―76― 雌雄

「死ねやぁああああああああああああああ!!!!」


 リーガルが叫びながら、無数のナイフを僕に向けて放つ。ナイフの数があまりにも多いせいか、濁流のように見える。


「――第28位ベリト」


 それに対し、僕はベリトの能力、物質の劣化で対抗する。

 いや、ベリトの能力だけではこの数全てをさばききるのは不可能だ。

 なら、もう一体の悪魔の力を借りるとしよう。


「――第70位セエレ」


 その能力はアイテムボックスへの収納。

 向かってくるナイフに対し、アイテムボックスを開くことで収納してしまおうと考えたわけだ。

 とはいえ、収納には限界があり、また異次元へと繋がる穴の大きさはそこまで大きくないため、全身に向かってくるナイフ全て収納するのは難しい。

 ただし、ベリトとセエレの能力二つを同時に使えば、僕に当たるナイフをすべて無力化するぐらいなら容易い。


 あとはリーガルの限界がくるまでひたすら待つだけだ。





「殺す、絶対に殺す!!」


 リーガルはそう吠えながら、次々とナイフを生成してはノーマンめがけて放っていた。

 なんとしてでも勝たなきゃいけない。

 そういう確固たる意思がリーガルにはあった。


 リーガル・ランダルセ。

 ランダルセ男爵家の次男。


 リーガルには六つ年上の兄がいる。兄は穏やかな性格で、誰に対しても優しい性格をしている。

 当然、弟のリーガルに対しても優しかった。

 だから、リーガルは自分の兄と過ごす時間がなにより大好きだった。

 その中でも好きだったのは、兄が話す学校での体験談。

 兄はいつも学校で、どんな風に過ごしているかリーガルに逐一報告してくれた。

 魔術の試験で優れた成績をとっただとか、誰々に魔術戦で圧勝しただとか、友達同士の喧嘩を自分の魔術で阻止をしただとか。

 兄は非常に優秀で、周りの生徒からとにかく尊敬されていた。

 兄の語る学校での体験談はそれはそれは輝かしかった。そして。そんな兄がリーガルは誇らしかった。

 リーガルにとって、自分の目標はまさに兄で、兄は憧れの人だった。


「ねぇ、リーガル。お兄ちゃんがお弁当を忘れたから、代わりに届けてくれない?」


 ある日、母親にそう頼まれた。

 リーガルは快く頷いた。

 弁当を届けるついでに、兄が学校で過ごしている姿をこの目で見ることができる。

 だから、リーガルは嬉々として弁当を届けに行った。


「おい、これ以上調子のるんじゃねぇぞ!」

「てめぇみたいな劣等生が俺たちにたてつくんじゃねぇぞ! ゴラァ!」

「ご、ごめんなさいっ!」


 偶然、見てしまったのだ。


「え?」


 それは自分の兄が他の生徒たちに虐められている光景だった。

 複数の生徒が兄を取り囲み、その中で兄は土下座をしている。

 兄が自分に対して語った学園生活なんて、そこには存在しないことを一瞬で理解した。

 兄は優秀な生徒で、周りから慕われている。

 実際はそれと真逆だ。


「嘘だっ! 嘘だっ! 嘘だっ!」


 リーガルはそう叫んで、学校から飛び出した。弁当のことなんて、頭から抜けていた。

 家から帰った兄はいつも通り、学校での武勇伝をリーガルに対し語った。どうやらリーガルが学校に来たことは気がついていなかったらしい。

 それから兄の言葉が、リーガルに届くことはなかった。


「俺は兄さんのようにはならない」


 そして、リーガルの中に強い決意が生まれる。

 自分はあの日見た兄のほうではなく、兄を虐げていた側になるんだ。


 それからリーガルは努力した。同学年の誰よりも強い魔術師になろう。それがリーガルの目標だった。


 そして、いつしか学年で一番優秀な成績を収めることに成功していた。

 ――これで俺は誰かを虐める方になれる。

 同学年の中で、最も劣っていたのはノーマンだった。

 ノーマンは幼馴染みの一人で、小さい頃には一緒に遊んだ記憶もある。

 そのノーマンは貴族の生まれでありながら、なぜか、魔術が一切使えない無能だった。

 そうだ、あのときあいつらが兄にしたように、今度は俺がこいつを虐めよう。そうすれば、俺の学校生活は安泰だ。

 そういう思考に至るのは、本人にとって至って普通のことだった。


 なのに――。

 あの日、ノーマンとの決闘で、敗北してしまった。

 ノーマンが魔術を使えるわけがないと高をくくり、大勢の生徒たちを呼んだ上での敗北。

 この敗北は、リーガルの学校生活を揺るがすものとなった。

