―79― 本気

 神聖魔術。

 主に天使の力を借りることで、発揮できる魔術のことだ。

 そして、天使というのは神によって創造された存在だ。

 その天使の役割というのは、神の手足となり、この世界を円滑に運営すること。

 それゆえに、天使には様々な能力が備わっている。


「――序列第2位アグレアス」


 宙に浮いた人間は、そう口にして土で生成された槍を無数に作り上げる。


「――序列第61位ザガン」


 今度は、土の槍が一斉に鉄の槍へと変化していく。


「なるほど、悪魔の力をその身に宿しているのか!」


 マルコシアスはそのことを確信する。

 おもしろいっ、聖戦の前哨戦として悪くない相手だ。


「ゆけ」


 号令と共に、無数の鉄の槍が襲いかかってくる。

 だが、マルコシアスは物怖じしない。

 神聖魔術の中でも、最も重宝されている魔術。

 結界魔術が、己の身を守るから。


 マルコシアスを取り囲むように、魔法陣の見た目をした結界が展開されいく。

 それは、無数の鉄の槍をすべて弾き返した。


「神聖魔術が使えるのは本当みたいだ。だが、不思議だな。なぜ、堕天使の身でありながら、神聖魔術が使えるんだ?」


 戦闘中だというのに、人間は呑気に語りかけてきた。

 とはいえ、マルコシアスも会話を無視するほど器量が狭いわけではなかった。


「それは我が神聖魔術の深淵に至ったからだ」

「深淵……?」

「あぁ、そうだ! 我は、ただの堕天使ではない。いずれ、神を凌駕し、この世界を手中に収める者だ。神の如き我に、神聖魔術が使えないわけがないのだ!」

「えっと、野望じゃなくて、具体的な手法を教えて欲しかったんだけど」

「くっはっはっ、貴様のような雑兵に教えるわけがないだろ」

「そう。じゃあ、直接この目で見せてもらおうか」


 瞬間、さきほど同様、鉄の槍が襲いかかってくる。

 だが、その攻撃は自身の結界で防げることはすでに証明済み。


「くっはっはっはっ、この程度の攻撃、神如き我に効くはずがなかろうが!!」

「確かに、固いな」

「あぁ、そうだ。これで貴様の攻撃が我に効かぬということだ。ゆえに、諦めるんだな、小僧。貴様になど、神聖魔術の秘技は教えてやらんわ!」

「じゃあ、もう少し本気を出そうか」


 本気だと……?

 なにを言っているんだ、この人間は。

 先程の攻撃が最大の火力を誇っていることはすでに見抜いているぞ。


「もう少しまともな出任せを口にすることを学ぶんだな」

「降霊する悪魔の力を30分の1まで引き上げてみようか。おいで、序列第49位クローセル」


 瞬間、人間の全身から光が放たれる。

 そして、気がつけば、人間の姿に変化が訪れていた。

 まず、天使の羽が背中から生え、髪の毛も伸びている。顔立ちも中性的なものに変わったような。


「姿まで変わってしまうから、人前ではここまでやることはないんだけど、今は誰も見てないからいいよね」


 飄々とした表情で、さっきまで人間だった者はそう口にした。

 なるほど。

 己に宿す悪魔の力を限界近くまで引き上げたか。普通、そんなことをすれば、精神を乗っ取られ魔人となるのがオチだが、目の前の人間は只者ではないらしい。

 と、そんな事実よりもマルコシアスは気になったことがあった。


「今、クローセルと言ったか?」

「言ったけど?」


 クローセル。それはマルコシアスにとって、聞き捨てならない堕天使の名前だ。

 なぜなら――。


「なぜ、我がフィアンセの名を貴様が語るぅううううううう!!」

「えぇ……」





 なにを言ってんだ、この人は……。

 目の前にいるマルコシアスの言葉を聞いて、唖然とする。

 クローセルがフィアンセって、本当なんだろうか?

 そういえば、マルコシアスを召喚する際、クローセルが会うのを嫌がって自ら退去していたが、なにか関係あるんだろうか?


『ノーマン様、あの人の言葉は全くのデタラメですっ! だから、信じないでくださいっ!』


 おっと、頭の中から、クローセルの声が聞こえた。


 普段は、悪魔の力を降霊させる際、70分の1程度に抑えているが、今回は30分の1まで引き上げた。

 そのおかげで、姿まで変わってしまったな。

 初めてクローセルを降霊したときのことを思い出すな。

 あのときはクローセルを100%取り込んだせいで、姿が女性のものに変化してしまった。

 あそこまでやってしまうと、力を制御できなくなってしまうため、もう少し抑えた結果だ、これだ。

 天使の羽や長い髪など、いつくかクローセルの影響を受けているが、今回は男のままだ。

 だが、この姿、意外と便利ではある。

 天使の羽のおかげで、空を飛ぶことができる。

 それと、どうやらクローセルの意識も取り込んでしまったようだ。


「じゃあ、なんで、あいつはあんなこと言っているんだ?」

『あの人、わたしのストーカーなんです。だから、すごく困っているんです。わたしが好きなのは、そ、その、ノーマン様だけなのに……』


 後半はモゴモゴと小声だったから、なんて言ったのか、よく聞こえなかった。まぁ、なにを言ったか想像はつくけど。


「クローセルが困っているなら、やめさせる必要があるな」

『そんな、ノーマン様のお手を煩わせるわけには……っ』

「そういうわけにもいかないだろ。クローセルが困っているのなら、それを見過ごすわけにいかない。なにせ、クローセルは俺の大事な悪魔だからな」

『はぅっ』

「ん? 大丈夫か?」


 クローセルが変な声を出したので、思わず心配になる。


『い、いえっ、その、ときめいてしまっただけなので。だから、その、気にしないでくださいっ』


 クローセルが照れくさそうにそう口にした。

 そういうことらしいので、気にしないことにする。


「おい、さっきから、なに一人でごちゃごちゃ言っているんだ!」


 ふと、マルコシアスのほうに向き直る。

 確かに、マルコシアスからすれば、僕が独り言を話しているように見えるだろう。


「クローセルと少し話しをしていた」

「なにっ、クローセルがいるのか!? どこにいる!?」


 とか言って、マルコシアスはキョロキョロと周囲を見回す。


『ノーマン様、わたしがあの人のこと嫌いだって伝えちゃってくださいっ!』

「クローセルがお前のこと嫌いだってさ」

「ふざけんなっ!? 我にデタラメを言うんでない!」

『デタラメなんかじゃありませんっ!』


 と、クローセルが大きい声で叫んだところで、マルコシアスの耳には届かないんだがな。

 なにせ、クローセルの意識は僕の中にあるわけだから。


「決めた。人間だからといって容赦しないことにした。貴様を殺す」


 マルコシアスは睨みをきかせる。

 殺す、ときたか。随分と物騒だ。


「それじゃあ、第2ラウンドといこうか」


 そういうことだし、僕のほうも、全力を出すことにしようか。


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