―86― オロバス
今の僕は、クローセルとフォカロル二つの力を取り込んだ。
いつもより多めに取り込んだため、姿が大きく変わる。
クローセルの天使の羽とフォカロルのガーゴイルの翼がそれぞれ背中から生える。クローセルとフォカロルの姿を足して二で割ったような姿に変化したんだろう。
力を得た僕はオロバスと魔人が戦っているところに急行する。
オロバスと魔人はお互い拳で殴り合っていた。
どちらも動きが速く、目で追うのも難しい。
だが、隙は必ずあるはず。
クローセルの水、フォカロルの風。この二つの複合魔術。
「
渦を巻いた風と水が魔人へと直撃する。
「――――――――ッッ!!」
魔人の口から不協和音が鳴り響く。
瞬間、僕の放った魔術が打ち消される。やはり、いくら威力の高い魔術を使っても打ち消すことは可能らしい。
とはいえ、僕の魔術はあくまでも囮。
魔人が魔術を打ち消しているその時、大きな隙ができる。
「マスター、ご助力感謝であります!!」
そう叫びながら、オロバスが拳を魔人に強く打ち付ける。
「グハッ!」
魔人はえずきながら後方へと吹き飛ぶ。
よしっ、狙い通りだ。
僕の魔術を打ち消している間に、オロバスが拳で叩きのめす。これを繰り返していけば、魔人を倒すのもそう難しくないはず。
そう思い、再び魔術を放とうと構えた瞬間だった。
「――――――――――――――――――――――ッッ!!」
また、魔人による不協和音。
それは魔術を打ち消すためのものではなく、聞くだけで気分が悪くなる種類のものだった。
だから、両手で耳を抑えてひたすら耐える。
この音が響いている間は動けなくなるが、魔人も不協和音を鳴らしている間は動くことができない。
だから、耐えることさえできれば、勝機は必ずあるはずだ。
そう思った最中――
魔人の様子がどうもおかしかった。
なにかと葛藤しているかのように、悶えていた。
あまりにも唐突だった。
魔人の体が膨張をし、そして溢れんばかりの光が体中からほとばしる。すると、爆発したかのように、体がはじけ飛んだ。
まるで、自爆でもしたのかと疑ってしまう。
「体の主導権を完全に乗っ取るのに、少しばかり時間がかかったな」
さきほどまで魔人のいた場所から野太い男の声が聞こえた。
いつの間にか、不協和音は鳴り止んでいる。
「それにしても、久しぶりだなぁ! オロバス! お前がいなくて俺は随分と寂しかったぞ!」
魔人は人型とはいえ、どこか歪な姿をしていた。
だが、今目の前でしゃべっている男は筋骨隆々の肉体を持っていた。一見すると、人間と変わらないが、二本の角に真っ黒な眼球に金色に輝く瞳。そして、しっぽが生えていることから、目の前のそれが悪魔なんだと察する。
「オロバス、元気にしてたかぁ!」
「え、えぇ……」
正体不明の男はそう言って、オロバスの肩を叩く。
対して、オロバスはどこか怯えているように見えた。
「そうか、元気そうでなによりだ。それじゃあ、いい加減お家に帰ってこい」
「い、いえ……っ、帰りませぬ! なぜなら、わたくしのマスターはノーマン殿ただ一人でありますので!」
オロバスがそう言うと、男は僕のほうへと目を合わせてきた。
「お前か。最近、いろんな悪魔を召喚しているという噂の召喚者は」
「ええ、そうですけど」
「名乗ることを許可しよう」
随分と上から目線の物言いだ。まぁ、いいんだけど。
「ノーマンと申します」
「そうか! 序列13位ビュレット。これが俺様の名だ」
目の前の存在が序列13位ビュレットなのは予想通りだ。
魔人は人間の人格と魔人の人格がお互いに相対するため、自我を失い無作為に暴れるようになる。
だが、目の前に顕現している存在は、ディミトの人格に打ち勝つことで、自己を形成することに成功した、魔人の進化形。悪魔、と呼ぶべきなんだろう。
「さて、召喚者。お前には俺より処分を言い渡す」
「処分……」
「お前の罰は召喚者であることだ。その罪により死罪と致す」
「……は?」
なにを言っているか理解できない。
そう思った瞬間、目の前からビュレットの存在が消え失せた。
いや、違う。
一瞬で、僕の近くまで移動してきたんだ。
あまりにも速い動きに、構えることさえままならない。
あ――。
気がついたときには、ビュレットの拳が腹に強くめり込んでいた。
「ぐふっ」
そんなうめき声を出しつつ、僕の体は吹き飛ばされていった。
壁に激突した体は勢いを失うことなく壁を突き破っていく。その度に、あちこちに打撲ができ、骨がきしんでいく。
そして、どこかのタイミングで僕は気を失った。
◆
「……うっ」
目を開ける。
やばいっ、どの程度気を失っていた!?
