―66― 脅し

「あのー、バルバドスさん……」


 床に寝転がっているバルバドスさんに話しかける。


「はい、なんでしょうか……」


 バルバドスは気だるげな様子ではあるものの一応応えてはくれた。


「お願いがあって召喚したんですが……」

「わかってますよ。人間が悪魔を召喚するときは、決まってなにかお願い事があるときだって決まっているんです」

「ええ、まぁ、そうでしょうね」

「けど、お断りです。だって、めんどくさいから」

「そこをなんとか、お願いしたいんですが」

「はぁー」


 と、バルバドスは露骨に溜息をついた。


「いいですが、うちは見ての通り元天使でした」

「それは見ればわかります」


 なにせ、バルバドスに天使の証拠である羽や頭の輪っかがついている。


「ですが、見ての通り魔界へと堕とされました。自分、めんどくさがりなもんで、やることをやらなかったからなんですよ」

「そうなんですか……」

「だから、悪魔となった今はなにもしなくても許されるので大変居心地がいいです」


 この人、とんでもない駄目人間だ。いや、人間じゃなくて悪魔だから、駄目悪魔か。


「そこをなんとか協力してくれると助かるんですが……」

「だから、嫌です。他をあたってください」


 取り付く島もないって感じだ。

 こうなったら、あまり使いたくなかったが最後の手段を使うしかなくなるよな。


「えっと、バルバドスさん。僕には悪魔を使役させる力があります」

「はぁ、それがどうしたというのですか」

「その中に、拘束の呪文というのがありまして、主に暴走した悪魔の動きをとめるための呪文なんですが、その気になれば、対象の悪魔に激痛を与えることができるんです」

「ふぇ?」

「もちろん、僕としてはこの方法はできれば使いたくないんですが、どうしても言うことを聞かないというなら、最悪この方法を用いるしかないんですよね。えっと、呪文はたしか……」


 そう言って、僕はおもむろに魔導書『ゲーティア』を広げて、拘束の呪文のページを広く。

 そして、詠唱を口にした。


「――我は汝、第8位バルバドスに厳重に命ずる」

「うわぁああああああ!! ごめなさいっ、ごめんなさいっ! うち、言うこと聞きますから! だから、ふぐ……っ、ゆ、ゆるしてくだしゃい!」


 呪文を言いかけただけだというのに、バルバドスはビビったのか涙目で全力で土下座してきた。

 想像以上に効果的だった。

 そんなに拘束の呪文による激痛って痛いんだろうか。


「えっと、もちろん冗談だから」


 言うこと聞いてくれたらいいな、という軽い気持ちで言ってみただけで、拘束の呪文による激痛なんてホントはやるつもりなんてない。


「うわぁあああああ!! 嘘だ嘘だ嘘だ! そう言って、ホントはやるつもりなんでしょ!!」

「いや、だから、やらないですって」

「ごめんなさいっ、ごめんさないっ、ごめんなさい! 謝るからゆるしてぇええええ!!」


 そう言って、バルバドスは全力で泣き始めた。

 これでは、まともに話すのも難しい。

 それからおよそ10分後。


「ねぇ、ホントにやらない……?」

「ええ、やらないですよ」

「ホントのホント……?」

「ホントの本当です」

「うん、信じる」


 やっと、信じてくれたか。

 バルバドスをこうして納得させるのに、もの凄く時間がかかった。

 正直言って、疲れた。


「それで、バルバドスにお願いがあるんだけど」

「うん、がんばる」

「あそこにいるガミジンの通訳をお願いしたんですよ。そのバルバドスって、動物の言葉がわかるんでしょ?」


 指し示した先には、巨大な狼の姿をした悪魔ガミジンがオロバス相手に暴れていた。

 僕がバルバドスを相手している間も、ずっとガミジンとオロバスは互いに争っていたらしい。


「わかった」


 そう言って、バルバドスは恐る恐るガミジンに近づく。

 僕からすれば、ガミジンはただ吠えているだけ、なにかを喋っているようには見えない。


「なに言っているか、わかった?」

「えっと、肉食いたいって言っていました」

「あ、そうなんだ」


 そういうわけで、家にストックしてあった肉をかき集める。

 すると、ガミジンは遠慮なく肉を食べ始めた。

 あー、すべてのお肉が食べられていく。実家を勘当されたときに渡されたお金はもうほとんどないっていうのに、このままだとなにも食えなくなってしまう。


「げぷっ」とすべてを食い尽くしたガミジンがゲップを出す。

 どうやら満足してくれたらしい。


「その、ガミジンに降霊術を教えて欲しいって頼んでくれないかな?」

「わかりました」


 バルバドスはそう頷くとガミジンになにやら話しかける。

 聞いててよくわからない言語を用いているが、これで獣とも意思疎通がはかれるんだろう。


「えっと、主様」

「なんて言っていた?」

「我を満足するまで肉を食わせたら、降霊術を教えてやると言っていました」

「そうきたか……」


 しかし、もう僕には自由なお金がほとんどない。

 お金がなければ、肉を食べされるのは難しい。

 となれば、やるべきことは一つ。


「よしっ、ダンジョン攻略をしよう!」


 ダンジョン。それは、お金がない者が一攫千金を狙って行く場所のこと。

 道中、様々な魔物が出現するが、攻略すれば、たくさんのお金が手に入る。


「ダンジョン攻略ですか。中々腕がなりますね」


 オロバスがそう言って、張り切る。

 オロバスが強いのはすでに証明済みだからな。いてくれたら、非常に頼もしい。


「それって、うちも行くんでしょうか?」


 不安そうな顔でバルバドスがそう聞いてくる。


「そりゃ、いてくれないとガミジンの言葉がわからないし」

「うーっ、わかりました。がんばります」


 バルバドスも嫌々ながらも、そう言ってくれる。

 ちなみに、ガミジンも肉が食えると伝えれば、ダンジョンの攻略行くと言ってくれた。


 そういわけで、お金を集めるためのダンジョン攻略に行くことになった。

 パーティメンバーは僕、オロバス、ガミジン、バルバドスの四人だ。

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