―83― 杞憂
「何度も言うけど、生徒たちに手を出さないことね」
「はい、わかりました!」
「はっ、承知致しました」
「マスターのご命令とあらば、命を賭けて守る所存であります!」
と、悪魔たちが返事するが、やっぱり不安は拭えない。
無事に済めばいいんだけど。
「それじゃあ、行こうか」
そういうわけで、悪魔たちを連れ添って学校に向かうのだった。
学校はいつもに比べて喧騒に満ちていた。
今日は保護者だけではなく、他校の先生に地元の有力者、それに貴族でない一般の方も見学にやってくる。
それだけ〈最後の宴〉は注目されているイベントだ。
だから、賑わうのは当然のことだった。
「なんだか、楽しそうな雰囲気ですねー」
お祭り気分に当てられたのかクローセルがそんなことを言う。
「参加する生徒たちは皆緊張していると思うけどね」
なにせ、この戦いで将来が決まるのだ。手を抜く者は一人としていないだろう。
その後、悪魔たちとは別れる。
観客と参加者では集まる場所が違うからだ。
その際に、「大人しくするように」ともう一度注意をしてから、僕は参加者が集まる場所へと赴いた。
「おい、ノーマンのやつ本当に来たよ」
「なにしに来たんだ?」
「俺たちに倒されるために来たんだろ」
僕のことを見かけるたびに生徒たちは俺のことを馬鹿にし始める。
まぁ、当然の反応ではあるか。
結局、僕は基礎コースから上のクラスに行くことができなかった落第生だ。
一度、リーガルに勝ったとはいえ、偶然勝ったかなにかズルをしたに違いないという評価に落ち着いている。
どんなズルをすれば、勝てるのか疑問だったが、聞いてみると魔導具の使用を疑われていた。
あんなことができる魔導具に心当たりはないが、確かにそれなら可能性がないとも言い切れないか。
まぁ、陰口はいつものことなので気にしないで、ルールの確認を行なう。
対戦形式は10人一組によるバトルロイヤル。
対戦表を見ると、同じ組にディミトの存在があった。
偶然ではあるんだろうけど、なんらかの因果を感じずにはいられない。
あとは、ルールの確認。
気絶している相手に追い打ちをしてはいけないといったような一般的なことばかりだ。
前日に、ルールは確認していたので流し見するに留めておく。
「ノーマン、お前も参加するんだな」
振り返ると、担任の先生のルドン先生がいた。
結局、3年間同じクラスにいたので、ルドン先生以外の先生が担任になることはなかったな。
「3年間、お世話になりました」
僕はそう言って頭を下げる。ルドン先生には色々とお世話になったような気がする。
「怪我をしない程度に頑張るんだな」
と、ルドン先生はいつも通りの仏頂面でそう口にして、僕の元を去っていた。
そっけないかもしれないが、いつもあんな感じの人だったことを思い出す。あの人なりに激励してくれたんだろう。
「これは会場に持っていくわけにいかないな」
待機室にて、僕は魔導書『ゲーティア』を手に持っていた。
これには大変にお世話になった。
これのおかげで、僕の人生が変わったといっても過言ではない。
いつも肌身離さず持ち歩いていたが、流石にこれから戦うってときに持ち歩くわけにいかないだろう。
そんなわけで、カバンの中へ入れる。
これで、準備は完了だ。
◆
会場に入ると溢れんばかりの観客で埋まっていた。
他学年の生徒に保護者だけではこの数は埋まらないだろう。貴族でない平民の方々もたくさん見に来ているのだ。
まぁ、毎年〈最後の宴〉は町の一大イベントとして知られているので、こうして観客でごった返すのは例年通りではある。
「おい、あいつだぜ。貴族のくせに、魔術が使えない無能は」
「なにしに来たんだろな」
「さぁな? やられに来たんじゃないのか?」
明らかに僕を指差した者による侮蔑の声が聞こえた。
「おい、見ろよ。あれが元平民なのに、学校で一番優秀な生徒だってよ」
「へー、すげぇな」
