【第二話】何事も偶然の上に成り立つもの!
親子と青年と別れた後、急ぎ足で学校に向かい無事に学校についた沙織。
学校に到着し、指定の教室にたどり着くや否やすぐに体育館への移動が促され、入学式が始まった。入学式は至って平凡で多くの新入生は退屈に感じている時間だったが、沙織はそれどころではなかった。
「うーん、やっぱりあの朝の方、どこかで会ったことあるような」
校長先生が新入生に向けた毎年恒例の祝辞を述べる中沙織は、朝に公園で出会った自分と秋ノ宮の制服を着た青年のことが気がかりとなっており頭を悩ませていた。
「うーん、いつでしょうか」
パイプ椅子に式典に相応しい姿勢で座りながら必死で脳を働かせるが、そう簡単に答えは見つからず着々とと式典が進んでいく。今はちょうど在校生の祝辞が終わったところで次の項目に移ろうとしているところだった。
沙織は青年の特徴を改めて思い出し、なにか答えに繋がらないかと模索を始める。青年と接したのは少しの間だったとはいえ今もその姿を鮮明に覚えている。流石若人といったところか。
自分と同じ制服を見に纏っていたことはまず間違いなく、それ以外では少し癖っ毛の黒髪、目元は小動物のような穏やかさを醸し出す人柄の良さそうな形をしており、沙織より頭一つ分身長は高かった。それから何より印象に残っていたのは、
「あの笑顔、やっぱりこれが一番の手がかりになりそうなんですけど」
そもそも朝少し関わった程度の青年になぜそこまで頭を悩ませているのか、沙織自身よくわかっていなかった。普段なら初対面の人のことを後々思い出し悩むことなどない沙織だが、今日出会ったあの青年だけは初対面の人とは感じられない何かが沙織をここまで悩ませていた。
遠い昔、そう長くない期間ながらもどこかで会ったことのある気がする人物。そんな人、十六年も生きていたら相当数いそうではあるが、そんな中でこうも気になるほどの印象を与えられているのであればその感覚は間違い無いだろう。多分。
そうこうしている内に入学式では在校生からの贈られる合唱が終わり、その大半の時間を思考に費やしていたがためほとんど記憶に残っていなかった沙織。心の中で静かに「皆さんごめんなさい!」と謝りつつまた答えを導こうと思考の世界に戻っていくのであった。
→→→→→☆←←←←←
結局あれから入学式の終了まで一向に考えはまとまらず、明るい茶髪を左右に揺らし自分のクラスの教室へと向かっていく。
約一時間も働かせていた脳はついに限界を迎え沙織に一時停止を求めてきた。その要求に逆らえるわけもなく、今は何も考えすただただ教室に行くことだけに体力を活用する。
渡り廊下を越え、沙織の教室に向かうべく階段を下り一階に辿り着いたところでふと、壁に設置されていた掲示板が目に入る。掲示板には複数の案内や連絡事項の書かれた紙が貼られており、
「へー」
一番多く貼り出されていたのはやはり部活の勧誘ポスターだった。
「合唱部に軽音部、野球にテニス部、古典部や演劇部まで!こんなにあるんですね、すごい!」
王道の部活から学校によってはあったりなかったりする部活まで、豊富な種類の青春の波に、中学時代は帰宅部だった沙織は流される。なりたくて帰宅部になったわけでは無いが、ありえないほど冴えない運動センスの影響で運動部しかなかった中学時代は部活に入ることを諦めたのだ。高校に入学し、文化部があることを知った沙織は頭の疲れを忘れ目を輝かせた。
それからゆっくり歩を進めながらその他の貼り紙にも目を通す。運動部と同じくらい文化部があり、ますます目を煌々と輝かせる中、端の方にひっそりと貼られていた紙に目がいく。
「うさぎの世話係募集、ですか」
沙織の通う、私立秋ノ宮高等学校は様々な施設が設けられており、普通の高校と比べるとそこそこ広い土地の学校になる。その中にはなぜかうさぎ小屋が設置されているところもあり、そこに住まううさぎの世話係を募集しているようだ。
