―70― ダンジョン攻略

 今まで魔物を追っかけては食べることに夢中になっていたガミジンだが、僕が調理したステーキを食べさせることで、懐柔させることに成功した。

 これでやっとダンジョン攻略、ひいてはサンチェスとの決闘に集中できる。

 決闘内容は、緊急クエスト多足ノ龍マルチプレス・ドラゴンの討伐。

 もし、負けたらサンチェスは僕を裸で土下座させるなんて言っていたし、負けるわけにはいかない。


 というわけで、これから多足ノ龍マルチプレス・ドラゴンがいると思われるダンジョン中層まで潜る必要があるが、ダンジョン内は迷路のように非常に入り組んでおり、迷子になりやすい。

 ここを何度も攻略している冒険者ならいざ知らず、僕は初めてこのダンジョンに足を踏み入れた。

 その上、ダンジョンの内部が描かれた地図さえ入手していない。

 だから、どっちに進めばいいのか、さっぱりわからない、なんて事態に陥るわけだ。僕が普通の冒険者だったならば。

 そう、僕にはこういうときにもってこいの秘策がある。

 ある悪魔の力を借りればいいわけだ。


「――我は汝をノーマンの名のもとに厳重に命ずる。汝は速やかに、我の肉体に宿れ。汝の知識と力で我を満たせ。汝は己が権能の範囲内で誠実に、全ての我が願いを叶えよ」


 僕は降霊術に必要な呪文の詠唱をしていた。

 今回、体に降ろす悪魔、それは――。


「来たれ――序列第62位ヴァラク!」


 序列第62位ヴァラク。以前、オロバスを探すために召喚した悪魔だ。それに、クローセルのことが好きな堕天使系悪魔。

 ヴァラクの固有の能力は、人や物を探すこと。

 それは多足ノ龍マルチプレス・ドラゴンも例外ではない。

 ヴァラクのシジルが刻まれたであろう左目を使うと、さっきまでなにもなかったダンジョンの通路に足跡のような光の道標が続いていた。

 この足跡についていけば、多足ノ龍マルチプレス・ドラゴンにたどり着くんだろう。


「それじゃ、僕についてきて」


 そう言って、僕を先頭に進んでいくことになった。





 ダンジョンは下層に行けば行くほど、出現する魔物が強くなっていく。逆に言えば、上層にいる魔物はそんなに強くない。

 すでに9層まで来ていたが、途中でてきた魔物はガミジンとオロバスがいれば容易に倒すことが可能な魔物ばかりだった。

 僕とバルバトスはほぼなにもしていない。


「素材も回収できたし、次に進もうか」


 倒した魔物の素材を回収しつつ、さらに奥へ奥へと進んでいく。


「この階層に多足ノ龍マルチプレス・ドラゴンがいるっぽいな」


 現在10層に降り立ったところだった。

 ヴァラクの力のおかげで、ここまで一切迷わず進むことができた。

 それからさらに進むこと、5分後。


「見つけた」


 多足ノ龍マルチプレス・ドラゴン

 その名の通り、ムカデのようにたくさんの足を持っている巨大なドラゴン。

 本来はさらに下の階層に生息しているらしいが、なんの因果か10層まできてしまったらしい。


「まだ、サンチェスたちは来ていないっぽいな」


 序盤、料理をするのに大分時間を食ったから、すでに多足ノ龍マルチプレス・ドラゴンと戦っていてもおかしくないと思ったが、僕たちのほうが早く来たらしい。

 ならば、サンチェスがここに来るまで倒してしまえば、僕たちの勝利だ。


「それじゃ、みんな準備はいい?」


 後ろに控えている悪魔たちに声をかける。

 オロバスとガミジンは元気よく、バルバトスは不安そうに頷く。

 全員準備が済んだことを確認できたので、多足ノ龍マルチプレス・ドラゴンの前に勢いよく躍り出た。


「さぁ、勝負といこうか」





 多足ノ龍マルチプレス・ドラゴンは非常に強いモンスターではあった。

 だが、僕たちのほうが強かった。

 結果は苦戦することなく圧勝。


 特にオロバスとガミジンの活躍がめまぐるしかった。

 二人の猛攻は多足ノ龍マルチプレス・ドラゴンを前にしても衰えることなく、終始圧倒していた。

 これなら、僕なんかいなくても余裕で勝てただろう。


「ガウッ! ガウッ!」


 倒し終わった後、ガミジンが興奮した様子で、僕になにかを訴えかけている。


「バルバトス、ガミジンはなんて言っているの?」

「早く多足ノ龍マルチプレス・ドラゴンの肉を使った料理を作ってくれ、と言っていますね」


 どうやらガミジンは僕の作る料理が待ちきれない様子だ。


「まぁ、料理道具は持ってきているし作れないことはないか」


 それに、周囲に魔物の気配もないしね。

 まぁ、仮に、魔物が来ても、このメンバーがいれば、問題なく倒せるんだろうけど。

 ちょうどお腹も空いてきたし、夕食にするのも悪くないか。


「それじゃあ、討伐祝いってことで、夕食の準備にしようか」


 それからオロバスやバルバトスにも手伝ってもらいつつ、多足ノ龍マルチプレス・ドラゴンの肉を使った料理を始めた。

 まずは、食べることのできるサイズに解体する。使うのは肉の部分のみで、ウロコは素材として高く売れるので、キレイに剥ぎ取っていく。

 解体が終われば、薪に火をつけ、鉄板をその上にのせる。