 というのも生徒たちの間で、ノーマンに負けたリーガルは実は弱いんじゃないのか、という噂が流れるようになったからだ。

 今まで魔術が使えなかったノーマンが強いはずがない。そういう考えが生徒たちにあったせいだ。

 とはいえ、今までの功績が全てなくなるわけではない。

 ギリギリではあるが、リーガルは自分の地位を保っていた。


 しかし、もう一つの事件が起こる。

 ディミト・エスランド、という元平民の男が学校に転入してきたのだ。

 家を追い出されたノーマンの代わりに、エスランド家の跡取りとなったらしいという噂が流れたが真偽のほどは定かではない。

 とはいえ、元平民が貴族より優れているわけがない。

 だから、リーガルはこいつを虐めることで自分の名誉を回復しようと考えた。 

 だが、ディミトという生徒は中々のくせ者だった。

 虐められることを良しとしない者で、気がつけばリーガルはディミトと決闘することになった。

 とはいえ、リーガルはこの学校で一番優秀だという自負があった。ノーマンには負けたのはなにかの間違い。だから、この俺が負けるはずがない。


 結果は、リーガルの惨敗。

 ノーマン、そして元平民のディミトにも負けた。となれば、誰もがリーガルのことを強いと思わなくなってしまった。

 リーガルは本当は弱かった。

 そういう噂が学校中に流れることになった。

 リーガルが今まで築いていた地位が崩れた瞬間だ。


 気がつけば、学校で一番優秀な生徒はディミトってことになり、ディミトは我が物顔で歩くようになった。



 そして、今日。

 ノーマンに勝つことで、失った自尊心を取り戻す。

 そういう決意の元、ノーマンに決闘を申し込んだ。


 なのに、なのに、なのに――。


「なんだよ、それ。おかしいだろうがっ!」

 

 目の前には、自分の限界を超えた数のナイフで攻撃したのに、無傷のまま佇んでいるノーマンがいた。


「――――――――――」


 ふと、ノーマンがなにかを口にする。

 なにを言ったかまでは聞き取れない。


 瞬間、リーガルが放ったナイフがノーマンの元へと集っていく。


「難しいね、これ」


 そう言ったノーマンがしていたのは、ナイフを新しく錬金し直すことだった。

 リーガルの放ったナイフを自分の物にした上で、ナイフを巨大な剣へと形を変えていく。


「う、そ、だろ……」


 目の前にそびえる巨大な剣を前にして、思わずそう口にする。

 これは、まるで、俺の魔術の上位互換じゃないか。


「ふざけんなっ! なんで、お前が魔術を使えるんだよ!」


 思わずそう言い放つ。

 今までずっと見下していた相手が、なんで遙か高みにいるんだ。


「自分の長所と短所がわかったんだ」

「は?」

「自分の得意な魔術がなんなのか、わかったんだ。それと、色んな親切な人に魔術を教えてもらったおかげでもあるかな」

「なんだよ、それ。意味わかんねぇよ」


 ノーマンの言っていることがなに一つ理解できない。


「あぁ、それと、リーガルくんにお礼を言いたかったんだ」

「あん?」

「僕の前を走っていてくれてありがとう。おかげで、目標を見失わずにすんだ」


 お礼を言われても、嬉しいという感情はなに一つ湧かない。

 ただただ、目の前の相手が憎たらしい。


「それで、まだ続ける? もう、勝敗は決したと思うけど」

「うるせぇ! 俺はまだ負けてねぇ!」


 確かに、勝敗はもう決まっているかもしれない。

 けれど、認めたくない。

 まだ、自分はやれるはずだ。


「そう」


 と言った、ノーマンの顔。

 まるで、負けを認められない俺に対し呆れているかのような表情。

 たった今、こいつに見下された。


「なんで、お前がその表情をするんだよぉおおおおおお!!」


 それは強者が弱者に対してする表情だ。

 あの日、兄を虐めていた連中がしていた顔。

 そして、自分がノーマンに対して許される表情。


「負けを認められないっていうなら、仕方がない。殺さないように手加減をする」


 そう言って、ノーマンは巨大な剣を自身に飛ばす。

 その圧倒的な攻撃力を前にして初めて、自分がノーマンに対して敗北したことを理解した。


「くそがっ」


 なんとも言いがたい後悔が襲いかかってきたが、すべて手遅れだった。


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