【第六話】数年間のような一週間





 六限を終え、クラス中は帰宅ムードに包まれていた。それは後ろの列に座る二人も例外ではなく、鞄に荷物をまとめ、いつでも帰れる状態であった。

 どうして六限の後はこうもみんな元気になるのだろうか。授業中はあんなにも静かでどんよりとした空気の方が目立っているのに、それだけ帰宅できると言うことの魔力は魅力的なのだろう。現金なものだ。

 そんなくだらないことを頭の端で考えながら、自らも帰宅できることを喜んでいるのだから気分的にはバツが悪い。


 担任の挨拶を終え、いよいよ本日の学校生活が終了となった。

 急いで教室を出ていく者、友達と駄弁りながら高校生活を満喫している者、部活に向かう者と、多種多様な色を表す教室内でふと隣に座る綺麗な黒髪をポニーテールにした人物に話しかけようと、


「沙織、今日一緒に帰らない?」


 横を向いたと同時にそんな誘いを黒髪ポニーがトレードマークの美智留から受けたのであった。

 当然断る理由もなく、


「はい!」


 と、笑顔で了承してみせる。すると眼鏡の奥の瞳が穏やかなものとなり、喜んでいるのが何となく伝わった。

 しかし沙織には帰宅前にやらねばならぬことがある。それは、


「美智留さんごめんなさい。帰る前に係の仕事があるので少し待っててもらっても良いですか?」


 係の仕事、入学初日に引き受けたうさぎ小屋の掃除や諸々の世話を行わなければならない旨を伝えると、「私も行っていい?手伝うよ」と鞄を肩にかけると教室の外へと美智留は足を伸ばし始める。なんだか目がキラキラしていたがそのことは置いておこう。

 そうして二人は目的地を帰路から一旦変更し、うさぎ小屋へと進んでいくのであった。




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 「珍しいですね、美智留さんが一緒に帰れるなんて。なんだか嬉しいです」


 二人が友人同士になり一週間が経った今だが、未だに一緒に下校したり登校したりといったことをしたことがなかったのだ。初日は沙織の初当番が、それ以外は美智留の方に用事があり、一緒に帰ることができていなかった。

 今日はお昼の告白のような友情の深まり方をしたり、初めて一緒に帰り道を歩けることに幸せで胸がいっぱいになってしまう。そんな嬉々としている沙織と同じ気持ちを持っていたのか、美智留も表情を緩め、


「私も嬉しいよ。ほんとは毎日でも一緒に帰りたいんだけどさ、バイトの時間的にそうもいかなくて。ごめんね」


「いえ、謝らないでください!バイトだって大切なことですし、こうして貴重な休みの日に一緒に帰ってくれるだけでも私はすごく幸せですから!」


「そう言ってもらえると助かるよ、今度うちのバイト先に遊びにおいで。何かサービスするよ」


「ほんとですか!?じゃあお言葉に甘えて」


「甘えさせてあげる」


 一週間と言う長いようでとても短い期間の中、学校にいる時間の九割は共にしているせいかお互いの会話のテンポや性格の細かい部分が濃く理解できてきている。そんな二人の姿は側から見たらさながら十年来のなかに見えようもの。

 そんなこんなで玄関で靴を履き替え、無事にうさぎ小屋のある中庭へと辿り着く。


「ここが中庭‥始めてきたな」


「そうなんですか?あ、普段こっちの施設を使うことがありませんし当然と言えばそうですね」


「そうそう、プールもまだだし。そう考えると行ったことない場所とか結構あるな」


 辺りを見回し中庭の景色をその目に焼き付ける美智留は幼い子供のように興味津々と言った様子だった。友人の可愛らしい姿を横目に本題であるうさぎ小屋の掃除と、そこに住まう愛らしい動物の世話に取り掛かる。


「おお、手慣れた手つき」


「毎日朝と帰りにやってるので自然と慣れてきました!」


「すごいね、わっ!?」


 忍足に小屋に入ってきた美智留は沙織の手際の良さに感服するが、そんな来訪者を歓迎するかのように一匹の住人、この場合は住兎とでも言うべきか、住兎が近づいて来て美智留のローファーを齧る。


