―68― 決闘

 決闘。

 それは貴族間において時折行われる。

 決闘が行われる理由なんかも、その時々においてまちまちだが、よくある理由としては、侮辱された者が名誉を回復する手段として用いることが多い。

 決闘を申し込まれた場合、その決闘を受けるかどうか選択肢があるとはいえ、決闘を断ったなんて噂が広まったら貴族社会で生きていけなくなるほど不名誉だとされている。

 とはいえ、僕は実家を追放された身。

 別に貴族社会を生きていけなくなってもそこまで困らない。


「もちろん、逃げるなんてことはしませんよねぇ」


 サンチェスは嫌味たらしい口調でそう口にする。

 その視線の先には、先程サンチェスを殴ったオロバスが。

 サンチェスは直接口にはしないものの、暗にこう言っているのだ。

『もし、決闘から逃げるなら、オロバスを暴行罪で処罰するぞ』と。

 まぁ、オロバスは悪魔だから、どんな処罰を受けることになったとしても、魔界に退去するなりして、逃げることができそうだけど。

 だが、そんな理屈なんてどうだっていい。


「ええ、もちろん決闘を受けますよ」


 オロバスは僕のために怒ってくれたんだ。

 ならば、僕もその忠義に応えるのが、主としての務めだ。


「それじゃ、決闘のルールを決めましょうか」

「別に僕とあなたの一対一で戦うという一番シンプルなものでかまいませんよ」

「ふはっはっはっ、無能のノーマンが私と戦うだと。つまらない冗談はやめたまえ」


 本当に、僕とサンチェスが一対一で戦うで構わないんだけどな。今の僕は、魔術が使えなかった頃とは違うんだから。


 決闘といえば、一対一でどちらかが死ぬまで戦うというのが昔は一般的だったが、今では命のやり取りに発展しないようルールを定めるのが共通認識となっている。

 とはいえ、事故で死んでしまうことは時折あるが。


「決闘をするに当たってちょうどいいものがあります。実を言いますと、我々はある緊急クエストをこなすためにこのダンジョンに来たのです」

「緊急クエストですか……」


 緊急クエスト。その名の通り、緊急に解決せねばならないクエストのことだが、普通ならどっかの山に通常では現れない魔物が出現したため、討伐してほしいなんて内容が一般的だ。

 ダンジョン内にて、緊急クエストが発せられるのは珍しい。


「本来なら、下層にしか現れない魔物が中層に現れたそうで、ダンジョン内の生態系に異変が起きているそうです。もう少し具体的に言いますと、その魔物が中層に現れたせいで、本来中層に生息していた魔物が逃げるように上層へと出現するようになってしまったのです。そうやって、魔物たちが上へ上へと登ってきますと、最終的にはダンジョンの外まで魔物がやってくる恐れがあります。その前に、異変の元凶となった魔物を討伐する必要があるわけです」


 なるほど。確かに、それは急いでに解決する必要がある事案だ。

 だからこそ、サンチェスさんが騎士たちを引き連れて、このダンジョンへとやってきたのだろう。


「その元凶となった魔物の名はなんですか?」

多足ノ龍マルチプレス・ドラゴンです」


 多足ノ龍マルチプレス・ドラゴンか。強そうな魔物だな。


「決闘のルールは至って単純。多足ノ龍マルチプレス・ドラゴンを先に討伐したほうが勝ちでよろしいですか?」

「ええ、いいですよ」


 元々、ダンジョン内で魔物を狩る予定だったし、ルール自体に不満はない。


「それと、人数を揃えないと不公正ですね。あなた方が、3人とそのでかい犬を加えた一匹でダンジョンを潜るというならば、こちらも4人だけで攻略することに致しましょう」


 サンチェスが引き連れてきた騎士の数はざっと見ただけで十人以上いる。その大半をここに置いていくってことだろう。


「サンチェス様、それは……っ」

「こちらが大人数で勝ったとしても示しがつかぬだろうが」


 騎士の一人がサンチェスの考えに異を唱えようとしたが、サンチェスが黙らせる。

 こちらとしては向こうが何人でこようと、問題はないと思っているが。


「それと、決闘には報酬が必要ですよねぇ。勝ったほうには、負けた相手に何でも言うことを聞かせられる、というのはどうでしょうか?」


 サンチェスは「ぐへへ」と笑いながら、そう提案してきた。


「もちろん、いいですよ」


 せっかく決闘をするんだ。それぐらいの報酬がないとやる意味がない。


「ふふっ、そうですかぁ! では、我々が勝った暁には、公衆の面前で裸で土下座でもしてもらいましょうか!」


 サンチェスは嬉しそうに手を広げながらそう主張した。

 随分と趣味の悪い妄想だな。


「じゃあ、僕も似たようなことをしてもらおうかな」

「ふっはっはっ、なぜ、無能のノーマンが未だに勝てるとお思いになっているのか不思議でなりませんな。今からでも、土下座の練習をすべきでありませんかね」

「それ以上、マスターを――」


 ずっと我慢していたのだろう。血管が千切れそうなぐらいイライラしているオロバスが前に出ようとしたのを僕が手で制止させる。


「それじゃ、ルールは一通り決まったことですし、始めましょうか。決闘を」

「ええ、いいでしょう」


 僕とサンチェスによる決闘の火蓋が切って落とされた瞬間だった。


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