―71― 決闘
一対一の決闘。
オロバスとは何度か特訓と称して行なったことがあるが、人間相手にやるのは、以前学校でリーガルを相手にやったとき以来か。
あのときは、クローセルが介入したおかげで勝ってしまったので、僕一人の力で勝ったとは言い難い。
だから、この決闘は僕一人の力で勝とうと心に決める。
あのときよりも成長したんだ。十分、勝機はある。
「オロバス、手を出すなよ」
「はっ、かしこまりました。マスター」
オロバスに手を出さないようあらかじめ命じておく。
以前、クローセルが介入してしまったときのようなことが起こらないように。
「それで、魔術を使えないお前がどうやって私相手に戦うんだ?」
サンチェスが嘲笑う。
「今見せてやるから、少し待っていろ」
僕はそう言って、さきほどガミジンから教えてもらった降霊術のことを思い出していた。
現在、僕には、今4つのシジルが刻まれ、それぞれ該当する属性の力が宿っている。
右手の甲にアイムのシジルが刻まれ、そして、火の力が宿っている。
右手の平にフォカロルのシジルが刻まれ、そして、風の力が宿っている。
左手の甲にクローセルのシジルが刻まれ、そして、水の力が宿っている。
左手の平にアグレアスのシジルが刻まれ、そして、土の力が宿っている。
以上、精霊の力を使えない僕は4つの悪魔の力が宿すことで、初めて自然魔術を使えるわけだ。
あとは、さっき
さて、僕には悪魔に好かれやすいという体質のせいで、一般的な魔術師なら操れる精霊の力を操ることができない。
だから、僕はこうして4つの悪魔の力を常に体に宿しているわけだか、ガミジンが言うには、これは非常に効率が悪いらしい。
4つの霊も同時に降霊させると、お互いに反発するせいで、それぞれの力を十全に発揮することができないんだとか。
ガミジン曰く、同時に降ろす霊は2つに絞ったほうがいい。
「すべて、解除」
だから、僕は降ろしていた4つの霊を一度に解除する。
ガミジンに習ったのは、他にもある。
今まで、僕は悪魔を降霊する際に、長い詠唱をする必要があった。だが、ガミジンに降霊術の真理を説いてもらうことで、大幅に詠唱を短縮することに成功した。
「――来たれ、序列第23位アイム。序列第41位フォカロル」
瞬間、右手にアイムのシジル。左手にフォカロルのシジルが刻まれる。
それも今までと同じようにただ宿したのではない。
今までは悪魔の力を手の一点に宿るようにコントロールしていた。だが、ガミジンが言うにはそれは非常にもったいないとのことだった。
人間というのは、心臓の近くに魂があり、その魂から魔力が全身へと流れるように溢れ出ている。
また、右半身と左半身でそれぞれ独立した魔力の流れを作っている。
だからこそ、最も効率よく悪魔の力を引き出すには、右半身と左半身それぞれに悪魔の力を循環させて、己の魔力と絡み合わることだという。
そうすることで、今まで悪魔の力を100分の1程度しか引き出せていなかったが、今では70分の1程度まで引き出せることに成功した。
この差は非常に大きい。
「さぁ、見せてくださいよぉ! あなたの魔術とやらを!」
「あぁ、今、見せてやるよ」
アイムは火の力を与え、フォカロルは風の力を僕に与えてくれる。
その力を同時に使う。
火と風の複合魔術。
それは、熱操作による爆発だ。
今の僕なら無詠唱で、それが可能。
次の瞬間、ドンッ、と耳をつんざくような大爆発が起きた。
「おっと、外してしまいましたか」
大爆発が起きたのは、サンチェスから大きく右に逸れていた。今までとは、やり方が異なるので標準がずれてしまったようだ。
「な、な、なんでお前が魔術を使えるんだ……?」
「おやっ、言っていませんでしたっけ。僕、魔術が使えるようになったんですよ」
「そ、そんなわけあるか! 今まで魔術をずっと使えなかった無能のお前がなんで急に使えるようになるんだ!? それも上級魔術を無詠唱で!?」
そうか、爆発魔術は上級に分類されるんだったか。
「しゃべってる余裕なんてあるんですね」
「う、うるさい! お前如き、この俺の固有魔術をもってすれば、余裕で倒せるんだよ!」
「そうですか、なら見せてくださいよ」
すると、サンチェスは固有魔術を起動させるための詠唱を始めた。
正直、詠唱している間に爆破魔術を使えば簡単に倒せるなぁ、と思ったが、あえて待つことにする。
固有魔術相手に、今の僕がどこまで戦えるのか、試してみたかったから。
「――我は汝をサンチェスの名の元に命じる。汝は速やかに、我の肉体に宿れ。汝のすべて極寒の大地にする力を我に分けろ。そして、我の思うがままにすべてを穿て――固有魔術起動、
固有魔術。
己の魂に術式を刻むことで、自分だけのオリジナルの魔術を作ること。
本来、魔術は発動させるたびに、詠唱や魔法陣など必要な工程が複数ある。
だが、固有魔術は最初の起動のみは、詠唱や魔法陣を必要とするが、それさえ済ませてしまえば、次からはそれらの工程を省いて魔術を行使することができる。
「これでお前をぶちのめしてやる!」
そう言ったサンチェスは全身から冷気を放っていた。その証拠に足元は凍り、口から白い息を吐いている。
「死ねぇ!」
そう言って、サンチェスは右手を払うように動かす。
すると、氷の槍が何本も作り出されては僕にめがけて発射されていく。
それを僕は爆発の威力をもって迎え撃つ。
「上級魔術を何度も連発すれば、すぐに魔力の底がつきるでしょうね!」
そう言って、サンチェスは次々と氷の槍を僕に投げ飛ばしていく。
