―85― 不協和音

 予選を生き残った者たちは、その次の本戦に進むことができる。

 その本戦が今、始まろうとしていた。

 予選と同じく、10人によるバトルロイヤル。

 ただし、この組に出場する生徒は予選を勝ち残ってきた猛者ばかりだ。

 心してかからないとな。


「それでは、ただいまより〈最後の宴〉本戦の――」

 

 審判が「開始」と口することはなかった。

 なぜなら、待機室から人影がでてきたからだ。


「こ、ろ、す……ッッッ!!!」


 それは人外と称すべき存在だった。

 黒光りする肌に長い爪。そして、巨大な体躯。

 だが、どことなくディミトの面影もあるような。


「まさか、魔人……っ!?」


 ふと、そんな予感が頭の中に浮かんだ。

 悪魔が人間に取り憑くと、魔人と呼ばれる凶暴な怪物になると以前聞いた。

 目の前の存在こそが魔人なんだと、察する。


「み、つ、け、た……っ」


 魔人は僕のほうを見て、そう呟く。

 なぜかわからない。だが、魔人は僕に用があるらしい


「おい、化け物! ここはてめぇが来ていい場所じゃねぇんだよ!」


 生徒の一人が魔人に対し、魔術を放とうとした。


「やめろっ!」


 反射的に僕はそう言う。

 目の前の存在はそう簡単に手を出してはいけない存在だ。

 だが、そんなの聞き入れてもらえるわけがない。


「死ねっ!」


 そう叫びながら、一人の生徒が火系統の魔術を放つ。

 瞬間、不協和音が耳をつんざく。


「なん、だと……?」


 それと同時に、生徒の魔術が打ち消された。

 そして、魔人は腕を振るい、生徒に殴りかかろうとする。

 まずいっ、あのまま殴られたら死んでしまう――っ!

 そう判断した僕は魔人の気を引くために、魔術を発動させた。


「――獄炎放射インフェルノ・ラマ


 手は抜かない。

 僕にとっての最大火力を躊躇なく放った。


「――――――――――――――ッッッッ!!!」


 なんとも表現しがたい不協和音が魔人の口から発生した。

 あまりにも煩わしい音に、耳がどうかしてしまいそうだ。

 そして、また、魔術が打ち消された。


 今のではっきりとわかった。

 目の前の魔人は魔術を打ち消す能力を持っている。


 とはいえ、僕の目論見は魔人に気を引くこと。

 それは成功したらしく、魔人は僕のほうをじっと見ていた。

 とりあえず、最初に魔人に対し、魔術を使った生徒が死ぬようなことはなさそうだ。

 と、安堵した瞬間――。


「消えたっ」


 魔人が目の前から姿を消した。

 いやっ、違う。

 一瞬で、僕の近くまで移動しただけ。

 消えたように見えたのは、あまりにも速く移動したから、目で追うことが一切できなかったから。

 そして、今、目の前で魔人が僕に対し、拳を振るおうとしている。

 

 死んだ――。

 そんな言葉が脳裏に浮かぶ。

 今から魔術を使っても間に合わない。そもそも魔術で身を守ろうとしても、魔人には魔術を打ち消す力があるため意味ないんだろうけど。

 とっさにできたことは現実から逃れるため、目を閉じることだけだった――。


 だが、やってくるはずの衝撃はいつまで待ってもやってこなかった。


「マスターは、わたくしが守りますッッ!!」


 目を開けると、そこにはオロバスが僕を守るように立っていた。


「オロバスッ!」


 僕は思わずそう叫ぶ。

 オロバスは魔術を使わずとも、身体的能力が常人よりはるかに高い。

 もしかして、オロバスなら魔人とやり合うことができるかもしれない!

 だが、そう思った次の瞬間には、魔人の拳を受け止めたオロバスが会場の壁面へと吹き飛ばされる。

 その衝撃で、会場に大きな亀裂が入った。


「おい、やべぇぞ! あれはっ!」

「逃げろぉおおおおおおおおおお!!」

 

 魔人の存在をやばいと認識した観客たちが絶叫しながら、逃げ始める。


「オロバスッ!」


 まさかオロバスがやられてしまうなんて!


「ノーマンッッ!! コロすッッ!!」


 ふと、魔人の声が聞こえる。

 どうやら明確に僕に対して、殺意があるらしい。

 やばい、なんとかしないと……!


