―77― 最後の宴

「勝てたか……」


 気絶したリーガルを見て、僕は安堵する。

 ずっと落ちこぼれだった僕が学校で一番優秀だったリーガルに勝てたのだ。

 嬉しくはある。

 とはいえ、この程度で満足してはいけない。

 魔術師の高みを目指す。

 より具体的には、世界最高峰の魔術師、〈称号持ち賢者〉というのを目指してもいいかもしれない。

 昔は憧れ、一度は挫折したが、今の僕なら改めて目指してみもいいのかもしれない。


「放っておくのはまずいよな」


 目の前には倒れているリーガルが。

 加減はしたので、このまま放っておいても死にはしないと思うが、戦ってくれた礼儀として保健室に運ぶぐらいはすべきだろう。


「おもっ」


 背負った瞬間、ずっしりとした重みが全身にくる。

 これは気合いを入れて運ばないとな。


「どうしたの? お兄ちゃん」


 ふと、廊下で妹のネネとすれ違う。

 妹が驚いた表情をしていたのは、僕が気絶したリーガルを背負っていたからだろう。


「えっと、倒れていたのを見つけたから保健室に運ぼうと思って」


 決闘したと言って心配かけるのも悪いと思い、決闘のことは言わないことにした。すると、妹は納得した様子で頷く。


「そうなんだ。手伝おうか?」

「そうしてくれると、助かる」


 それから、妹の手を借りて保健室までリーガルを運ぶ。


「そういえば、最近学校に来てないみたいだから、心配してた」

「えっと、色々あってさ。心配かけたみたいならごめん」

「まぁ、大丈夫なみたいだから別にいいんだけどさ」


 という会話をして、一緒に保健室を出る。


「そうだ、今度またお兄ちゃんの家に行ってもいい?」

「別に構わないけど」


 妹ならいつ来ても大歓迎だから、そんなことわざわざ聞かなくてもいいのに。

 ふむ、そういえば……


「最近、めっきり遊びに来ないよね?」


 勘当されて間もない頃はよく家に遊びに来ていたが、最近はそうでもない。


「えっと、邪魔しちゃ悪いと思って」


 そう言った妹の表情はどことなく赤いような……。


「えっと、なにが?」


 よくわからなかったので、聞き返す。


「だって、その彼女さんと一緒にいたら悪いじゃん」


 あぁ、なるほど。妹はどうやら俺がクローセルと付き合っている勘違いしているみたいだから、配慮していたようだ。

 うーん、そもそもクローセルとはなんの関係もないんだが。


「そもそも僕に彼女なんていないからね」

「嘘よっ! そうじゃなきゃ、家に女の人連れ込むとかおかしいじゃん!」


 以前、妹にはクローセルとフォカロルが家にいるところを見られていたな。これは誤解を解くのが難しそうだ。


「あっ」


 ふと、妹がなにかに気がついたような声を発する。


「おいおい、なんでお前がこの学校にいるんだよ」


 見ると、そこにいたのはディミトだった。

 ディミト。魔術を使えない僕の代わりに、父が跡取りとして養子に迎えた元平民。

 面倒なやつと顔を合わせてしまったな。


「それじゃ、僕はもう帰るよ」

「おい、逃げるなよ。ノーマン」


 場から離れようとする僕に対し、ディミトがそう口にする。


「なぉ、お前をあの家からなんで追い出したか、わかるか?」


 まるで、ディミト自身が僕を勘当させたような物言い。

 実際には、僕を追い出したのは父親だが。いや、思い返せば、ディミトの願いで僕を追い出したかのような会話を僕を追い出すときしていたような。

 だとすると、僕を追い出したのはディミトという認識で間違ってないのかもしれない。


「目障りだからだよ。無能なくせして、貴族の恩恵を受けるやつがさ。あの家にいれば、使用人がすべて世話をしてくれる。最高な生活だよ。それを無能なお前が享受できると思うと許せねぇ。だから、追い出した」


 なにが言いたいのかよくわからない。

 ただ、なぜだろう。ディミトの口ぶりから貴族に対する劣等感なようなものを感じるのは気のせいだろうか。


「で、せっかく追い出したのに、なんでのうのうとまだ学校に来てんだ?」

「僕はまだ魔術を極めることを諦めていない」

「くっはっはっはっ!!」

 

 なにがおかしかったのか、ディミトは大口を開けて笑い出す。


「まぁいい。無能が学校に通おうが、無能のままだからな」


 ひとしきり笑ったディミトはそう口にする。

 そして――。


「なぁ、〈最後の宴〉にはもちろん参加するよなぁ」


 あぁ、そうか。

 もう、そんな時期か。

〈最後の宴〉。卒業の前に行われるこの学校の一大イベント。

 端的に説明するならば、この学校で一番強いやつを決める戦い。

〈最後の宴〉における成績によっては、優秀な学院に特待生として招かれることもある大事なイベント。

 ゆえに、他の学院の先生や保護者も観覧する中で行われる。


「参加するよ」


 卒業生は参加する義務がある。だから、公言せずとも参加することに変わりはないのだが。


「そうか、ならよかった。お前をそこで存分に叩きのめすことができるからなぁ」


 そういって、ディミトは満足そうに頷く。


「本番は父さんも来るだろうし、楽しみだよなぁ」


 言いたいことを言い終えたようで、ディミトは僕の元から離れていった。

 そうか、〈最後の宴〉には父さんも観にくるのか。まぁ、当然といえば当然か。


「大丈夫? ディミトはああ見えて、この学校で一番強いよ」


 妹が心配したそぶりでそう口にする。


「ん、そうだな」

「えっ、今、なんで笑ったの?」


 そう妹に言われて初めて気がつく。どうやら僕は笑っていたらしい。


「楽しみだからかな……?」


 もし、自分が笑ったんだとしたら、そういう理由になるはずだ。


「もしかして、頭でも打った?」


 妹の言葉を苦笑いで聞き流しつつ、僕は考えていた。

 ディミトがどんな魔術を使うのか、それに対し僕がどんなふうに戦うのか。

 今から楽しみで仕方がない。

 僕に魔術が楽しいものだと教えくれた悪魔たちに感謝しなきゃだよな。


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