―84― 刹那的出来事
ドーン! と、銅鑼を叩く音が鳴り響く。
この瞬間、〈最後の宴〉が開始した。
会場にいるのは、僕含めて十人。
全員がほぼ同時に詠唱を始める。恐らく、固有魔術を起動させるのだろう。
そして、固有魔術の起動を終えた者が、次にやるのは僕への攻撃だ。
これは自分以外すべてが敵のバトルロイヤル。
どれだけ多くの敵を倒したかで、評価が上昇する。
となれば、この場で一番弱いと思われる僕が標的になるのは必然だ。
ひとまず、僕を倒して一人倒したという実績を手に入れる、と全員が同じことを考えている。
だから、全員が僕を狙っていた。
さて、どうやって迎え撃つかな?
僕は自分の使える手札のうち、どれを使おうか考え――
爆音ッッッ!!! が、辺り一帯を埋め尽くした。
その爆音は周囲を一網打尽に吹き飛ばす。
「――我は汝をディミトの名において命ずる! 風雨凄凄、獅子奮迅。すべてを荒らせ、食い尽くせ。来たれ――
爆音の中央には、ディミトの姿があった。
そして、詠唱と共に、召喚魔法を発動させる。
すると、背後に風をまとった巨大な狼がいた。白い毛並みが太陽の光を反射されているせいか、神々しさを覚える。
詠唱の前に起こった爆音は、見た限りディミトによるもの。
そして、召喚魔法もディミトによるものに違いない。
――固有魔術を2つ持っている。
ふと、以前にディミトが口にしていたことを思い出す。
その2つとは、爆発を引き起こす魔術と魔獣を召喚する魔術の2つだったのか。
「「うぉおおおおおおおおおおおおおお!!!」」
ディミトの圧倒的な魔術に観客たちが沸き起こる。
「やっちまえー!」
「無能の生徒なんて、簡単に倒してしまえー!」
それから観客たちはディミトへ思い思いの応援を送る。
その反応にディミトはニッ、と唇を歪ませた。
「ノーマン、この俺と遊ぼうぜぇ」
そう言って、ディミトは
その表情は笑っていた。
もう勝った気でいるんだろうか。
それにしても、奇遇だ。
同じ召喚魔法の使い手だったとは。
まぁ、召喚するものは悪魔と魔獣なので大分異なるが。
「いいよ、ディミト。僕と遊ぼう」
「はっ! なに真面目にとらえてんだよッ! 死ねやッ!」
そう言って、ディミトは腕をふるう。
恐らく、さっきの爆発を引き起こすつもりなんだろう。
「――序列23位アイム、序列41位フォカロル」
難しいことをするつもりはない。
向こうが爆発魔術を扱うなら、こちらも同じ爆発魔術で対抗しよう。
序列23位のアイムの火の魔術。
序列41位のフォカロルの風の魔術。
2つを合わせることで爆発魔術に昇華される。
ただ、そうだな。
普段より、フォカロルの力を多めに取り込もう。多少、見た目が変わってしまうかもしれないが、少しぐらいなら問題ないだろう。
おかげで、髪の色がフォカロルと同じ銀色へと変色する。
その上で、魔術を唱えた。
「――
瞬間、火炎の渦が前方に解き放たれた――。
その威力は絶大。
ディミトの起こした爆発をあっさり飲み込み、ディミトの魔獣を音もなく消し飛ばす。
地面は抉られ、炎の塵が周囲を焦がす。
会場の地面は半壊し、観客席の下部分に大きな穴が開く。
直撃させたら危ないととっさに判断し、ディミトに掠るように放ったが、それだけでも威力は大きかったらしく、ディミトははるか遠くに吹き飛ばされていた。
「ぐへっ」
壁に激突したディミトはそのまま気絶をしてしまった。
ディミトの召喚した魔獣も気絶した状態で地面に倒れている。
「え……?」
「なにが起きたんだ……?」
「おい、あの生徒。どんでもない魔術を使わなかったか?」
「一瞬ですべてを吹き飛ばさなかったか」
「あんな威力の魔術、見たことねぇ」
「あいつ、すげぇ魔術師なんじゃねぇのか……」
会場中にどよめきが響く。
どうやら、目の前で起きた現実を受け入れるのに苦心している様子だ。
「せ、戦闘不能と判断し、し、試合の終了です……っ 勝者はノーマン選手」
審判が恐る恐るといった様子で、試合終了の合図を告げる。
見ると、僕以外の生徒は全員気絶していた。
ふむ、これはあれだな。
やりすぎてしまった、というやつだな。
まさか、ここまで威力が出るとは思わなかった。
楽しみにしていた魔術戦が、一瞬で終わってしまったのは、少し寂しいような。
「ノーマン様! 流石でーす!!」
振り返ると、そこには手を振っているクローセルの姿が。
その両隣には、フォカロルとオロバスの姿もいる。
照れくさいので、僕も小さく手を振り返す。
〈最後の宴〉はなんともあっけない、幕引きとなった。
◆
「し、信じられぬ……」
目の前の光景に、ノーマンの父、マークスは呆然としていた。
あまりにも圧倒的な威力を誇ったノーマンの魔術。それに対し、ディミトは手も足も出なかった。
いや、それどころか勝負にすらなっていなかったとさえ思う。
ノーマンの魔術はそれほど強大で偉大だった。
あんな魔術、自分は見たことさえない。
それどころか、この国であの魔術に匹敵する魔術を扱える魔術師なんているんだろうか?