「俺たち平民の希望の星だな」
対して、ディミトに関しては好印象な様子だ。
「ノーマン様、がんばってくださーい!!」
ふと、真後ろから応援が聞こえる。
振り返ると、そこにはクローセルたち悪魔の姿が。
グッ、と僕はただ拳を上にあげて、それに応えた。
「それでは全員、準備が整いましたようですので、ただ今より〈最後の宴〉予選一組目のスタートです!!」
審判の声と同時、銅鑼の音が鳴った。
〈最後の宴〉が今より、開始された。
◆
観客席の一角。
保護者たちのための席が用意されていた。
保護者は全員貴族なため、一般の観客席より豪華な造りになっている。
「マークス・エスランド、久しぶりだのう」
「はっ、お久しぶりでございます。ベルゲマン殿」
ベルゲマン侯爵家。
ここ辺り一帯を治める超上流貴族。
ここにいる誰よりも権力を握っている人物だ。
ベルゲマン侯爵、自分の領地にいる生徒たちがどれほどの実力があるのか知るために、こうして視察に来るのが、毎年の恒例だった。
対して、エスランド家は貴族といっても所詮、領地を持たない男爵でしかない。
エスランド家ににとってベルゲマン家は比べるのが失礼なほど、格が一回りも二回りも違うのだ。
「それにしても、貴公、平民を跡取りにしたと聞いたが本当か?」
「はっ、その通りでございます」
「平民の血を貴族に入れるとは、正直納得しがたいな」
「ですが、我が息子ディミトは大変優秀であります。此度の宴でもさぞ活躍をするに違いありません」
「ふんっ、そうだといいがな」
ベルゲマン侯爵はどちらかというと実力よりも血統を重んじるタイプだ。そして、血統を重視するタイプの貴族は少なくない。
とはいえ、ディミトが圧倒的な実力を示せば、誰も文句を言わなくなるだろう。
「おい、あやつは貴公の息子だったよな」
ふと、ベルゲマン侯爵が会場にいる一人生徒を指差した。
その先にいたのは、息子であるノーマンだった。
「はっ、確かにあれは私と血が繋がっている者であります。ですが、魔術が使えぬ無能なため、縁を切ったばかりでございます」
「あぁ、確かに、貴公の息子が魔術を使えないという噂は聞いたことあったな。だが、おかしいではないか。なぜ、そんなやつが〈最後の宴〉に参加している?」
ベルゲマン侯爵の言うことは最もだ。
魔術を扱えない者が〈最後の宴〉に参加するのは、はっきりいって自殺行為でしかない。
参加するにしても無意味だ。
「なぜ、魔術が使えないノーマンが参加しているのか私のあずかり知らぬことに存じます。ですが、ご安心ください。彼はなにもできぬ無能であります。すぐ敗退するに違いありません」
「そうでないと困る! もし、あの生徒が無能でなく有能な魔術師であったとすれば、我が領地は素晴らしい人材を失ったに等しいからな! 貴公もそうは思わぬか?」
「ベルゲマン殿が心配するようなことは起こり得ぬので、どうかご安心ください」
「なら、よいのだ」
それで会話は打ち切りになった。
そろそろ試合のほうが始まろうとしていた。
マークスは息を吐く。
ベルゲマン侯爵との会話はひどく息苦しかった。
「ディミト、わかっているな」
誰にも聞こえないような小声で、そう呟く。
視線の先には、ディミトの姿が。
そして、対極の位置にノーマンがいる。
ノーマンが魔術を使えるかもしれない。その事実だけが気がかりだ。
もし、息子だったノーマンがこの数ヶ月の間で、実力のある魔術師になっていたら。
ベルゲマン侯爵の怒りは必至。
それだけではない。有用な息子を勘当させたというのは、一生の汚点として貴族界で囁かれることだろう。
ふっ、ありえるはずがない。
仮にノーマンが魔術を使えるようなったとしても、ここ数ヶ月の話だろう。
数ヶ月で魔術を極めることなどできるはずがない。
こんな心配、ただの杞憂だ。
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