―67― ダンジョン

「ぎゃーッ!! 速い! 速すぎる! 速すぎるよぉおおお!」


 バルバドスの絶叫が風の音と共に聞こえてくる。

 現在、僕たちはガミジンの背中にのって移動していた。ガミジンは人の背丈の何倍も大きい狼のような見た目をした悪魔で、走るスピードは馬なんかよりもずっと速い。


「ふっはっはっはっ!! 風が心地よいでありますなーっ!」


 背中にまたがっているオロバスは余裕綽々といったご様子。流石だ。

 ちなみに、僕はというと、オロバスにお姫様抱っこの形で抱きかかえられている。

 こんな風に抱えられるのは正直恥ずかしいが、かといって自分一人の力でガミジンに乗ろうとしたら、あっという間に振り落とされてしまうに違いないから仕方がない。

 そして、バルバドスといえば、ガミジンのしっぽに必死の形相でしがみついていた。

 大丈夫だろうか?



「死ぬかと思った……」


 目的地にたどり着いて早々、バルバドスはぐったとした様子で四つん這いに倒れていた。

 正直、僕も酔ってしまったせいか少し頭が痛い。


「ふはっはっはっ! この程度でくたびれるとは悪魔の風上にもおけませぬな!」


 オロバスは平気そうだ。

 そして、ガミジンはオロバスの頭をガシガシと噛んでいる。オロバスは全く気にした素振りを見せないが、痛くないんだろうか。


「それにしても、少し目立っているな」


 さっきから、通行人の視線を感じる。

 原因はガミジンだろう。こんな巨大な獣がいたら、目立つのは当たり前か。とはいえ、魔物を使役している冒険者は珍しいが、いないわけではないので、変わった魔物を使役しているんだって思われるぐらいで、ガミジンの正体が悪魔だと思う者はいないだろう。


「それじゃあ、まず、バルバドスの冒険者登録を行おうか」


 ダンジョンに潜るには冒険者登録が必須だ。

 そのために、冒険者ギルドの入り口まで来ていた。


「あ、オロバスは外でガミジンを見張っていて」

「はっ、了解いたしましたマスター!」


 オロバスはすでに、冒険者登録は済ましているので中に入る必要はない。あと、この前みたいに冒険者ギルドの中でお酒を呑んでは酔っ払って使い物にならなくなるなんてことがあったら嫌だし、外でガミジンの見張りをさせよう。


「バルバドスって、なにが得意なの?」

「い、一応、弓とかが使えるかもです」

「そっか。それじゃあ、弓使いと」


 職業の欄に『弓使い』と書いて、登録を済ませる。


「本当にうちも戦わなきゃいけないんですか~?」


 と、バルバトスが不安そうな顔で尋ねる。


「正直、オロバスがいればなんとかなると思うし、バルバトスは後ろで待機しているだけでも大丈夫だと思うよ」


 オロバスが強いことはこれまでのことで十分証明済みだ。ある程度の魔物ならオロバス単体で倒すことが可能だろう。

 それに、今回はガミジンもいる。ガミジンの強さは未知数だが、あの図体で弱いってことはないだろう。


「うーっ、がんばります……」


 嫌々ながらもバルバトスはそう頷いた。





 冒険者登録を終えた僕たちは、途中バルバトスが使う弓矢を購入してからダンジョンへと向かった。

 ダンジョンは世界各地にあり、ダンジョン内には必ず魔物が出現する。

 ほうっておくと、ダンジョンの外へと魔物が出てきてしまうので、定期的に中にはいって魔物を狩る必要がある。

 それと、ダンジョンは貴族が管理しているため、入るには通行料が必要だ。

 とはいえ、大した額ではないため、入り口の管理人に3人分(ガミジンは使い魔扱いなので無料だ)払って中にはいる。


「とりあえず中層あたりで、魔物を狩ろうか」


 今回の目標はお金稼ぎだ。無理をしない程度に攻略をできれば、それでいい。


「おや、エスランド家の無能ではありませんか?」


 ふと、話しかけられたのが僕だということに気がつくのに数秒を要した。

 魔術を使えない無能。

 そういえば、僕にはそんな通り名があった。


「あ、えっと、お久しぶりです、サンチェスさん」


 サンチェス子爵。僕の家系、エスランド男爵とはライバル関係にある貴族で、父親はサンチェス家の悪口をよく口にしていた。

 そのサンチェス子爵は何十人に及ぶ騎士たちを後ろに控えてながら突っ立っていた。これから騎士たちと一緒にダンジョンに潜るんだろう。


「聞きましたよ、ノーマン殿。家を追い出されたんですってね」


 サンチェスは特徴的な口ひげを指でつまみながら、愉快そうな表情をしながらそう口にする。


「その上、あなたのお父様はどこの馬の骨ともわからない平民を養子に迎えて、無能のあなたの代わりに跡取りにすんだとか。ふっはっはっ、平民を跡取りにするなんて、あなたのお父様は貴族の風上にも置けませんねぇ! まぁ、それもあなたが魔術を使えない無能なのが悪いんでしょうが」

「そ、そうですね……」


 僕はテキトーに相槌をうちつつ、早くこの場から離れようと画策する。

 このままここにいるとマズいことが起きるような気がする。


「その、お話の途中で申し訳ありませんが、僕たち急いでいるので――」

「まだ、お話は終わっていませんよぉ、ノーマン殿。あなたが如何に無能なせいで、どれだけの者が迷惑を受けているのか、改めてわからせる必要が――」


 サンチェスが最後まで、話すことはなかった。

 なぜなら――


「それ以上、マスターを侮辱するとは許せませぬッッ!!」


 そう主張したオロバスがサンチェスを拳で殴り飛ばしていたからだ。

 殴られたサンチェスは「ごふっ」とうめき声をあげながら、吹き飛ばされる。


「オロバスぅうううううう!!」


 なにやってんだよ、とか思いながら、僕は叫ばずにはいられなかった。


「貴様ぁああああ!! 貴族に手を出すことがどういうことか、わかってんのかぁああああああ!!」


 サンチェスが殴られた箇所をさすりながら、オロバスを糾弾する。

 サンチェスに仕えていた騎士たちも一斉に動き出し、オロバスを包囲するように立ち並んだ。


「我がマスターをそれ以上侮辱したら、貴族であろうと死罪にしますぞ!!」

「オロバスぅう、頼むから抑えてくれぇえ。サンチェスさんもすみません。僕の部下が悪気はないんですけど、勝手なことをして。僕のほうから謝りますから!」

「ふざけるなぁあああ! 無能の分際で、よくもこの俺に恥をかかせたな!!」


 と言いながらサンチェスは血走った目で睨みつけながら、起き上がる。


「我がマスターを侮辱したのです。当然の罰でしょう!」


 オロバスも引く気はないようで、さらに挑発する。


「おい、ノーマン」

「は、はい、なんでしょうか?」

「そこそこ腕の立つ部下を引きつれているようだな」

「お、お陰さまで」


 サンチェスの周りには騎士たちが守るように立っていた。その護衛をかいくぐって拳を入れたんだから、オロバスの実力がそれなりにあることはわかるだろう。


「よしっ、おもしろい試みを思いついた」


 そう言って、サンチェスはニタリと笑う。


「よく聞け、ノーマン。俺はお前らをこの手で徹底的に打ちのめさないと気が済まない。わかるか?」

「ええ、お怒りになるのはごもっともかと」

「そうだ。だから、今からお前らに決闘を申し込む」


 そう言って、サンチェスは不気味な笑みを浮かべた。

 うわぁ、なんか面倒なことになってしまったなぁ、と僕は自分の未来を憂いた。


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