―87― 最初

 オロバスの能力は単純な身体強化。

 だが、魔術を打ち消す能力を持つビュレット相手なら、この能力が最も有効に違いない。

 足を踏み込み、一瞬で接敵する。

 ビュレットも拳を振るう。

 さっきまで、ビュレットの動きが速すぎるせいで目で追いつくのも苦労したが、今ならその動きが手にとるようにわかる。

 だから、ビュレットの拳をかわした上で、自分の拳をたたき込む。


「ぐはっ」


 ビュレットが呻き声をあげた上で、よろめく。


「――序列23位アイム」


 追い打ちを忘れない。

 さらに、遠くから火の球をたたき込む。


「ふんむっ!」


 だが、ビュレットの出す不協和音が炎を打ち消した。

 消されるのはわかっていた。目的は、その隙を狙って、さらに拳をたたき込むことだ。


「ビュレット、お前の望みはなんだ?」


 殴りつつも、僕はそう問いかける。


「お前のような召喚者を消すことだよ!!」


 そう言って、ビュレットは殴られつつも蹴りで反撃する。

 蹴られた僕は地面を転がるが、受け身をとってすぐさま立ち上がる。


「召喚者が嫌いなのか?」

「あぁ、そうさ」

「なんで、召喚者が嫌いなんだ?」

「ふんっ、なぜ、そんなことを貴様に教えてならねばならぬっ!!」


 なぜ、か?

 そんなの一つだ。僕はビュレットさえも、自分の力にしたいと思っている。

 そのためには、ビュレットの不満を解消する必要があると思ったが、どうやらこの様子だと、話すことさえままらない様子だ。


「お前は、オロバスを魔界で幽閉しているみたいだが、その理由はなんだ?」


 とはいえ、せめてオロバスの魔界での待遇を改善させたいと思い、そう問いかける。


「ふんっ、そんな決まっている。あいつは大罪人だからだよっ!」

「大罪人?」


 そんなの初耳だ。


「大罪人は、牢獄に閉じ込めておくのは、この世界でも当たり前のことだろうがァっ!」


 そう叫びながら、ビュレットが拳を僕に対し叩きつける。

 それを受け止めつつ、僕は反撃にでる。


「――序列49位クローセル」


 そう口にしつつ、水で作った刃をビュレットへと叩きつける。


「ふんっ!」


 やはり、ビュレットは不協和音を用いて、水の刃を打ち消す。

 だが、一瞬の隙はできた。

 その隙を利用して、殴りかかる。


「大罪人って、オロバスはなにをしたんだ?」

「昔、あいつは俺たち悪魔を裏切って、召喚者の味方をしたんだよ!」


 ふむ、確かにそれだけを聞くと、オロバスが悪いように思える。だが、これだけの情報で、判断するのはいささか早計だ。


「で、ビュレットの言っていることは本当なのか? オロバス」


 と、僕は内にいるオロバスの意識に語りかけた。

 今、僕はオロバスを力の大部分を降霊させている。そのため、オロバスの意識までもが、僕の中に内在していた。


『マスター、彼の言っていることは正しいです。ですが、一つだけ誤解があります』


 オロバスはそう語りかける。


「誤解とは?」

『わたくしは嵌められたのです。ある者の手によって』

「なるほど」


 詳しいことはわからないが、なにか事情があってのことなのだろう。


「ビュレット、どうやら誤解らしいぞ?」

「そんなわけがあるかぁあああああ!!」


 激昂したビュレットはそう吠えた。

 これは、僕の言葉を聞いてくれそうにないな。

 やはり、話し合いで解決するのは難しいか。


「――序列49位フォカロル」


 風で生んだ刃をビュレットへと直撃させる。

 だが、それでもビュレットはものともせず、僕へと突っ込む。


「もう、とっくに気がついているんだろ! お前では俺に勝てないってことをよぉ!」


 そう言って、ビュレットは僕に拳を叩きつける。


「がはっ」


 気がつけば、僕は壁面へと叩きつけられそうになっていた。

 そう、とっくに気がついていた。

 オロバスを降霊させたはいいものの、単純な殴り合いでは、ビュレットのほうが上手であることを。

 だから、様々な悪魔の力を借りて、攻撃を試みることにしたが、すべてうまくいかない。


「――序列28位ベリト」


 ベリトの能力、それは物質の劣化。

 劣化させることのできる対象はあらゆるものに及ぶ。

 だから、僕は壁に叩きつけられる直前に、壁に対して、ベリトの能力を使った。そうすることで、堅い壁を腐食によって柔らかい物質へと変質させる。

 こうすることで、衝撃をある程度緩和することができるはずだ。


『マスターッ!』


 とはいえ、無傷とはいかず、オロバスは不安そうに叫ぶ。


「大丈夫だ」


 そう言って、僕は立ち上がる。

 参ったな。このままだとジリ貧だ。ビュレットに遠隔からの魔術が効かないのが、とにかく辛いな。

 このまま殴り合いをしていれば、確実に負けるのは必須。

 こうなったら、あらゆる悪魔の力を借りるしかないか。


「――第2位アグレアス」


 アグレアスの力。

 それは土の元素の生成。


「――第61位ザガン」


 ザガンの能力で、ただの土くれを無数の鉄の槍へと錬金させる。


「――第59位オリアクス」


 そして、最後の仕上げ。

 占星術の一つ、物質の反発を理由して、無数の鉄の槍をビュレットへと吹き飛ばす。


「こんなのが俺にダメージを与えられると思うなよ!」


 そう言って、ビュレットが叫ぶ。

 魔術は工程を重ねれば重ねるほど魔術構築が複雑になり、複雑であればあるほど打ち消すのが難しくなる。


「――――――――――――――ッッッ!!!」


 ビュレットが不協和音で対抗する。

 手応えはあった。

 今までのどの魔術より打ち消されるのに時間がかかっている。

 だけど――。


「ふんすっ!!」


 気合いを入れると同時に、無数にあった鉄の槍が粉々に分解されていった。

 うそ、だろ――。

 さすがに、自信があっただけに驚きを隠せないでいる。


「これでわかっただろ。お前ごときの魔術は全て完封できる、と」

「くっそ……」


 こうなったら、オロバスの力を信じて肉弾戦に持ち込むか。

 だが、体力も削られ負傷もしている状況下で、戦いが長引けはじりじりと不利になっていくに違いない。


「次の攻撃でお前を殺すッッッ!!!」


 見ると、ビュレットが魔力を全身へ滾らせていた。

 力を貯めているんだと、一瞬で判断がつく。

 この攻撃を受けてはいけない。そのことを一瞬のうちに把握する。


 だが、もう手は残されていない。

 なにか? なにか、残されていないか?

 必死に考える。


 そして、1つの可能性にたどり着いていた。

 そうだ、僕はまだあの悪魔の力を借りていないじゃないか……。


「――序列第50位フルカス」


 フルカス。

 僕が一番最初に召喚した悪魔であり、僕に様々なアドバイスをくれた爺さんの姿をした悪魔だ。

 そういえば、フルカスの能力を僕はまだ知らない。


 もしかしたら、ビュレットに有効な攻撃手段になりうるかもしれない、という最後の望みをかけて、フルカスの力を降霊させた。


「槍……?」


 現れたのは、一本の槍だった。

 そういえば、フルカスはいつも錆びた槍を持ち歩いていた。

 けど、目の前の槍は光り輝いており、いかにも頑丈そうな見た目をしている。


 僕は槍を力強く握った。

 すると、槍の力が僕の体内を駆け巡る。

 そうか、この槍はこうやって使うのか――。


「死ねぇえええええええッッッッ!!!!」


 眼前では、力を貯めたビュレットが今にも、襲いかかろうとしていた。

 それに対し、僕は槍を投げる。


「グングニルッッッ!!!」


 その槍の名前を叫びながら――!


「まだ、小賢しい手が残っていたか! こんな槍、容易く避けられるわッ!」


 ビュレットは言葉通り、向かってきた槍を最低限の体の動きのみで避けた。


「死ね――ッ」


 そして、今度こそビュレットは殺す気で僕に襲いかかる――!


「知らないのか?」

「――あん?」


 ビュレットはなにが起きたのかわからない、とでも言いたげな表情をしていた。


「その槍は追尾機能付きだ」

「ガハッ」


 瞬間、ビュレットは口から血を吐き出す。

 ビュレットの背中から槍が盛大に突き刺さっていた。


 そう、一度避けられた槍は反転して、再びビュレットを背中から狙ったのである。


「人間ごときに俺が負けるとは……」


 そう言葉を残してビュレットは崩れ落ちる。

 戦いが終わった瞬間だ。


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