そんな考えすら、頭によぎる。
自分はとんでもない逸材を追い出してしまったのではないか……。
「こ、これはどういうことだ……っ!」
声を荒げたのは、ベルゲマン侯爵だった。
その怒りの矛先はマークスへと向かう。
「あれほど偉大な魔術師を貴公は追い出したのか! 我が領地にとって、あれはどうみても重要な人材ではないか! それに対し、貴公が連れてきた平民はなんだ! なにもできぬ木偶の坊だったじゃないか!」
「申し訳ありません。こ、こんな予定では……」
「言い訳など聞きたくないわ!」
ベルゲマン侯爵は怒りで顔が真っ赤に染まっていた。
周囲に多くの貴族がいるというのに、ひと目も気にせず声を荒げる。このままだと、マークスのやった愚行はすぐさま広まるだろう。
「おい、どうしてくれる……?」
ベルゲマン侯爵は血走った目で、マークスを睨む。
「わ、我が息子、ノーマンを我が家に連れ戻します」
「本当だな?」
「はっ、必ずや」
「……よかろう。もし、連れ戻すことがでてきなかったら、貴公の家は取り潰しだ」
「な……っ」
取り潰しという言葉に、激震が走る。
それだけはなんとしてでも避けなくてはいけない。
ノーマンをなんとしてでも、我が家に連れ戻さなくてはいけない。
そのことをマークスは心に誓った。
◆
「ふざけんなっ、ふざけんなっ、なにがどうなってやがる!?」
ディミトは目を覚ますと同時に、荒れ狂った。
気絶する直前のことはよく覚えている。
ノーマンが自分の魔術とは比較にならないほどの威力を誇った魔術を放ったのだ。
それに自分は成すすべもなくやられてしまった。
「こんなのありえねぇ!」
ディミトは壁を拳で叩きつける。
こんなことあってはならない。
自分は天才なんだ。
だから、誰よりも強い魔術師なんだ。そのはずなのにッ!
なのに、なんだこのザマは……!
「ちくしょう!」
強く壁を叩きつけた。
コトリ、と音がする。
なんだろう? と、振り返る。
すると、そこには一冊の魔導書があった。
真っ黒な表紙の魔導書。
タイトルは『ゲーティア』。
今ディミトがいる場所は、待合室だった。
自分が負けたことが信じられなくて、待合室に張ってある対戦表を確認しに来たのだ。
今、会場では予選を勝ち抜いた者たちによる本戦が行われようとしており、自分以外にここに人はいない。
『力が欲しいか?』
ゾクリ、と背筋が凍る。
魔導書から女の声が聞こえたのだ。
「な、なんのだ、これは……?」
突然の声の気配にディミトは怯える。
『怯える必要はない。我は貴様の望みを知っておる』
心を見透かしたかのようにそう語りかけてくる。
『ノーマンが憎いんだろ?』
「な、なぜ、それを知っている……?」
『わかるさ。貴様の考えていることぐらい。さぁ、我の力を受け取れ。さすれば、憎きノーマンを打ち倒すぐらい可能だろう』
本当に声の主の言う通りにしてしまっていいのだろうか?
ディミトにはわかった。
語りかけている者は恐らく悪魔の類のものだと。
悪魔の力を受け入れれば、魔人化と呼ばれる破滅の道へと辿ることは有名な話だ。
だが……っ。
「あぁ、憎いよ……!」
天才の自分を簡単に打ち砕いたノーマンのことが憎い。
「本当にノーマンのことを倒すことができるのか!?」
『あぁ、我の力を受け入れれば可能だろう』
「あぁ、わかった! 悪魔の力だろうが借りてやる!」
『そうか。では、契約は完了だな』
瞬間、全身に激しい痛みが走った。
「うがぁあああああああああああああああああ!!!!」
我慢できずディミトはその場で悶える。
「憎い、憎い、憎い、憎い、憎い……ッッッ!!!」
叫ぶと同時に周りの物を破壊していく。
破壊して破壊して破壊してもなお、感情が抑えられない。
「ノーマンを殺す……ッ」
そう呟いた者は人間とは程遠い存在だった。
全身、黒い肌に変色し、爪は長く豹変し、口から牙が生えている。まさに、人外と呼ぶべき存在。
悪魔に魅入られ、強大な力を手に入れる代わりに理性を失い、感情の赴くままに破壊する。
人はそれを『魔人』と呼ぶ。
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