数分程度なのか、それとも数時間なのか全く検討もつかない。
ただ、見た目が元の状態に戻っており、クローセルとフォカロルを降霊していたのが解除されたんだとわかる。
「おいおいっ! いつまで、そこに立ち続けることができるかなぁ!」
ビュレットの声だ。
慌てて前方を見る。
「マスターを守るのがわたくしの役目です! なので、ここをどくことはありません!」
そこにいたのは、僕の盾になるよう立ち塞がっているオロバスの姿だった。
「うるせぇ!! てめぇは、俺の下僕のくせによぉ! 俺に刃向かうんじゃねぇ!!」
「いえ、わたくしはあなたの下僕ではありません!」
「いいや! 俺の下僕だよ。だから、今すぐ、ここからどきやがれ!!」
ビュレットはオロバスを一方的に何度も何度も殴りつける。
それをオロバスはただ、耐え忍んでいた。
見るからに、オロバスの体はボロボロだ。
全身に痣ができ、血がそこらじゅうから流れている。まだ、立っていられるのが不思議なぐらい満身創痍だ。
あぁ、そうか……。
僕が気絶している間、オロバスがずっと守っていてくれたのか。
そのことに申し訳なさと感謝の念がこみ上げてくる。
「オロバス、ありがとう」
ボロボロの体を持ち上げて、僕はなんとか立ち上がる。
「ま、マスター!」
僕の声が聞こえると、オロバスは喜びの声をあげる。
「僕のことを守ってくれたんだな」
「わたくしはマスターの守護者ゆえ! 当然であります!」
「そうか」
オロバスが忠義を果たしてくれたんだ。
ならば、今度は僕が返す番だ。
「マスター、ここはわたくしが守ります! なので、ご安心ください!」
「いや、もう十分だ」
「な、なぜですか!? わたくしはまだ、大丈夫です!」
そのボロボロの体で、よく意地を張れるな。
「ここからは、僕が戦う」
オロバスが僕を守ってくれたんだ。
次は、僕がオロバスを守る番に違いない。
けど、悔しいことに僕一人の力では、ビュレットに勝つことはできない。
「だから、力を貸してくれ! オロバス」
そう言って、ボロボロになったオロバスに拳を差し伸べる。
「はいっ! わたくし! マスターのためなら、全力を尽くす所存であります!」
「よしっ、その意気だ。いくぞ、オロバス――」
「はっ」
そう言って、オロバスが僕が伸ばした拳に拳を当てる。
瞬間、オロバスがその場から消え失せる。
降霊――序列55位オロバス。
全身に血が巡り力が漲ってくる。
「ビュレット、今度は僕が相手だ」
「くはっ、おもしろい! 召喚者がいくら小細工しようが、俺に勝てねぇことを教えやる!!」
そういえば、僕に降霊術を教えてくれたガミジンはこんなことを教えてくれたことを思い出す。
――降霊術は互いの信頼関係が強固であればあるほど、力が何倍にも膨れ上がる。
「なるほど、これは負ける気がしないな」
そう言って、僕は破顔した。
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