―81― 従順
神聖魔術。
それは本来、悪魔とは無縁の魔術だ。
なぜなら、神聖魔術は天使の力を借りて発動させる魔術だから。
天使と悪魔は対極に位置する存在だ。
なのに、なぜマルコシアスは神聖魔術が使えたのか?
いくらマルコシアスが堕天使といえども、堕天した瞬間、天使の力はなくなるはず。
その答えは、魔力性質の上書き。
己の魔力性質が悪魔に近いなら、天使のそれに上書きしてしまえばいい。
聞くだけなら単純だが、やっていることは非常に高度な魔術だ。
マルコシアスは己の魔力を天使のそれに上書きさせることで、神聖魔術を操っていたわけだ。
以前、序列第70位のセエレに空間魔術という非常に難解な魔術を習ったおかげか、僕の魔術構築に関する理解が非常に深まった。
そのおかげだろう。マルコシアスの張った結界をこの目で見て、そして光の矢をこの身でわざと受けるだけで、神聖魔術の仕組みをある程度把握することができた。
だが、どうしても悪魔が天使の魔術を使うトリックだけが完璧に把握することができなかったため、マルコシアスの魔力を強制的に宿すことで、神聖魔術を完璧に再現するに至ったというわけだ。
というわけで、今に至る。
目の前には、心が折れたのか、大人しくなったマルコシアスがいた。
「我の完敗だ。煮るなり焼くなり、好きにするがよい」
「いや、どっちもしないから……」
「ご主人様、大鍋の準備ならすでにできております」
「フォカロル、本気にしちゃダメだよっ」
「ですが、ご主人様。この者はご主人様に仇をなそうとした不届き者です」
「だからって、僕は気にしてないから、やる必要ないからね」
『ノーマン様、マルコシアスを罰するなら鍋で煮るだけでは足りないと思います!』
「クローセルも便乗しない!」
そういえば、クローセルの意識が僕の中に入ったままだった。
「それにしても、ご主人様。なんだか、いつもに増して美しいお姿をしておりますね」
と、フォカロルが僕の姿を見て、そう口にする。
「あぁ、これは――」
クローセルの魔力をいつも以上に降霊させたことで、姿が多少変化したことを説明する。
「ちっ、あの堕天使の仕業でしたか」
クローセルのせいだとわかった途端、露骨に嫌な顔をした。
「おっと、失礼いたしました。このフォカロル、思わず感情が表にでてきてしまったようです。普段は天使を見習って、表情を固くしているんですが」
と言って、誤魔化すが、今更なんの意味もないと思う。
「我がフィアンセは、貴様に譲ることにしよう」
マルコシアスが唐突にそう口にした。
一瞬なんのことだがわからなかったが、あぁ、そういえば、マルコシアスのやつ、クローセルのことをフィアンセだとか言っていたよな。
『ノーマン様、このストーカーに言いたいことあるので、わたしのことを召喚してください!』
「それは構わないけど……」
ただ、新しく悪魔を召喚するってことになると、誰か一人退去させる必要がある。
「あの、フォカロル申し訳ないけど……」
「……仕方がありませんね。ご主人様のお願いなら、断れません」
渋々といった様子だが、フォカロルが了承する。
そういうことだから、フォカロルを一度退去させ、クローセルを召喚する。
その際に、僕の体内に降霊されていたクローセルの力も解除したので、僕の見た目は元通りのものになった。
「それで、クローセル言いたいことがあるんだろ」
「はいっ」
クローセルは両手で拳を作って張り切る。
「おぉ、我がフィアンセではないか。いつもに増してお美しい」
マルコシアスがクローセルを見た瞬間そう口にする。
なるほど、マルコシアスがクローセルを好きだというのは事実のようだ。
「マルコシアス、あなたに言いたいことがあります」
「むっ、なんだ?」
「わたしには、ノーマン様がいます。だから、あなたは今後一切わたしに近づかないでください。前から、わたしにストーカーばかりするあなたのことが、とっても不愉快でした!!」
クローセルは僕に抱きつきながら、そう宣言するのだった。
「わ、わかった……。もう、我から近づくのはやめにしよう……」
マルコシアスは呆然とした表情で、そう口にする。
流石に、ちょっとかわいそうかも……。
まぁ、当人同士の問題だし、僕が口に挟むつもりはないが。
「なぁ、マルコシアス。今後、僕に協力してくれるってことでいいのか?」
「我は完敗した。ゆえに、あなたは我が主である。なんなりとご命令を」
どうやら僕のことを主人と認識したようだ。
潔いといえば、潔い。
「なら、一つ聞きたいんだが、マルコシアス、お前の望みはなんだ?」
ふと、そのことが気になっていた。
マルコシアスは召喚されるやいなや、天界に行こうと飛び立った。
なぜ、そんなことをしたのか、その真意が気になっていた。
「我は、天使に戻りたかったのです。ゆえに、悪魔でも神聖魔術が使えるようになれば、神に認められると思い、努力致しました。ですが、こうして神聖魔術を使えるようになった今、神は我を救わなかったのです」
天使に戻りたいか。
クローセルも出会った当初はそんなことを言っていたな。
「ゆえに、我は誓ったのです。天界へ行き、神をこの手で仇なそうと。それが我にとって、聖戦であると」
随分と過激な発想だな。
裏切られたのは同情するが、だからって復讐を試みるのは発想が突飛すぎると思うのは、僕が人間だからそう思うだけか……。
悪魔なら、これが当たり前の思考なのかも。
「今もその考えは変わらずか?」
「……いえ、此度の戦いで我が自惚れていることを思い知りました。恐らく、今の我が天界に行ってもなにもできずに終わるでしょう」
「そうか」
にしても、天界ね。
神と天使が住まう場所、という知識しかないが、実際はどんな場所なのか想像もつかないな。
「神っていうのは、どんなやつなんだ?」
ふと、気になったので、そんなことを口にしてみる。
「それは、わかりませぬ」
意外にも、マルコシアスはそう口にした。
クローセルのほうを見る。クローセルも堕天使なので、神についてなにか知っているかと思ったが。
「天使の多くは神をこの目で見たことがないですね。一部のそれも上位の天使なら、神の姿を知っているかもしれませんが……」
なるほど、そういうもんなのか。
まぁ、神の正体なんて気にしても仕方がないか。
「今回の件で、我が慢心していたことを自覚致しました。より精進すべく、旅にでも出ようかと思います」
「えっと、がんばってね。あぁ、それと、今後力を借りることがあるかもしれないけど、それは問題ないか?」
「我の力が主の役に立つというならば、そのときはお力添え致しましょう」
「そうか、ありがとう」
うーん、なんていうのかな。
あまりにもマルコシアスが従順になってしまったので、正直戸惑ってる。
悪魔って、ここまで性格が変わってしまうもんなのだろうか。
まぁ、マルコシアスに頼めば、神聖魔術を今後も使えるって考えたら、いいことなんだろうけど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます