―69― しつけ

 ダンジョンに同時に入ると、お互い戦闘の邪魔をしてしまうってことで、時間をずらしてダンジョンに入ることになった。


「先に入って構いませんよ。ちょっとしたハンデです」


 と、サンチェスに言われたので、その言葉をありがたく受け取ることにする。

 というわけで、ダンジョンの入り口をくぐったわけだが。


「ガミジン、ダメだよ。大人しくしていないと」


 バルバトスがガミジンに大人しくするようなだめている。

 見ると、ガミジンは「グルル」と唸り声をあげて興奮している様子だ。


「ガルッ!!」


 と、思った矢先、勢いよく走っていってしまった。

 ひとまず追いかけないと。

 すると、角を曲がった先にガミジンはいた。


「なんか食べているな」


 見ると、魔物らしき肉片をガミジンは口にしていた。


「バルバトス、ガミジンはなんて言っているの?」

「えっと、おいしそうな魔物がいたから食べた、と言っている」

「そうなんだ……」


 お肉なら魔物の肉でもいいのかよ、とか思わないでもない。


「これじゃあ、素材の回収もできないじゃん」


 魔物の素材の中でも一番高く売れる魔石までガミジンは食べてしまったようで、素材として売れそうな箇所は残っていなかった。


「ガウッ!!」


 吠えたと思ったら、またどこかへ走っていった。

 追いかけると、また魔物を食べている場面に遭遇する。今回も魔石ごと食べてしまったようで、素材が回収できない。


「ガウッ!」


 食べ終わると再び、他の魔物を探して飛び出していく。


 それからも、ガミジンは魔物を食べ終えると、次の魔物がいる場所まで走り出し、魔石ごと魔物を食べ散らかす。

 ガミジンの胃袋は無限に広がるのか、食べる勢いが衰える気配が一切ない。


「ぜはー、もう限界……っ」


 見ると、そう言って床に倒れているバルバトスの姿が。

 確かに、今までガミジンをひたすら追いかけていたので、疲れるのは無理もない。僕も正直、肩で息をしてしまう程度には限界だ。


「バルバトス、ガミジンに言うこと聞くように命令してくれないか」

「わ、わかりました。ちゃんと言うこと聞いてくれますかね……」


 バルバトスは不安そうな表情を浮かべながらも、ガミジンになにやら話しかける。


「なんて言ってんの?」

「肉をもっと食わせろ、と言ってます」


 どうやらガミジンは肉にしか関心ないようだ。

 とはいえ、肉を食べたいという明確な欲望があるというのはわかりやすくもあるな。


「オロバス、おつかいを頼んでもいいか?」

「はっ、マスターのご命令であれば、どのようなご命令でも実行する所存であります!」

「別に、そんな気合いを入れるような用事じゃないからね」


 と言いつつ、オロバスに用意してもらいたいのを口頭で伝える。

 伝え終えると、オロバスはダッシュで走っていった。


「バルバトス、ガミジンにこう伝えてくれ。うまい肉を食べさせてやるから、ここで大人しくしていてくれ、と」

「わかりました」


 ガミジンに僕のいいつけが伝わったようで、大人しく地面に腰をおろしてくれた。待機せずにさらにダンジョンに奥へと行ってしまうと、オロバスとの合流が困難になってしまうからね。

 さて、後はオロバスが戻ってくれることを待つだけだ。それまでガミジンが我慢して待ってくれるだろうか。


「マスター! お待たせしましたーっ!!」


 ふと、全力でこちらに走ってくるオロバスの姿が。

 まだ5分も経っていないよ。めちゃくちゃ早いな。


「ありがとう、オロバス」

「マ、マスターに感謝されるとは!? このわたくし、大変感激でございます!」

「だから、オロバスはいつも大げさなんだって」


 と、いつものやりとりを終えてから、オロバスが持ってきた物を確認する。

 これから、僕がなにをするかって。

 ずはり、料理だ。

 ガミジンに生肉ではなく、ちゃんと調理されたうまい肉を食べさせて、言うことを聞くよう調教しようって魂胆だ。





 実家を追放され一人暮らしを始めてから、僕は家でいつも料理をしている。

 といっても、今まで料理なんてしたことがなかったので、毎回、オロバスやフォカロルなんかに協力してもらっているが。

 そのおかげで、今では一通りのものなら、なんでも作れるようになっていた。


 まず、オロバスが用意してくれた薪を組み立てて、その上に肉を焼くために使う鉄板プレートを乗せる。

 冒険者は出先で調理することが多いので、冒険者が多く集まるダンジョンの近くにはこういった道具がよく売られている。だから、オロバスもすぐに買ってくることができたのだろう。

