妖怪パンク短編置き場

犬井作

講演:妖怪生物学入門 ~基礎と応用例の紹介~講演者:羽生潤一

 私、もともと日陰で研究ばかりしていたものですから、このような大勢を相手に、それも防衛省の皆様に対して講演をする機会があるとは思っていませんでした。あまり慣れないことですから、ときどき言葉に詰まったり、拙い言い回しになってしまうかもしれません。どうかそのむねご承知のうえお聞き頂けましたら幸いです。

 前置きが苦手なので、さっそく本題に入りましょう。2040年の現代、妖怪を利用した技術はそこらじゅうに存在します。たとえば鬼火。鬼火を利用した火力発電はその効率の良さから現在はシェアの3割を占めていると言われます。それから、培養目目連を利用した多重監視システムは、東京オリンピックにおけるテロ防止として導入されたことをきっかけに、大きな注目を集めました。法規制が行われている国家が国連加盟国の多数ですが、たとえばメキシコでは、違法に輸出された目目連ドローンがマフィアの対立勢力監視に利用されています。のっぺらぼうを利用した監視対象追尾システムと組み合わせれば、これは暗殺に強力な手段となるでしょう。皆様のお仕事を考えましたら、これの対策は早急に考慮されなければなりません。

 こうしたテクノロジーは俗に妖怪テクノロジーと呼ばれておりますが、技術には基礎研究がつきものです。研究のはじまりは妖怪が科学的に観測された2011年の3月、あの東北大震災のあとでした。宮城に親戚がいました私は、なにか手伝えることはないかと研究所から自宅に帰る道中Uターンして、連絡されていた避難所に向かいました。それから24時を過ぎた頃だったと思います。転機が訪れたのでした。停電のせいで辺りに明かりはなく、ぞっとするような冷え込みが、暖房をつけていても感じられました。渋滞もあり目的地にたどり着けなかった私は、仕方なく車中泊を覚悟していました。そのときです。ラジオが――車載ラジオです――ノイズを発しました。そしてそのノイズは……偶然、本当に偶然でした……私がそのとき車の中に積んでいたとある機械を作動したときにラジオが発したノイズによく似ている、そう思ったのです。その機械は義理の弟の発明品でした。義理の弟、皆様もご存知でしょうが、羽生犀星は「霊魂を捕獲するための機械」を発明していたのです。

 人間は高精度なセンサーを搭載した自律機械だとみなすことができます。とうぜん私たちの脳は錯誤を起こしますが、犀星はこの錯誤を「未知のものに触れたときに起こすエラー」として捉えていました。すなわち、幽霊や妖怪、そういった存在のうち、すべてではないにせよ、いくらかは錯覚かもしれないが、いくらかは本当に実在しており、私たちはそれを正しく認識できていないのだと。たとえばペンローズタイルはもともと純粋理論の産物だと考えられていましたが、準結晶の発見により実在が確認されてからは研究が進み、そのパターンが観測されるのは分子が高次元空間に本体を持ち、三次元空間にパターンが投影されているからではないかと考えられています。それと同じように、幽霊や、妖怪は、高次元空間ないしそれに準ずるなにかに本体があり、私たちはその一部を現象として捉えているのではないかと。ですので、人気を博しているあの「猫娘喫茶」に務めるネコ娘や化け狐などは、意思疎通可能な存在であるように見えていますが、その実態はよくできたチャットボット程度のアルゴリズムかもしれないのです。この辺りは、長谷敏司の「BEATLESS」という小説を読んで頂くほうがわかりやすいでしょう。

 知性の定義や知性体の振る舞いは本題から外れますから、ここではあくまで妖怪生物学のはじまりに話を止めておきましょう。

 私は犀星から得た機械を使用しました。機械の実物は、本日持ってきましたが、このようにヘッドギアと観測機、捕獲装置のグローブと箱、そして処理装置で構成されています。処理装置は犀星が自作したコンピュータです。ヘッドギアは、幽霊を見るためのゴーグルです。市販されているVR用ヘッドセットで代用できます。捕獲装置は、私に詳細はわかりませんが、何百巻きかしている右巻きのコイルを、同じ数だけ左巻きに巻いたコイルと、一本一本が噛み合うようにしているそうです。これを、通電によって特異な周波数の振動を発する鉱石を練り混ぜた接着剤で止めることで、幽霊を捕獲できると犀星はいいました。ご覧の通りお手製なので、だいぶ粗雑な代物ではありますが、作動に問題ありません。私はこのヘッドギアを、こうして装着し、観測機をラジオに近づけました。

(ここで潤一氏はヘッドギアを装着し、周囲を見回してほほ笑みを浮かべた。

 スクリーンにはヘッドギアに表示されるインターフェースのミラーが再生されている。)

 今にしておもうと、私はラジオから発せられるノイズを指して、犀星は「幽霊が近くにいればこれによく似た音が出る。今は地縛霊が反応しているから、ちょっと鈍い音が出ている」と語ってくれたことを思い出していたのですが、当時はただ「もしかしたら」という予感にのみ従っていました。今日は、そのとき保存した入力を使用してデモンストレーションを行いましょう。デモンストレーションといっても、本当に鬼火を捕獲しますので、どうかみなさま近づかず、お座席から動かず見守ってください。

