【第十話】前期祭と頼まれごと





「そういえば、沙織ちゃんのクラスは前期祭でなにか出し物するの?」


 とは昼食を食べ終えた孝裕が隣で弁当を片している沙織に投げかけた言葉だ。

 沙織はランチクロスで弁当箱を包むと顔を孝裕に向ける。


「いえ、出し物をするのは決まってるんですけど肝心な内容はまだ何も決まってません。昨日の総合の授業でようやく案が固まったくらいですね」


「へぇー、どんな案が出たの?」


「メイドカフェと女装カフェと普通のカフェが案に出て、意見が三つに分かれたまま授業が終わりました」


「あはは、カフェは絶対なんだね」


「孝裕君のところはなにやるんですか?」


「僕のクラスはクイズ喫茶だよ」


「孝裕君のところも喫茶ですか、絶対行きます!」


「おいでおいで、サービスするよ」


「実行委員さんがそんなこと言っていいんですか??」


「うぐっ!沙織ちゃん痛いところつくね。他の子には内緒だよ?」


「ふふっ、悪い人ですね。だめです!ちゃんと払いますから!」


 と、孝裕の沙織贔屓を断る。


 前期祭ーー『私立秋ノ宮高等学校』では五月と十二月に前期祭と後期祭と呼ばれる、秋ノ宮生熱狂の大イベントが存在する。前期祭は新しい環境での人間関係や学校に慣れるために催されるイベントで、クラス企画で喫茶店等のお店を出したり、体育館や運動場で出し物をしたりと賑やかな祭りを呈している。


 時は四月も残り数日となり、いよいよ一つ目の大イベントが近づいてきていた。

 各クラスではなんの企画を行うかの検討が総合の授業で話し合われており、生徒達も楽しみに熱気を高めていた。もちろん学校全体が主体となるイベント故にスケジュール管理やその他雑務を熟す実行委員が存在する。孝裕もそのメンバーのうちの一人だ。


「やっぱり実行委員のお仕事は忙しいですか?」


 片した弁当箱を膝の上に乗せた沙織は、足をパタパタと動かしながら孝裕に問いかける。

 孝裕は「うーん」と空を眺め刹那の時間頭を悩ませると、


「忙しい、けどそれは僕の仕事ペースが遅いからそうなっちゃってて、もっと効率よく出来たら忙しさもなくなると思う」


「孝裕君、そんなに自分を卑下することないんですよ。そもそも実行委員の人数が少ないのが悪いんですから」


「あはは、それはそうかもね。尚更頑張らないとな」


「無理しない程度に頑張ってくださいね!もしなにかあったら私を頼ってくたさい、なんでも手伝いますから!」


「うん、ありがと!」


「あ、そろそろ時間ですし戻りましょうか」


「そうだね!」


 そう言うと二人はそれぞれ弁当箱とゴミの入った袋を持ち中庭から離れていく。

 上履きに履き替え、特に目立つことのない平凡な会話を続けていると、「お、孝裕」と前の方から一人の男子生徒が近づいてくる。

 やがて近づくと生徒は沙織の存在に気づき、「どうも」と頭を下げると沙織も同じように頭を下げ返す。


「孝裕、この子は?」


「沙織ちゃん、ほら、前に話した」


「あぁ、初恋の子か」


「おい!」


 なにやら楽しげな空気感で会話を始めた二人についていけず、ポツンと一人になる沙織の様子に孝裕が「あぁ!ごめん!」と慌てると男子生徒の方を手で示し、


「この人は同じクラスの近藤幸輝、僕の友達だよ」


「どーも」


「私は宮園沙織と申します。よろしくお願いします」


 孝裕の紹介に礼儀良く名乗りを行った沙織はふと、幸輝が言ったある言葉に着目する。


「孝裕君、幸輝さんに初恋のこととか話してたんですか?」


 沙織の不思議そうな顔に孝裕は「可愛い」と心中で感想を述べながらも可能な限り顔には出さず、


「うん、色々相談に乗ってもらってたんだ」


「相談ってよりかは惚気話だったけどな」


「あはは、ごめん」


 と、孝裕の答えに不満があった幸輝はツッコミを入れる。

 実際孝裕は相談をしているつもりだったのだが、その内容は相談と言うよりも惚気要素の方が強かった。しかし幸輝はそんな話に一切嫌な顔見せず、ただ幸せそうに話す孝裕を見て我が事のように喜んでいた。


「お二人は仲がいいんですね」


「小学校からの付き合いだからね」


「しかもずっとおんなじクラスだしな」


「不思議な縁だよね」


「へー、凄い!そんな偶然あるんですね!」


 孝裕と幸輝の奇跡としか言えないような巡り合わせに沙織は目を輝かせて声を大にする。それもそのはず今年も一緒だというのだから単純計算で十年も同じクラスになっている運命的な繋がりを持つのが孝裕と幸輝の関係性なのだ。

 沙織は表とは裏腹に「羨ましい」とも思っていたが、幸輝がいるこの場では言うことを諦める。

 すると、五限前の予鈴が校舎に鳴り響き、沙織たちと他に廊下にいた生徒含めた全員が鐘に意識を集中させた。チャイムが鳴り終わると幸輝はひらひらと手を振り、


「あんま時間もないし、授業遅れるなよ」


 とだけ言い残して教室の方へと向かっていく。


「気を遣われてしまいましたね」


「ははは、幸輝は優しい人柄だからね。いつも助けられてるよ」


「‥‥」


「ん?どうしたの?」


 孝裕の袖をクイっと引っ張った沙織にあからさまな擬音譜を浮かべた心配の言葉を投げかけてくれる孝裕に、嬉しさは感じるも残念ながら本意が伝わっておらず、引っ張る力を少し強め孝裕と