悪魔の力を使っているから、そこまで魔力の消費量は大きくないんだけど。まぁ、悪魔の力を口外するつもりはないので、そんなことは言わないけど。
「魔術は使えるようだが、固有魔術は使えないご様子。所詮、あなたが無能であることに変わりはないんですよ!」
「確かに、僕は固有魔術をまだ覚えてはいませんが」
魔術師にとって、固有魔術こそが至高の魔術だという風潮は確かにある。
だが、恐らく僕には固有魔術は必要ないだろう。
「――来たれ、序列第2位アグレアス。序列第49位クローセル」
さっき降ろしたアイムとフォカロルの霊を解除してから、今度は右手にアグレアス、左手にフォカロルのシジルを刻む。
アグレアスは土、クローセルは水の力。
土と水の複合魔術。
それは、冷気だ。
「これで死ねぇ!」
そう言って、サンチェスは無数の氷の槍を同時出しては発射させた。
僕にとどめを刺すつもりなんだろう。
さぁ、僕の持つ悪魔の力が固有魔術を凌駕することを証明してやろうか。
「――すべて凍れ」
瞬間、巨大な氷塊が出現した。
それは、サンチェスの放った無数の氷の槍を飲み込むかのように前進していく。
巨大な氷塊は、サンチェスの氷の槍をすべて飲み込んでもとまらない。そのまま、サンチェスの体も飲み込み、その後ろのダンジョンの壁も突き破っていく。
気がつけば、遥かに巨大な氷の塊が顕現していた。
「な、なんだ、これは……?」
サンチェスの顔のみは氷に巻き込まれないよう僕が加減したため、唯一動かせる口を使って、彼はそうのたまっていた。
「それで、まだ続けますか?」
一対一の決闘はどちらかが降参するまで続く。
だから、僕は尋ねた。
「ま、まいりました……」
落ち込んだ表情で、サンチェスはそう口にした。
どうやら僕の圧勝だったらしい。
◆
「お見事でございます、マスター」
勝利した僕をオロバスがそう称賛してくれる。
「ありがとう、オロバス」
オロバスにお礼を言ってから、今度は隣にいたガミジンに目を合わせる。
「ガミジンもありがとう。君のおかげで、勝つことができた」
ガミジンに教えてもらった降霊術は僕にとって、非常に大きな力となった。
降霊術のおかげで、今まで会った悪魔たちの力をより一層引き出せるようになったからだ。
これは、ガミジンにもっとお肉料理を食べさせてやらないとな。
「ガウッガウッ!」と、すり寄ってきたガミジンを手で撫でる。
うわっ、すごいモフモフしているな。これ、癖になりそうだ。
「バルバトスもありがとな」
もう一体の悪魔にもちゃんとお礼を言う。
「いえ、うちはなにもしていないですよ」
「いや、バルバトスがいないとガミジンの言葉を理解できなかったからな。正直、すごく助かったよ」
「そ、そうですか……」
バルバトスは照れくさそうに頷いた。
「さて、オロバス。こいつはどうするのが正解だと思う?」
目の前には、ガチガチに震えているサンチェスの姿があった。あのまま放っておくと死んでしまうので、さきほど救い出したばかりだ。
「マスター、わたくしが決めてもよろしいのでしょうか?」
「いいよ。だって、オロバスが一番頭に血がのぼっていただろ。サンチェスさんも構いませんよね。確か、約束では、勝ったほうが負けたほうに、なんでも言うことを聞かせられる、でしたっけ」
「……はい」
と、サンチェスは血の気の引いた表情で頷く。
そういえば、サンチェスは僕に勝ったら、僕を公衆の面前で裸で土下座させるとか言っていたよな。
「では、マスター。わたくしの案を具申してもよろしいでしょうか?」
「うん、いいよ」
「では、こういうのはどうでしょうか」
ほうほう、なるほどなるほど。
「えっと、オロバス……。随分とエグい罰を考えるんだね」
こういうところは、悪魔らしい一面ってことでいいのだろうか。
「ダメでございますか?」
「いや、一度オロバスが決めていいって言ったから、ダメとは言わないけどさ」
それから数十分後――。
ダンジョンの外において、奇妙な行動をする男が確認された。
目撃証言によると、その男はパンツ以外服を着ていないというほぼ全裸の状態で、街を練り歩いていたのだという。
しかも、ただ歩いていたのではなく、四つん這いの状態で地面を這うように歩いていたのだとか。
さらに、男は首にリードをつけており、そのリードの先は巨大な犬のような動物が口で咥えていた。
犬が人間を散歩させているってことだろうか。
男は時々「私は負け犬です!」と通りかかった通行人に対して、吠えてきたという証言もあるため、恐らくその解釈は、当たらずといえども遠からずといったところだろう。
しかし、なぜ男はこのような奇行に走ったのだろうか。謎が深まるばかりである。
「オロバス、もう満足したか?」
視線の遠く先には、ガミジンに連れられて四つん這いで歩いているサンチェスがいた。
通りかかった人々は例外なくギョッとした表情で、サンチェスのことを眺めている。
正直、見ているこっちまで恥ずかしくなりそうだ。
オロバスが満足さえすれば、やめさせてあげようと思っていたので、オロバスにそう尋ねたわけだが。
「はい、おかげさまで大分スッキリ致しました!」
と、清々しい表情でオロバスが親指を立てていた。
そっか、オロバスが満足したなら、もういいだろう。
そういうわけで、サンチェスの部下の一人である騎士にやめさせるよう指示を出す。
それを見届けたら、関係者だと思われないよう、そそくさとこの場を退散することにしよう。
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