(潤一はグローブをはめると、空中で指を動かす仕草をした。スクリーンで再生されるミラー画面には、仮想キーボードが表示され、潤一がなにかコマンドを打ち込んでいることがわかった。実行キーが叩かれると、ログが流れ、処理装置が駆動し始めた。

 会場のどこかから、甲高い音が聞こえてきた。人間の声ではなかった。続けて、低い声のような音が流れた。生物の発する音ではなかった。

 それは聴衆の一人が誤って持ち込んでいたスマートフォンから流れていた。聴衆はスマートフォンを見なかったが、もし手にとっていたならば、画面がめちゃくちゃなノイズまみれとなり、時刻が2011年3月を指し示していることに気がついただろう)

 さて今ご覧になっていただいているように、このゴーグルはなにもなければただのAR機器と同じようにし使えます。外界がクリアに見える。それだけです。しかし、その情報をマシンが認識すると、このように、それに対応する妖怪、怪異といったほうがいいでしょうかね。それを、捕獲するのです。

(潤一はグローブを嵌めた手で箱を掲げた。その箱は真っ黒で、外からは光を通さない。しかしゴーグル越しに見たその箱の中には、さっきまでなかった炎が、ときおり赤くちらつきながら、青白く揺れていた。

 潤一は箱の側部にあるスイッチを押した。箱が透過した。

 ゴーグルの中の映像ではない。炎がそこにある。聴衆からどよめきが上がった。)

 見てください。私も、初めて見たときは、皆様と同じように驚きました。なんせ存在すると思わなかったものの実在を確かめることができたのですから。

 さてこれは恥をこめてお話しなくてはならないのですが、私にとってこの事態は震災よりも大変な事態でした。これは世界の見え方を根本的に変えてしまう。私はふたたびUターンして引き返し、犀星にこれを見せにいきました。そして彼と共同でこの鬼火を研究し、学会に発表しました。その功績のおかげで私はここにいるというわけです。


(潤一は箱を机上に置くと、グローブを外した。グローブは箱にひっついたままだった。額の汗を拭い、水を飲む。それから、潤一はふたたびグローブを着けて、空中で指を動かした。コマンドが打ち込まれた。

 青白い炎が、ふっと消えた。

 聴衆からふたたびどよめきが上がった。潤一はゴーグルを外すと、ふう、と息をついた)


 この発見でもっとも重要なポイントは、妖怪は現象である、ということです。それが今まで語られてきたような存在であるかは別として、特定の条件を揃えてやれば再現することができる。そのうえ、いまご覧いただいたように、制御することもできる。妖怪とは、ある条件が揃ったときに発生する現象であり、とうぜん終了のためのコマンドも存在する。運良く犀星の構築したアルゴリズムは妖怪制御のために必要最低限の条件をクリアしましたし、私が有していた暗号解析の知識、及び遺伝学的知識のおかげで、想定される妖怪を呼び出すこともできるようになりました。そして一年後に開発したものが、このろくろ首型ボタン電池です。

 ろくろ首は首を伸ばすことができます。首を伸ばすことができるということは、筋肉から電気を取ることができるということです。ろくろ首は負の光走性を有しているので、内側に渦巻くように誘導することができます。ろくろ首はより細くなり、より狭い半径を渦巻くように変形します。首は無限に伸びていきます。空間を完全に専有することができないからです。ある区間を無限性に分割していく場合、アキレスは亀に追いつけない。そして首が伸びるなら、そこから微弱ながら電気を取ることができると私は考えました。もちろん苦心惨憺しましたが、最終的にはご覧の機械でろくろ首の首から先を金属のボタンケースに固定することに成功しました。そして首の付け根に電極を刺しておくことで、微弱な電気を永久に発しつづける電気を作ることに成功しました。

 もちろん、これは一見してエネルギー保存則に反します。首が伸びることで発生している生体電気――といっても妖怪は生物ではないのですが、簡単のために生物らしきものとしておきましょう――を取れば、ろくろ首はエネルギーを奪われることになりますから、首伸ばし運動はどこかで停止してしまう。しかしながら妖怪は高次元空間に実体を持つ。潜在エネルギー量は我々の想定よりも大きいと直感的に考えることができますが、この予想は当たっていたのですね。このボタン電池は私の懐中電灯の動力源として使用しています。減衰率を計算したところ、この電池の減衰率はとても小さく、おそらく1000年で1%程度の減衰だと予想されています。

 私のこのアイデアははじめ疑われていましたが、幸いにして論文が無視されず、そのインパクトを増すにつれてより注目されました。私と犀星の、その後の二十年についてお話する必要はないでしょう。私たちは多くの重要なプロジェクトに関わりました。犀星は現在も前線で活動を行い、私は現場を引退して基礎研究に完全に軸足を移しました。それが3年前のことです。

