―64― いざこざ

「うわぁあああっ、やっと、ノーマン様に会えましたぁあああ!」


 オリアクスを退去させた後、恐らく寂しがっているであろうクローセルを召喚すると、彼女は涙目で僕に抱きついてきた。

 クローセルのこの反応はいつも通りだけど、やはり慣れない。クローセルの柔らかい箇所がちょうど顔のところにあたるからだ。


「わたし、ノーマン様が近くにいない間、ずーっと寂しかったんですよー!」

「この堕天使が、ご主人様に気安く触らないでください」


 と、やはりクローセルのことが気に入らないフォカロルがクローセルを僕から引き剥がそうと髪の毛をひっぱる。


「ちょっ、久しぶりに会えたんですから、このぐらいいいじゃないですかー!」

「そんなの関係ありません。ご主人様と触れ合っていいのは、このフォカロルだけです」

「はぁ!? そんなの意味わかんないんですけど! ノーマン様と一番信頼しあっているのはわたしなんですから、ノーマン様とこうして隣にいていいのはわたしだけなんです!」

「なに戯言をほざいているんですか。ご主人様の信頼を一番得ているのは、どう考えてもこのわたしです。ですので、ご主人様の隣はフォカロル以外ありえないかと」


 二人共お互いにヒートアップしていく。

 と、その二人の間に割って入る者がいた。


「いえ、マスターの信頼を得ているのは、このわたくしであります!」


 そう口にしたのは、オロバスだった。


「馬は黙っていてください!」

「馬畜生は黙ってなさい!」


 二人の声がハモったと思ったら、クローセルとフォカロルがグーでオロバスを同時に殴り飛ばす。

 3人とも霊の状態だったため、物質には触れることはできない。だが、霊の状態の者が霊を触ることはできるらしく、二人に殴られたオロバスは当然のように、遥か先まで飛ばされてしまった。