「ちょっと、羨ましかったです」


「え?」


「だから、幸輝さんと仲良さそうなのが少し羨ましかったんです!」


 顔を真っ赤にして隠していた思いをぶちまけた沙織は摘んでいた袖から手を離し、ぷいっと外方を向く。可愛らしくほっぺを膨らませた沙織の頬を孝裕はぷにっと指で押すとビクッと反応し、「な、な、なんですか!?」と衝撃に顔を驚かせる。孝裕がそんな悪戯するなんてことは思っても見なかったのだろう、しかもこのタイミングで。

 ほっぺたを突かれた沙織はワナワナと触れられた頬に触れながら瞳を大にして孝裕を凝視する。


「ごめん、つい可愛くてさ」


「んぇ!?」


 声にならない声を発した沙織はさらに顔をりんご色に染め上げる。コロコロと表情の変わる沙織を慈しむように見つめ返すと、


「じゃあ幸輝が羨ましがるほど仲良くならなきゃね」


 この場からいなくなった友人を引き合いにさらなる進展を望むことを示す。それを聞いた沙織は髪を耳にかけると朗らかに笑い、


「それじゃあ足りないので孝裕君の人生で一番になってみせます!」


 と、強く意気込んで見せた。本当に様変わりが激しい子だなと孝裕は感じながらも沙織の宣言に心が躍り、幸福感に満たされる。

 二人は視線を合わせ、互いの存在を捉え続けていると遠くの方から伊井野が「授業始まるぞー」とやる気のない声をかけてきたのがきっかけとなり、本日のお昼タイムの終了を告げる。


「教室に戻ろっか!」


「はい!」




←←←←←☆→→→→→




「安達君ありがとー」


「またいつでも頼ってね!」



「孝裕、サンキュな!」


「うん!」



「孝裕これも頼んだ」


「うん!任せて!」



「あだちぃー、これ、よろしく」


「うん、了解!」



「孝裕君、これ手伝ってもらってもいいかな?」


「ん?いいよ!」



「孝裕、今日もこれお願い」


「はーい!置いといて!」



「ごめーん、孝裕君今日も当番お願いしていい?」


「いいよ!」



「孝裕」「孝裕」「安達」「孝裕君」「安達」「孝裕君」「孝裕」「あだちっち!」「孝裕くーん」「安達君」「孝裕」「孝裕」「安達君」「孝ーーーーーーーーー。







「はっ、すっげ」


「あれ、島崎君どうしたの?」


「孝裕君、よくそんなに働くね」


「みんなが喜んでくれるならこの程度、朝飯前だよ!」


「‥ふーん」


 頼まれた掃除を終え、用具をロッカーにしまう孝裕に一人の男子生徒ーー島崎と呼ばれた青年が話しかける。髪の色を金髪に染めたいかにもチャラそうな見た目の島崎は右手で髪をかき上げると、座っていたロッカーから地面に降りると、


「そんな孝裕君にさ、お願いがあんだけどいい?」


「お願い?いいよ!」


「俺ーーーーーーーーーーーー」


「ーーえ、それは」


「孝裕君なら引き受けてくれるよね」


 肩を組むようにして隣に並び立った島崎は静かな声色で孝裕に話しかける。


「俺は孝裕君だから頼んでるんだ。な、頼むよ。もし断られたら俺すげぇ困っちゃうんだ」


「‥‥‥‥わかった。なんとか頑張ってみるよ!」


「サンキュ。んじゃ、任せるわ。あと、このことは誰にも言うなよ」


 そう言って島崎は教室から出て行った。

 それからすぐにチャイムが鳴り響き、孝裕は自らの腕時計を確認する。


「もうこんな時間か。はぁ、やっぱ沙織ちゃんと帰れないのは寂しいな」


 孝裕はポケットから携帯を取り出し一通のメールを開く。


『孝裕君すみません。母から妹が倒れたとの連絡があって、今日一緒に帰れなくなってしまいました。本当にごめんなさい』


 授業後すぐに沙織から送られてきたメールに再び目を通す。その内容からやはり寂寥感を抱いてしまうがそれと同程度に不安が心に募る。


「妹さん大丈夫かな。無事だといいんだけど」


 沙織のクラスは孝裕のクラスより終わるのが少し早く、急いでいた沙織は待っている選択を取るよりメールを送る選択肢をした。その判断に至ったことは孝裕もわかっており、賢明な判断だとさえ思っていた。

 それだけ慌てて帰らなければいけなかったほどなのだ。孝裕も心配してしまう。


「時間も遅くなっちゃったし、そろそろ帰ろ」


 自席に掛けてあった鞄を肩にかけ、しっかり戸締りをして教室を離れていく。




 ーーそんな孝裕の背を見つめる影が一人。


 金髪の髪をヘアピンで止め、服を着崩した青年ーー島崎海斗は遠くを歩く孝裕に向けて、


「ほんと、馬鹿なやつ」


 と、誰にも聞こえない微かな声で呟くのだった。

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