「か、かわいい」


「こら!いけません!」


 うさぎの可愛さに目を輝かせて感動する美智留を余所に、齧り続けるうさぎをそっと持ち上げた沙織は優しく叱ると群れが集う場所に放す。


「靴、大丈夫ですか?」


「うん、問題ないよ。それよりも可愛いねこの子達。目がくりくりしてる」


 新品同様の靴を齧られていたことを気にも止めず、離れたところで一つの塊のようにいるうさぎたちに心を奪われる。よっぽど動物、もしくはうさぎが好きなのだろう。スカートを畳み、しゃがみ込むとゆっくりうさぎへと手を伸ばした。しかし最初の一匹以外警戒している様子で全然美智留は触ることができない。

 その間にも作業を終えた沙織は美智留があっけなく撃沈していることに気がつきその隣に腰を落とす。


「何度も通えば自然と馴れますよ」


「そういうものかな?」


「はい!」


「そっか‥うん、また来よう」


 悲しげな表情から明るい表情へと戻ったのを確認して一安心。

 小屋を出てうさぎに別れを告げると帰路につく為その場を離れる。美智留は名残惜しそうなオーラを醸し出していたが、沙織は別のことに意識が向かう。

 うさぎ小屋の近く、色とりどりの花々が咲き乱れる花壇を癖とも呼べるほど自然に視線を送る。しかし残念ながら見たかった姿を確認できず、今日も駄目かと諦めることにする。ちょっぴり安心したとも言えるが、いや、安心の方が今は強い。


「沙織?どうかした?」


 うさぎとの決着をつけ、意識を沙織へと移すも遠くを見据え空ける様子になにか不安を感じたのか心配そうに尋ねてくる。

 声をかけられハッと気づくと「大丈夫です!すみません」と不調はないことをはっきり伝え、今度こそ帰るために歩き出す。


 校門を通り抜けて歩道を進んでいくと前の方から陸上部らしき集団が走ってくるのが見える。結局何度か体験入部をしてみただけに終わり、正式に入部することは運動部でも文化部でもなかった。やりたい気持ちは拭えないものの、他にやらなければいけないことが山積みになっていたことで、高校部活デビューは頓挫。

 元気よく隣を駆け抜けていく若き青春を感じながら、やはり一つの『悩み』が頭の中にしこりとして残る。


「やっぱりなにかあるでしょ。私でよかったら聞くよ?」


 中庭に行ってからというもの、浮かない顔をしていた沙織に痺れを切らした美智留は頼もしく相談に乗ると言葉を投げかけてくれる。

 自分が思っている以上に顔に出てしまっていたことを、せっかく一緒に帰ってくれている友人との楽しい時間を台無しにしたことを心の中で詫び、今は美智留の優しさに甘えることにする。


「もしかしてお昼に言おうとしてたこと?」


「‥‥そのことです。その、もし良かったら聞いてもらえますか?」


「うん、沙織が私で良いなら聞かせて。アドバイスとかそんな高尚なことできるなんて思ってないけど、大切な友達が悩んでるんだもん、力になりたいよ」


「美智留さんッッ!‥‥好きです!」


「うぇ!?う、うん。とりあえず、立ち話もなんだしさ、良いお店知ってるからそこ行こ」


「はい!」


 お昼と同様、意を決した沙織は笑顔を取り戻す。その分声の調子もだいぶ元通りになり、美智留は自分に悩みを打ち明けてくれるほど信頼してもらえていることも重なり安心する。

 

 そうして陽が徐々に沈み青空に黄金色の輝きが見え始めている中、二人は学校の近くに店を構え、秋ノ宮の生徒が多く集う喫茶店、『香天楼』に足を運ぶのだった。




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 喫茶『香天楼』は木造建築の老舗に相応しい落ち着いた雰囲気のお店。中に入るとそこまで広くない店内の座席にはちらほらと同校の制服を着た者が座っており、楽しそうに談笑をしている。