 この三十年で世界は大きく変わりました。変わってしまいました。精神安定に効果があるとして人魚を練り込んだ「歌うコンクリート」が歩道に使用されたり、火力発電所で鬼火が利用されたり、あるいは目目連が練り込まれたコンクリートが途上国の人々からプライバシーを奪ったりしました。科学だけが世界を覆う時代では考えられない事態が次々起きています。そのきっかけは私です。それなのに、妖怪がなにか? そのことは厳密に定義されていはしない。そのことに私は強い違和感を抱いていたのです。基礎研究に参加したのはそのためです。

 さて、本日の持ち時間も残りわずかになりましたので、最後に私の研究をひとつ紹介いたしします。まず一つは、人魚と人面魚の交換移植実験です。人魚と人面魚がなにかという図を提示して口頭での説明を省略いたします。

(スクリーンに示されるスライド。左に人魚、右に人面魚の画像がスケール付きで表示されている。漁獲したらしく、場所は港と思われる。コンクリートの上に横たわる人魚は、緑色の目をしており、撮影者をじっと見つめているように見える。人面魚のほうは多くの魚と同じように、正面を見ている。ピチピチ跳ねたのだろう。コンクリートは水しぶきで濡れている。そしてスライドが切り替わる。横たわる人魚から腕が切断されている。人魚の身体から伸びる腕は切断面からボコボコと肉が泡立つように盛り上がっている。切断された腕は、野ざらしなのに鮮度を保っている用に見える)

 いま示しました図は再生能力確認実験のものです。人魚には強力な再生能力がありますが、ここで見られますように、腕が仮に切断されても再生することができます。切断された腕は乾くことなく、現在も私の研究室で保管されています。この図は30分ほど経過したときのものですから、信じられない速度で再生していると言えます。人面魚は人間の顔を有する魚であるだけですから、こうした再生能力は有していません。私はここで採集した二体の細胞から得られた情報を犀星のマシンに入力し、人魚と人面魚を誘導・固着しました。そうして採取した人魚・人面魚はオリジナルに対するクローンのようなものなのですが、犀星のアルゴリズムを用いれば、誘導する妖怪を任意のサイズに変更できます。これはろくろ首電池開発の際も使用したのですが、私はこれを用いて人面魚と人魚の移植予定部位が同じ比率になるように調整し、人魚の上半身と人面魚の頭部を移植する実験を行いました。


(スライドが変わり、画面左側に人面魚の鰭から手前の頭部が移植された人魚の下半身と、人魚の上半身が移植された人面魚の鰭から先が映る。右側には、大型の魚が二体並んでいる。)


 一週間の経過観察ののち、私は移植された二つの妖怪が、その妖怪としての性質を失うことを確認しました。すなわち妖怪とは、その完全性を維持することが、その妖怪性の維持に必須であることが予想されました。しかしたとえば、先述したろくろ首。あれは、ろくろ首の先から存在しません。なぜそれでもろくろ首はろくろ首たり得たか? おそらく、妖怪によって、必要不可欠な箇所が異なるのです。妖怪はその箇所さえあれば妖怪としての完全性を維持する。人魚や人面魚の場合は、その頭から尾びれの先までが完全性維持のために必要で、ろくろ首の場合は首から先があれば十分なのでしょう。

 現在私が関与するプロジェクトはNASAとの共同研究で、鬼火の燃焼で生じる気体を推進装置として使用するロケットを飛ばすことでその妖怪性維持の限界距離を探るものです。プレスリリースまでまだ多くの時間を要するでしょうが、おそらく月面までは問題なく鬼火は活動するでしょう。すでに二年前、国立天文台によって月面に棲息するうさぎが確認されています。地下空間に棲息していると予想されているのですが、細かい調査もまだこれからです。

 おそらくですが、私たちが「そこに妖怪がいる」という伝承を確立させてしまえば、妖怪の成立条件は満たされる可能性があります。ビッグフットやネッシーが市民権を確立すれば、確保することもできるようになるでしょう。私たちが警戒しなくてはいけないのは、この性質の悪用です。すでにのっぺらぼうを利用した暗殺の例をあげましたが、もし自分に都合の良い妖怪を作ることができたら? それはきっとなによりの悪夢でしょう。

 幸い、私たちはまだ妖怪の成立条件のすべてを解明したわけではありません。数年前にアメリカのオカルト雑誌が行った「妖怪成立キャンペーン」は無事失敗に終わりました。「いる」と信じた人々が十万人に昇ったにもかかわらず、アメリカ全土のどこからも「Playboyの表紙に必ず載るセクシー女優」の存在は、その遺体も化石さえも確認されておりません。このようなジョークではなく、たとえばポール・バニヤンの復活が願われていたらと想像してしまいますが、仮定の話をするのはよしましょう。

 本日は以上です。ありがとうございました。これから質疑応答に移りますが、どうか質問を整理して、手短にお尋ねくださいますと幸いです。

(スクリーンの電源が切れる。何名かの聴衆が駆け寄り、潤一に矢継ぎ早に質問を浴びせる。潤一はうんざりした顔を隠そうともせず、近くに見えた幕僚長に声をかける。「手短に尋ねるように伝えたのだから、お願いを聞く程度には幹部を教育しておいてくれませんか? これじゃ時間がいくらあっても足りません!」)

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