―65― ガミジン

 翌日、降霊術を習うべく序列第4位ガミジンの召喚の準備にとりかかっていた。


「ご主人様……あの堕天使にたぶらかされないよう気をつけてください」


 という言葉を残してフォカロルは魔界へと退去していった。

 一体フォカロルがなにを心配しているのか、僕にはよくわからなかった。


「それじゃあ、早速、新しい悪魔を召喚しようか」


 なんだかんだいって、新しい悪魔を召喚するこの瞬間が一番ワクワクするような。

 今度は一体どんな悪魔が召喚されるのやら。

 と、そうだ。せっかくだし、召喚のときに用いる詠唱を短くしてみよう。

 以前なら『――我は汝をノーマンの名において厳重に命ずる。汝は疾風の如く現れ、魔法陣の中に姿を見せよ。世界のいずこからでもここに来て、我が尋ねる事全てに理性的な答えで返せ。そして我が願いを現実のものとせよ』と長い詠唱を唱えていたが、召喚魔法に慣れてきた自分なら、もう少し短い詠唱でも可能が気がする。


「――我は汝をノーマンの名において厳重に命ずる。そして我が願いを現実のものとせよ。来たれ――序列4位ガミジン!」


 よし、大分呪文を短くしたけど、問題なく魔法陣がちゃんと光ってくれた。

 これでちゃんとかガミジンが召喚されるはず。


「がるぅううううううううううううううう!!」


 聞こえたのは獣の雄叫びだった。


「えっ……」


 唖然としたのにはわけがある。

 目の前にいたのは大きな獣。より詳細に語るなら、巨大な白い狼というべきだろうか。

 その狼はよだれを垂らしては、唸り声をあげていた。


「ガルッ!」


 と、狼は大口を開いて襲いかかってきた。よく見ると、実体化している。俺に襲う気満々だ。


「マスターには指一本触れさせません!!」


 実体化したオロバスが狼から守るように立ちはだかる。


「うぉおおおおおおおおお!!」

「がるぅうううううううううう!!」


 オロバスと狼は互いに一進一退の攻防を続ける。あっ、オロバスが食べられた。

 と思ったら、オロバスが口の中からはいでてきた。どうやら食べられたぐらいではなんともないらしい。


「えっと、あれがガミジン?」


 近くにクローセルにそう話しかける。


「はい、そうですね……」


 困惑した様子をしつつもクローセル頷いた。


「悪魔というより魔物だな」

「実際、魔物に近い性質を持っているようですよ」

「あんな獣が降霊術が得意とは到底思えないんだけど……」

「ですが、実際にそうみたいなので……」

「しゃべることも難しいのに、どうやってあの獣から降霊術を習えばいいんだ?」

「えっと、それは、その……通訳を頼むしかないですね」


 通訳? 魔物の言葉を通訳できる人物なんか心当たりなんてないが。


「もしかして悪魔の中には、魔物の言葉がわかるものがいるわけ?」

「はい、序列第8位のバルバドスなら、どんな獣の声も理解することができます」

「じゃあ、その悪魔も召喚しなくちゃいけないよな」

「うわーっ、だから、嫌だったんですよーっ! 新しい悪魔を召喚するってことは、また、ノーマン様とお別れしなくちゃいけないじゃないですかーっ!!」


 クローセルが絶叫した。

 どうやらこの段階になるまで、ガミジンが獣で人の言葉をしゃべることができないため、バルバドスという悪魔に通訳を頼まないといけないってことを隠していたのは、自分が退去されたくなかったからのようだ。

 僕が同時に召喚できる悪魔は三体まで。

 すでに、オロバスにクローセル、ガミジン、と三体召喚しているため、さらにもう一体召喚するとなると、代わりに誰かを退去させなくてはいけない。


「お願いですから、オロバスの方を退去させてください!」


 と、クローセルはオロバスのほうを指で指しながらそう言う。

 そのオロバスはというと、ガミジンに咥えられていた。


「オロバスは魔界に戻れない事情があるから」


 詳しいことはわからないけど、オロバスは魔界に戻ると上司にひどい目にあわされるらしい。

 だからこそ、オロバスはできれば退去させたくない。


「うーっ、でも、ノーマン様とお別れしたくないです」

「その気持ちは嬉しいけど、今生のお別れじゃないんだからさ。また、降霊術を覚えたら、すぐ召喚するからさ。少しの間、我慢してほしいかな」

「うーっ、わかりました……。あ、あの、ノーマン様ひとつだけ、わがまま言ってもいいですか?」

「えっと、もちろんいいけど……」

「その、約束をしてほしいんです」

「約束って」

「次、召喚したとき、デートとか連れてってくれたら嬉しいです……」


 クローセルが顔を赤らめながら、そう口にする。

 不覚にもその姿にドキッとさせられてしまう。

 かわいかったからだ。


「デートぐらい、もちろんいいけど」

「わっ、ありがとうございますっ! えへへ、ノーマン様、大好きです」


 そう言ったクローセルの笑顔はまさに天使のようだった。

 まぁ、本人は堕天使なんだけど。





 さて、クローセルを退去させてから、次は序列第8位のバルバドスの召喚にとりかかる。

 ちなみに、獣の姿をしたガミジンはオロバスが相手していた。さっきから、ガミジンがオロバスを飲み込もうとして、そこからオロバスが抵抗して脱出するという行為を何度も繰り返している。

 おかげで、オロバスの体は全身よだれまみれだ。

 こうしてみるとガミジンって、野生にいる凶暴な魔物にしか見えないんだよな。本当に、降霊術が得意なのか正直信じられない。

 まぁ、いい。

 それも、獣の声がわかるとされているバルバドスを召喚すれば、わかることだ。


「――我は汝をノーマンの名において厳重に命ずる。そして我が願いを現実のものとせよ。来たれ――序列8位バルバドス!」


 魔法陣が光り、そして人影が現れる。

 もう、なんども見てきた光景だ。

 さて、一体どんな悪魔が現れるのやら。


「うわ、だりー。これ、どう見ても、うちが召喚されたくさいよね……」


 目に映ったのは、天使の羽に黒い輪っか。

 クローセルやヴァラク同様、堕天使だってことがわかる。それに、ヴァラクのように小さな女の子のたたずまいをしていた。


「あのう、初めましてノーマンと言います。その、バルバドスさんにお願いがあって召喚したんですが」


 一応、初対面ということで丁寧に相手をする。

 すると、彼女は僕のことを見て、一言こう口にした。


「嫌です。だって、めんどくさい……」


 だらっ、と彼女は地面に寝転がってそう口にした。

 これはまた、相手するのが面倒そうな悪魔だなってことは瞬時にわかってしまった。


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