 沙織たちは一番奥側の席に腰をかけ、それぞれ注文したドリンクを口に運び口の中を水分で潤す。


「美味しい!美智留さん!美味しいですよ!」


 はしゃぐ沙織を向井の席で眺めながら机に置かれた、アイスがこんもり乗せられている綺麗な緑色のソーダを口に運ぶ。


「いいでしょここ。私も受験の時に寄って以来だけど、その時飲んだこのクリームソーダが美味しくてまた来たかったんだ」


「そうなんですね。雰囲気もいいですし家からも来やすいですので今度妹を連れてまた来ようと思います!」


「妹いるんだ。何歳?」


「私の一つ下で、今は十四歳ですね」


「じゃあ来年高校生なんだ。妹さんも秋ノ宮?」


「高校に通うとしたら多分私がいるのでそうなると思います」


「通うとしたら?」


 微妙に不自然な言い回しが頭に引っかかった美智留は、アイスを口に運びながら興味本位で問いかける。何か事情があるかもしれないと気付いたのはその後で、聞いちゃいけなかったかもしれないと、沙織に答えるのをストップさせようとするが、沙織は気にする必要はないと笑みで促して話を続ける。


「妹ーー栞は昔から不登校で何回かしか学校に行ったことがないんです」


「不登校‥」


「はい、不登校と言っても授業参観の時はちゃんと学校行きますよ?」


「どうして授業参観日だけ?」


「父や母がいるからです。昔から親の側を離れたがらない性格で、学校もそのせいで行きたくない、と」


「‥‥」


「勉強はしっかりやってるので問題ないですけど、そのうち親離れしなきゃいけない時が来た時にどうしたら、いえ、どうしてあげるのが栞のためになるのかなって」


「うーん。何もしなくて良いと思うよ」


「え‥‥」


 沙織の口にした事情を聞き、しばらく考え込んだ美智留は聞き様によっては無責任な回答を送る。そのことに衝撃で言葉が出なくなるが、美智留がなにか続きを言おうとしてるのを感じ、その衝撃を殺して再び耳を傾ける。


「無責任に思うかもしれないけどさ、不登校を選択したのは妹さんで、学校に行ったり親離れの選択をするのも妹さんになる。結局本人がどう選択をするかがきっかけになる」


「‥‥‥」


「私たちに出来るのは、見守って受け入れる心と、どんな道に進んでも大丈夫なように舗装してあげるだけ。無理やりなにか選択させても良い結果は絶対に出ないよ」


 言葉を一度区切り、クリームソーダで喉を潤すと、どこか儚げな笑顔を作り、


「だから沙織はドンと構えとけば良いんだよ。圧をかけられるより自由に選択できた方が後悔の少ない道になるしさ!」


 窓から迫る夕暮れの光を浴びながら言い切ったのであった。


 美智留の言葉からはその通りだと感じさせる奇妙な信頼が宿っていた。人によっては無責任だと罵られてしまうような答えだが、今の表情と声色から彼女は本気でそうしてやることが一番の方法だと伝えてきた。まるでそこになにか感慨深いものがあるよに。

 確かにそうなのかもしれない。端から選択肢を狭め、無理矢理敷いたレールに乗せられても満足いかなければ、自分で選んだ道でそうなるよりよっぽど辛い思いをしてしまうだろう。

 伝えられたことを頭の中で反芻し、理解を深めた沙織は気品を感じさせる佇まいでティーカップを口元に移動させ、その中身を静かに喉へと滑らせる。


「あ、でも自由にさせるのとほっとくのは違うよ?ちゃんとかまって、一緒にいてあげて」


「ふふっ、わかってますよ。ありがとうございます。参考にさせてもらいますね」


「そんな、参考にしなくて良いよ。ただ、こういう意見もあるんだって知っててくれる、それだけで十分だよ」


 謙った返しにも、聞き流すのではなく覚えていてほしいと望んだ。もちろん大切な友人が親身に応えてくれたことを沙織が無下に扱うことなど万に一つもありえない。

 主観だけでなく客観性を取り入れること、それを生かすことはとても難しい。しかしそれを無くさないためにも沙織はしかと心に刻み、口には出さずとも必ず役に立てると今後の自分の糧にする。