 えぇ……大丈夫かな? まぁ、オロバスは頑丈だし、多分大丈夫なんだろうけど。


「それで二人に相談があるんだけど……」

「なんでしょう、ご主人様」

「なんだって聞いてください!」


 二人とも僕の声に耳を傾けてくれる。ひとまず、喧嘩はやめにしてくれるらしい。


「次は降霊術を悪魔から教えてもらおうと思うんだけど」


 降霊術は妹に教えてもらったりして、今でも使えないことはない。

 だけど、より魔術を極めるには降霊術も悪魔から教わったほうがいいと判断したのだ。


「降霊術ですか……」

「それだと、序列第4位のガミジンですかね……?」

「ええ、確かにガミジンが降霊術に関しては得意だったと聞き及んでいます」


 序列第4位のガミジンか。

 二人とも曖昧な答えなのが少し気になるが、とりあえずガミジンを召喚することにしよう。


「はっ!? てことは、またどっちかが退去しなくてはいけないじゃないですか!?」


 僕が一度に召喚できる悪魔は3体まで。

 ってことは、ガミジンを召喚するにはどちらかに退去してもらわないといけない。


「えっと、次はどうしようか……」


 クローセルはさっき召喚したばかりだし、順番で考えると次はフォカロルの番かな。


「クローセル、次もあなたが退去したらいいと思いますが」

「ちょっ、なんで私が退去しなきゃいけないんですか!? 順番で考えると退去するのはあなたのほうだと思うんですけど」

「お断りします。あなたが退去なさってください」

「嫌です! そっちが退去してください!」

「こうなったら、どっちが退去するか殺し合いで決めるというのはどうでしょうか?」

「あはっ、いいですね。わたし、あなたのことは一度この手でぶちのめしたい思っていたし、ちょうどいい機会ですね」

「きひっ、堕天使風情がなにを言い出すかと思えば。わたしが本気を出せば、あなた如き――」

「動くな」


 瞬間、二人とも固まったようにしゃべるのをやめる。

 二人が喧嘩に夢中になっている間、拘束の呪文を僕が唱えただけだ。

 前も一度、似たような光景見たことあるな。


「えっと、順番的に次はフォカロルに退去してもらおうと思うけど、いいかな?」

「くっ、ご主人様のご命令なら、仕方がありません」


 というわけで、無事二人の喧嘩を収めることができた。


「まぁ、今日はもう遅いし召喚するにしても明日だな」


 序列第4位の悪魔か。

 今度は、簡単に降霊術について、教えてくれる悪魔ならいいんだけどな。





「ご主人様、わたしのを食べてください」

「ノーマン様、わたしのほうがおいしいので、こっちを食べてください」


 夕食はいつも悪魔たちと協力して用意するようしているのだが、なぜか、クローセルとフォカロルが任せてくれ、と言い出したのでそうすることにした。

 てっきり協力して作るんだと思っていたが、なぜか二人とも別々の料理を出してきた。


「どっちも食べるから落ち着いて……」


 二人共料理の腕に関しては遜色ない。どっちの料理もおいしかった。ただ、二人分も食べたので、お腹は膨れてしまったが。



「えっと、二人共なにしているの……」


 夜、もう寝ようかという時間。

 なぜか、クローセルとフォカロルがベッドの上で喧嘩していた。


「わたしがノーマン様と一緒に寝るんです」

「ダメです。私こそが、ご主人様の隣が相応しいので、あなたは床の上にでも寝ていてください」


 実家を追い出された僕は、父親に与えられたボロ屋に一人で暮らしている。

 ボロ屋とはいえ、家具は一通り揃っており、ベッドが2つ、ソファが2つあるから、それぞれが寝ることができる場所は確保してあるわけだが。


「もう灯り消すからね」


 と、ランプの中の火を消す。

 いつもなら、ベッドでそれぞれ寝るのに、なんで今日に限ってどっちが僕と寝るのか、って話になっているだか。

 クローセルとフォカロルが顔をあわせると、必ずといっていいほど、喧嘩になるんだよなぁ。

 もう少し、仲良くしてくれたらいいんだけど。

 とか、思いながら、僕はベッドの中で横になる。


 むにゅっ、と背中ごしになにかが当たる。

 なんだ、これ? やけに暖かくて、柔らかい。それでいて、2つあるような。

 って、どう考えてもおっぱいだ!

 後ろに振り返ると、そこには僕のベッドに潜り込んできたらしいクローセルの姿が。

 ちょっ、なにしてんの!? と言いかけて、口をクローセルに防がれる。


「静かにしてください。フォカロルにばれちゃいます」


 しーっ、と唇に指を当てながら、クローセルが小声でそう口にした。

 どうやら、フォカロルには内緒でベッドに潜り込んできたらしい。

 それにしても、同じベッドの中にこんな美少女がいるって考えると色々とやばいよな。

 クローセルの吐息や鼓動、体温が伝わっていくたびに、自分の中の体温まで上昇していくような気がする。


「ねぇ、ノーマン様。わたしの胸触ってみてください」


 そう言って、クローセルが僕の手をとって、自分の胸まで持っていく。


「私の心臓の音、聞こえます? どうやら私、さっきからドキドキしているみたいなんです」


 その言葉通り、クローセルの心臓の音が手をつたって聞こえてくるのがわかった。

 それと自分の心臓の音が重なっていくたびに、鼓動が増幅していくような――。


「えへへ、なんだか恥ずかしいですね」


 そう言ったクローセルの唇はなんだか艶かしく思えた。


「その、ノーマン様さえよければ――」


 よければ、なに?

 彼女の言葉次第では、自分をとめることができないんじゃないだろうか。


 ペタリっ、と背中に柔らかいのが当たった。

 これも柔らかくて暖かくて、2つあった。クローセルの胸よりは、小さいような……。

 って、なんでフォカロルが!?

 当たってたのは、そうフォカロルの胸だった。


「ご主人様、静かにしてください。あの堕天使に気づかれてしまいます」


 と、フォカロルも唇に指を当てていた。

 どうやら、フォカロルまでもベッドに潜り込んできたようだ。

 そして、フォカロルはクローセルの存在には気がついていない模様。恐らく、クローセルの方もフォカロルの存在に気がついていないのだろう。

 もし、二人がお互いの存在に気がついたら……。

 寝るどころじゃ、なくなるんだろうな。

 一気に冷や汗が体中から溢れてきた。


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