見る限りその募集貼り紙にはそれ以上の詳しい内容は書かれておらす、下の方に「詳細は生物担当、伊井野まで」と記されているだけだった。
「帰りに職員室で聞いてみましょう」
端の方まで見終わった沙織は、後の予定を決めて自分のクラス、一年一組の教室へと入っていく。
入るとクラスメイトがなにやら黒板の方ね集まっているのが視界に入り、自然と沙織もそちらの方へ行くことにする。黒板に何か掲示されているようだったが、前に立つ男子生徒の背に阻まれ、隙間を探りながら背伸びをする。
「んー、あ!見えた」
背伸びの甲斐もあり、ギリギリ見えた黒板には座席表が磁石で留められていた。
「一、二、三、四、五」
自分の名前が書かれている列を探し、前から何番目に位置するか指を刺しながら数えてみると、沙織の席は真ん中の列の最後尾にあった。
背伸びの限界が訪れ、浮いていた踵を地面について一休みさせ自分の座席に向かう。しかしそこには別の生徒が既に座っていた。
長く艶のあるきめ細かな黒髪をポニーテールにし、赤縁の眼鏡をかけながら読書に集中している。たまに開いた窓から流れる涼風に髪が靡くことでより一層その少女の美しさを際立たせていた。
しばらく沙織が少女の美しさに見惚れていると、視線に気づいたのか本から目線を沙織に移す。
「「‥‥‥‥」」
お互いの目が合い沈黙が空間を支配する。しかしそれも一瞬のこと、黒髪の少女は困り顔になり、
「えっと、なにか用?」
最初に沈黙を破った少女は透き通るような声音で問いかけてくる。それが起因となり、ようやく我に返った沙織は慌てて、
「あぁ、ごめんなさい!佇まいがあまりにも美しくて、つい見惚れてしまいました」
「え!?」
とても変化球な返しだったのだろう、少女は急に褒められたことに驚き、頬と耳を真っ赤に染める。その反応すら沙織からしたら可愛いと感じてしまうのだが、それはそっと心の中に仕舞っておくことにする。
「ここ、私の席なんですけど」
「え、嘘、ほんとに!?」
「本田美智留さん、ですよね?」
「そうだけど‥‥」
「本田さんの席、一つ隣ですよ」
沙織に席の間違いを教えられた少女ーー美智留は指を刺しながら列の数を数えると、間違いに気づいたのか慌てて立ち上がり、
「ごめんなさい、うっかり数え間違いしちゃったみたい」
と、急いで荷物をまとめ、一つ左隣の席に座る。
美智留が本来の自分の席に座り、空いた席に腰を下ろすと隣から声がかかった。
「あの、なんで私の名前知ってるの?」
沙織に名前を呼ばれたことに疑問を感じていた美智留は、思ったままの質問を沙織に投げかける。その質問に沙織はくすっと笑い、
「座席表に名前が乗っていたもので、もしかしたらなと」
「でも、私が本田とは限らなくない?」
「右隣と前の席の方はもう座られてましたし、左の席が空いていたので消去法的に本田さんかなって」
そう、沙織が席にたどり着いた時には既に右と前の席には人が座っており、左側の席だけ空席状態だったのだ。座席表を見た時にさらっと近所の席の人物の名前は覚えていたため、消去法で美智留の名前にたどり着いたのだ。
美智留は沙織の答えに目を丸くさせ、
「すごいね、私そういう風に考えるの苦手だから。なんかすごい」
「そんなことないですよ」
純粋な美智留の答えに少し戸惑うが、美智留はそのことを気にせず柔和な笑顔を浮かべ、
「私、本田美智留。あなたは?」
「宮園沙織です」
「沙織、沙織、よし覚えた。よろしくね、沙織」
何度か名前を口にした後、先ほど見せた微笑みよりさらに穏やかな笑顔で握手を求めてくる。その差し出された細く小さな手を優しく握り、
「よろしくお願いします、美智留さん」
それから、ホームルームが始まるまで他愛もない会話をしていく沙織と美智留。ゆっくりと、だが確かに二人の間には温かい絆が芽生えていくのであった。
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