「悩みはそれだけ?」


 美智留は相変わらずアイスを食べながら悩み事は晴れたかと問うてくる。が、沙織は美智留のある勘違いに気がつく。


「えっと、それが」


「?」


 歯切れの悪い沙織に違和感を覚えた美智留はスプーンを片手に首を傾げる。


「お昼に話そうとしてたことと今の話は一切関係がないんです」


「あっそうなの!?」


 スプーンが落ちた。甲高い音が店内に響き、一瞬他のお客さんの視線が沙織たちに集まる。

 「すみません!」と頭を下げる美智留は落ちたスプーンを拾い上げると、紙ナプキンを机に敷きその上にそっと置く。


「ごめんなさい、あまりにも真剣に答えてくださるので私も真剣に聞いてしまいました」


「ううん、謝らないで。っていうかそもそも私が聞き出したことだし。丁度一段楽ついたところだし、お昼のやつ聞かせて」


「は、はい!」


 沙織は一呼吸間を取り心を落ち着かせる。話の流れでしてしまった悩みと呼ぶには些か家族の問題が過ぎる内容に思いも寄らないアドバイスをくれたにもかかわらず、さらにもう一つ、本来話す予定だった相談を受けてくれる美智留に感謝する。


「実は私ーーーーーー」




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「なるほど。好きな人と上手く話したい‥か」


 初恋のこと、再会のこと、慌ただしい告白のこと、その後のことを全て洗いざらい話した沙織の心境は、恥ずかしさと同じくらいスッキリした感覚があった。

 今まで誰にも話していなかった内容をあの告白以外で初めて伝える、それも第三者にことはかなりの緊張をもたらした。


「勢いで告白しあって、恋人前提でまずは友達になったはいいけど、クラスも違って会う機会が少なくて、いざ顔を合わせると緊張しちゃって会話ができない」


「は、はい‥」


「沙織は可愛いね」


「えぇ!?なにがですか!?」


 思いっきりニヤついた顔を浮かべた美智留は意地悪そうに「だって」と続けると、


「初恋を何年も大切にして、ようやく会えたのに緊張して念願の恋人と顔も合わせられず、話せないなんてものすっごい可愛いなーって」


「まだ恋人じゃないですし、可愛くもないです!私は困ってるんですよ!!」


 身を乗り出し猛抗議してくる沙織を「まあまあ、落ち着いて」と抑えるが、沙織は顔をこれでもかというほどに真っ赤にして落ち着く気配がない。そんな反応すら可愛く思えてしまう美智留は、店員に取り替えてもらったスプーンで溶けかけのアイスを口に入れると「でも」と空いた片方の腕を机に置き手の甲に顎を乗せると、


