の手が迫る。
「ア、ア、ア、アアアァー!」
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