 薪に火をつけるのは、火の魔術を使えば簡単に解決だ。

 魔術って、戦いだけではなく、日常の生活でも役に立つからいいよね。僕に火の魔術を使えるようにしてくれたアイムに感謝だ。


 そうやって準備をしている間に、オロバスには魔物の狩りを頼む。

 ガミジンに行かせると我慢できずに、その場で食べてしまうのが容易に想像できたので、今回は待機だ。


「マスター、狩ってきましたー!」


 そうやって、手にしていたのは鶏蜥蜴コカドリーユというニワトリによく似たモンスターだ。

 味もニワトリに似ておいしいと評判の魔物だ。


「ガルルッ!」


 オロバスが手にしている魔物を見た瞬間、ガミジンが我慢できなくなったようで、魔物を食べようと襲いかかる。とはいえ、オロバスも負けず劣らず強いので、ガミジンの攻撃をうまくかわしつつ、僕に魔物を受け渡してくれた。


「オロバス、料理ができるまで、ガミジンの気を引いてくれ」

「はっ、かしこまりました。マスター!」


 というわけで、早速料理にとりかかる。

 まずは、鶏蜥蜴コカドリーユをナイフでさばく。ちなみに、ナイフは冒険者にとって必需品なため、最初から持ち歩いていた。


「主様、なにを作るんですか?」

「今回作るのは、鶏肉風ステーキといったところかな」


 横でじっと様子を伺っていたバルバトスの質問に答える。

 ダンジョン内での調理だし、あまり手を込んだものは作れないということでステーキを選択した。

 さて、まずは鉄板に油を引いてから、解体した鶏蜥蜴コカドリーユの肉を鉄板の上に乗せていく。

 火が強すぎるとすぐに焦げてしまうため、中火になるよう調整して、中まで火が通るようにじっくりと焼く。

 表面がこんがり焼けたら、調味料の投入だ。

 メインとなる調味料は赤ワインだ。それから、砂糖、バター、にんにくを加えていく。

 全体的に煮詰まってきたら、それをお皿にのせて完成だ。


「よしっ、できあがり」

「おいしそう……っ」


 横で見ていたバルバトスがよだれを垂らしながら見ていた。

 自分で言うのもなんだが、中々上手にできあがったんじゃないだろうか。


「オロバス、もういいよ自由にして」


 ガミジンは匂いのせいなのか食欲が限界に達しているようで、いつ襲いかかってきてもおかしくない状態なのをオロバスが必死に押さえつけていた。

 その手を放した途端、ガミジンは料理に向かって飛び込んできた。

 ステーキを食べ始めたガミジンは周りに目もくれず夢中になって食べ始める。

 そして、あっという間にたいらげてしまった。


「あ、うちのぶんは……」


 ぼそりっ、とバルバトスが言葉をもらす。

 どうやら食べたかったようだが、ガミジンが全部食べてしまったからな。今度、機会があれば用意してあげようか。

 そして、食べ終わったガミジンはというと――


「ガウガウッ!」


 満足そうな鳴き声を鳴らして、僕の元に飛び込んできた。

 どうやらステーキを作った僕になついてくれたようで、長い舌を使って僕の顔をなめ始める。汚いから、やめてほしい。


「ガミジンはなんて言っているの?」

「えっとですね、生肉と違って味があるお肉を食べたのは初めてだ。それに、皮がこんがりと焼けていて、とても歯ごたえがよかった、と言っています」


 どうやら大変満足してくれたようだ。 


「ねぇ、ガミジンにおいしいお肉を食べさせたんだから、降霊術を教えてくれって頼んでくれない?」


 そもそもガミジンを召喚したのは降霊術を覚えるためだ。そのためにこうしてダンジョンに潜ることになったのだ。


「キューン」


 バルバトスがガミジンに僕の言葉を伝えると、物欲しそうな鳴き声を鳴らす。


「えっと、もっとご主人様の作ったお肉を食べたいです、って言っています」


 どうやらまだ満足していないらしい。仕方がないな……。


「だったら、せめて僕の言うことを聞いてくれ。そしたら、また肉料理を振る舞ってやるって伝えてくれないか」

「わかりました」


 バルバトスが僕の言葉を通訳してくれる。

 そしたら、ガミジンは「ガウガウ!」と元気よく頷いた。どうやら、僕の言うことを聞く気になってくれたらしい。


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