 味付けは前回の鶏蜥蜴コカドリーユのステーキと同じだ。調味料が他にないから仕方がない。

 多足ノ龍マルチプレス・ドラゴンの肉は脂身が少なくあっさりとしていた。肉というよりも、うなぎに似ていた。


 多足ノ龍マルチプレス・ドラゴンのステーキもガミジンは気に入ってくれたようで、大量にあったのを次から次へと食べてしまった。

 ただ、最後はお腹いっぱいになったのか、今回は僕たちが食べる分も残してくれた。


 それと、約束通り、ガミジンは僕に降霊術を教えてくれた。

 といっても、ガミジンはしゃべることができないので、バルバトスの通訳を介して教えてもらう。

 獣の姿をしたガミジンが降霊術を本当に知っているのか疑問ではあったが、降霊術に詳しいのは本当だったようでガミジンの教えは大変ためになった。

 それと、話を聞くだけではなく、ガミジンの一部を降霊することで、降霊術に関する理解をさらに深めることも忘れない。


「二人共ありがとう。おかげで魔術についてよく理解を深めることができた」


 僕はガミジンとバルバトスにお礼をする。

 今回覚えた降霊術は、今まで覚えた魔術のどれよりも僕にとって大きな力になった、そんな気がする。


「おや、こんなところにいたのですか」


 ふと、振り返るとそこにはサンチェスと、それを護衛する騎士たちがいた。

 そういえば、まだ決闘の最中だったな。

 それにしても、ここに来るまでに随分と時間がかかったようだ。

 その間に僕たちは料理に食事、そして降霊術の勉強まで終えたんだけど。


「サンチェスさん、僕たちの勝ちです」

「ふっはっはっはっ、なにを言い出すかといえば。あなた方が多足ノ龍マルチプレス・ドラゴンを倒せるはずがないでしょう」

「いえ、ご覧の通りすでに討伐済みです」


 そう言って、僕は解体した多足ノ龍マルチプレス・ドラゴンを見せる。


「こ、これは多足ノ龍マルチプレス・ドラゴンだというのか!? ありえない、お前たちのような野蛮な者たちが倒せるはずがないだろ!」

「ですが、現にこうして討伐をしました。まさか、サンチェスさんのような聡明なお方が、目の前の現実を受け入れられないほど、愚かではありませんよね」

「こ、このやろう、バカにしおって……ッ」


 少し煽りすぎたかな。

 青筋が浮き立ってピクピク動いている。


「あぁ、そうか。わかったぞ。そこのお前が倒したんだろ。確かに、お前は無能のノーマンと違って、少しは腕が立つようだからな」


 サンチェスはオロバスのことを指差しながら、そう口にしていた。

 オロバスがサンチェスを殴ったときに、その実力は垣間見えたはず。だから、そういう結論に帰着したのか。

 まぁ、実際多足ノ龍マルチプレス・ドラゴンを倒せたのは、オロバスのおかげってのが大きいから間違ってはいないんだよな。


「こんな決闘、無効だ、無効。まさか、無能のノーマンが優秀な部下を連れていたとは思わなかったからな」


 決闘の無効まで言い出すとは。

 しかも、その理由があまりにも稚拙すぎる。

 別に、部下のおかげだろうが僕たちが勝ったことに代わりはないのに。


「ふっはっはっ、よかったじゃないか、ノーマン。優秀な部下に恵まれて。しかし、主が無能だと悲惨だぞ。主が無能だと部下は不満だからな。いつ下剋上されるかわかったもんではない。そうだ、いいことを思いついた。そこの君、ノーマンではなくこのサンチェスの騎士にならないかな? 今よりも待遇は絶対によくしてやる。それになにより、無能な主の元に仕えるのはさぞ辛いだろう。主が情けないと、部下までバカにされてしまうことが多々あるからな。その点、私の元にくれば、なにも心配はいらない」

「それ以上、わたくしのマスターを――」

「オロバス、やめろ」


 今にも、サンチェスの元に飛びかかりそうになっているオロバスを命令一つでとめさせる。


「ですが、マスター……」


 しかし、オロバスは我慢ならないようで、珍しく口答えをした。


「大丈夫、オロバス。僕も君と同じ気持ちだ」


 ここまで侮辱されてたんだ。

 流石に、僕だってキレる。


「確かに、サンチェスの言う通り、僕の部下は大変優秀なんです」

「あぁ、そうだ。そうに決まっている」

「だから、この決闘は無効でかまいません」

「ふんっ、当たり前だ。ちゃんとした決闘なら、私が負けるはずがないからな」

「えぇ、ですから、代わりといってはなんですが、僕とあなたで一対一の魔術を使った決闘を致しませんか?」

「一対一の決闘だと?」

「えぇ、まさかサンチェスさんほど優秀なお方が、無能な僕相手との決闘を断るなんて真似、しませんよね」

「そりゃ、当然だろう。お前ごとき、私の手にかかれば、なんとでもないわ!」

「それじゃ、決闘を引き受けるってことでいいですね」

「あぁ、もちろんいいだろう」

「ありがとうございます引き受けてくれて。それじゃ、始めましょうか」


 そう言って、僕はかすかに笑った。

 新しく覚えた降霊術を早速試せるいい機会がやってきたからだ。


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