「すごいね、ドラマとか作り話みたい。そんなロマンチックな恋、私もしてみたいな」


 じっと見つめてくる瞳には親愛がこもっており、確かに友人の恋模様に感動している。


「私もまさかとは思いました。もしかしたら夢なんじゃないかって。でも次の日学校で会った時に挨拶してくれて、夢じゃないんだって、嬉しくて嬉しくて」


「だから尚更緊張して話せなくなって、顔を合わせると逃げちゃうようになったと」


「はい‥。彼には申し訳ないって思ってるんですけど、いざ目の前に姿が見えると居ても立っても居られないというか。心臓が壊れてしまいそうになるんです」


「沙織はピュアな乙女だね、可愛い」


「もう!からかわないでください!」


「ごめんごめん。でも確かに、せっかく両想いって知って、恋人前提の友人関係になれたのに、逃げ出してちゃもったいないし相手からしたら悲しいことかもね」


「うぅ、本当に悪いとは思ってます」


 美智留の追撃に身を縮こめる。

 何故、逃げてしまうのか。何故、あの日は話せていたのに、話せなくなってしまったのか。それはーー、


「あの時は嬉しさと好きな気持ちが胸の内から溢れちゃって‥‥。でも次に彼と会った時、こ、告白のこととか、色々思い出しちゃって冷静になれなくなっちゃったんです」


 当日は告白し、された直後だったこともあり、割と平静を装い会話を弾ませることは叶った。事実、孝裕が提案した『恋人前提の友人関係』を冷静に判断し、決断することができたから勢いに任せっきりの関係になることはなく、しっかり互いを知る期間を設けることができた。しかし問題は、次の日には沙織が前日のことで照れ過ぎて会話をすること‥‥顔を合わせることすら難しくなってしまったのが一週間で何の進展も起きず、むしろ数歩下がったのではと思わせる事態を生んだのだ。


 話せる機会がありながらも手放した後悔と、話しかけてくれるのに碌な対応どころか逃げ出してしまう罪悪感と葛藤を繰り返す沙織の思考回路は泥沼状態に陥っていた。

 項垂れる沙織を見守る美智留は既にアイスと融合したソーダの入ったコップに口をつけ、


「沙織、その人のこと好き?」


 美智留は真剣な瞳で沙織に問いかける。

 急に恥ずかしいことを聞かれたことで、またからかうつもりかと落ちていた視線を勢いよく向けるが、そこにあったのは至極真っ当に質問を投げかける友人の温かい眼光だった。

 人が変わったような錯覚を覚えるほど真剣で、でも大切な人を想う優しさの滲み出るその眼差しには到底誤魔化しや沈黙が通じないことは一目瞭然であった。


「‥‥‥‥」


「‥‥‥‥」


「‥‥‥‥」


「‥‥‥‥はい。す、好き、です」


「沙織は今後どうなりたいの?」


「‥‥彼と、もっと仲良くなって‥」


「なって?」


「彼のことをたくさん知って、お付き合いしたいです!」


「ふふっ、じゃあ尚更今のままだとよくないね」


「はい。でもどうしたらいいのか。また逃げ出しちゃうんじゃないかって、怖いです」


 同じ過ちを繰り返してしまうかもしれない恐怖を拭いきれずにいる沙織は消極的に先を見据えてしまう。恋が齎す負の波は、普段消極的な判断をしない人でも不安にさせ、足を引かせてしまう。今のままでは沙織は『付き合いたい』で終わってしまい、『付き合う』になることは永遠と来ないだろう。そもそもそうなるための道から自主的ではないといえ逃げているのだから尚更。

 美智留は静かに立ち上がり沙織の隣に腰をかける。すると、そっと優しく頭に手を置いてくる。


「大丈夫だよ。沙織ならちゃんと話せる」


 身長の関係もあり、見上げる形で沙織のことを映す美智留の目は、まるで大自然の中にいるような錯覚を覚えるほどの穏やかさを意識させ、とても落ち着く。それに加え頭に置かれた手から伝わる熱と子供をあやすような優しい声音はとても心地よく、沙織を安心させる。

 それはいつかの撫でとはまた違った、友達だからこそ感じることのできる澄み渡った安心感を身に染み込ませた。

 

 明るい茶髪が撫でられていく度に、不安や怖気付く心が綻び、消えていくのがなんとなくわかった。

 沙織の顔が緊張から普段話す時のリラックスしている状態になったのを目視で確認できるほどになると美智留の手は頭から離れていき、今度は手を優しく包み込むように握る。


「明日、お昼に教室行ってみよ」


「‥はい。私、頑張ってみます!美智留さん、ありがとうございます」


「うん、応援してるよ、沙織」


 見上げてきた瞳は眩しく、重ねた手に伝う温もりは沙織を安心させるには十分の温かさだった。

 その心地の良い熱を逃すまいと重ねたまま尊く笑いかける美智留。そしてそれを受け取った沙織も自然と笑みが溢れる。


 それから二人はもうしばらくよくある友人同士での極普通の世間話をして、午後の休息時間をまったりと過ごす。




 出会ってまだ一週間。しかし二人の中では、旧友の仲のような信頼感が、絆がより強く、深く結ばれていくのであった。

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