「わたくしのマスターに手をださないでいただきたいッ!!」


 やられたはずのオロバスが目の前で魔人に殴りかかっていた。

 壁際からここまで一瞬で移動してきたんだとわかる。

 殴られた魔人は遠くに投げ飛ばされ、壁に激突する。その衝撃で土煙が舞った。


「オロバス、助かった。ありがとう」

「いえ、この程度のこと当然であります」


 まだ安心はできない。

 今ので魔人がやられたとは考えにくい。


「――――――――――――――――――――――――ッッ!!」


 土煙の中から出てきた魔人が再び不協和音を奏でた。

 ただ、さっきまでの不協和音とは性質が異なる。

 聞くだけで立てなくなるほど気分が悪くなった。それは僕だけではなく、会場にいた観客や生徒までもがその場でうろたえていた。

 果てには、意識を奪われては倒れていく者たちが。

 僕は意識を保とうと、必死に気合いを入れる。

 数分以上、その状態が続いた。

 そして、不協和音が静まった頃には、誰しもが気を失っていた。

 意識を失っていないのは僕とオロバス、そして――


「ノーマン様!」

「ご主人様!」


 それと、僕のところまでやってきたクローセルとフォカロルだけのようだ。

 不協和音が止んだことで動けるようになったオロバスは再び、魔人と拳を交えている。

 オロバスがこのまま魔人を引きつけている間、少しは時間がありそうだ。


「ご主人様、すぐ助けに行けず申し訳ございません」

「それは仕方がないよ。そんなことより、あれは魔人でいいのか?」

「えぇ、見るからに魔人です。それもただの魔人ではありません。最強の悪魔の一角、序列13位ビュレットが取り憑いた者です」

「ビュレット……」


 聞いたことがある。

 フルカスが気をつけろと言っていた悪魔の一体だ。

 そして、以前魔導書『ゲーティア』が勝手に動き出し、『召喚しろ』と告げてきた時、開かれていたページがビュレットのところだったのを思い出す。


「見ての通り、あらゆる魔術を打ち消す力を持っているため、私たちとは非常に相性が悪いのです」

「その、ビュレットが何で魔人なんかに?」

「えぇ、ビュレットは召喚者そのものを非常に憎んでいるらしいので……。ただ、理由はそれだけではないでしょう。オロバスが原因の一つでもあるかと」

「オロバスが? どういうこと?」

「ビュレットさんこそが、オロバスさんの魔界での主人なんですよ」


 と、クローセルが口にしていた。

 なぜ、オロバスが魔界へ退去したがらないのか。その理由は、ある悪魔に幽閉されているから、だと言っていた。

 その悪魔はオロバスにとって、上司のような存在だと以前言っていたのを思い出す。

 それが、今、目の前で敵対しているビュレットなのか。


「まさか、こうして無理矢理やってくるとは思いませんでしたが」


 フォカロルがそう言葉を漏らす。


「そもそも悪魔が召喚していないのに、こっちにやってくることは可能なのか?」

「人間と悪魔が同調すれば、可能ではありますね」

「同調……?」

「えぇ、例えば、人間と悪魔が同じ者に対して憎しみを抱くとかでしょうか」

「なるほど……」


 とはいえ、悪魔がやってくるには人間を介す必要はあるみたいだな。


「そういえば、ノーマン様。魔導書はどうしたんですか?」


 ふと、クローセルがそんなことを尋ねてきた。


「魔導書……」


 あぁ、それなら――


「服の裏に隠し持っているけど」


 制服をめくって魔導書『ゲーティア』を見せる。

 待合室に置いていこうと思ったけど、結局不安になってあの後、持ち歩くことにしたんだった。


「それで、魔導書がどうかしたの?」

「あぁ、いえ……魔導書が他の方に使われたせいで、召喚されたのかなー? なんて思ったので。ご主人様が持っていたなら、その心配はないですね」

「ふっ、堕天使はおもしろいことを言いますね」

「な、なんで、笑うんですか……」

「いえ、魔導書は所有者以外使うことができないというのは常識なんですが。そんなことすら知らないとは。その無知さ加減に呆れただけです」

「ちょ、そんなこと言い方しなくてもいいじゃないですか!」


 へー、魔導書『ゲーティア』って所有者以外使えないんだ……。知らなかった。


「ただ、ビュレットに取り憑かれた人間が魔導書『ゲーティア』を使用した可能性は十分高いかと」

「え? 魔導書『ゲーティア』って、これ以外にもあるの……?」

「魔導書『ゲーティア』は決して珍しい物ではありません。なぜなら、人が絶望したとき、魔界から送られてくる代物ですので。ただ、ほとんどの者が魔導書を気味悪がり処分致しますが」


 確かに僕が、魔導書『ゲーティア』を初めて手にしたときも絶望していたな。

 まさか、魔界から送られてきた物だとは思わなかったけど。


 さて、そろそろ話すのはやめないとな。

 十分、情報は出揃ったことだし。

 あの魔人をオロバスだけに任せるわけにいかない。


「クローセル、フォカロル、僕に協力してくれるかい?」

「かしこまりました」

「はい! もちろんです!」


 二人はそれぞれ返事をする。


「それじゃ、来てくれ。序列41位フォカロル、序列49位クローセル」


 瞬間、目の前から二人の存在が消え失せる。

 それと、同時に僕の中に力があふれていく。


「それじゃ、本気といこうか」


 さぁ、反撃の開始だ。


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