―60― 悩む

「おばあちゃんはもう歳だから、ベッドで寝ている状態で会うことになると思うけど、いいかしら?」

「いえ、そんなお構いなく」


 僕は銀髪の少女に引き連られながら、屋敷内の廊下を歩いていた。


「ニーニャ・バルベルベ」

「えっ?」

「私の名前」

「あぁ、僕はノーマン・エスランドと言います」

「さっき聞いた」

「そういえば、そうでしたね」


 ニーニャと名乗った少女とはこれ以上会話することなく、気がつけば目的の部屋に来ていた。


「おばあちゃん、連れてきたよ」


 ニーニャはそう言ってはノックしてから扉をあける。


「あぁ、よく来たわね」


 部屋にいたのは朗らかな表情をした優しそうなおばあさんだった。


「悪魔について話を聞かせてほしいんだってね」

「は、はい、そうです」


 僕は慌てて肯定する。

 ミナグロスさんが想像してたのと随分違ったから、驚いていたのだ。

 オリアクスが復讐したい相手だということで、悪人のような面構えを想像していたが、実物はそれとかけ離れている。

 いかにも優しそうなおばあさんだ。


「すみません、突然訪ねてしまって……」

「いや、いいんだよ。私はもう長くないだろうからね。だから、死ぬ前にこのことを誰かに話したいと思っていたところだったんだ」


 そう言ったミナグロスさんの体はひどく痩せこけていた。ベッドから起き上がれないってことだし、老い先短いんだと自覚しているんだろう。

 そんな人をわざわざ殺して意味があるんだろうか、という疑問が頭の中をよぎる。


「ニーニャ、お前もここに残っていてくれ。ぜひ、お前にもこの話を聞かせたい」

「わかりました」


 そう言って、ニーニャがうなずくと、ミナグロスさんによる話が始まった。


「六十年前、私はある過ちを犯したのさ――」


 それからミナグロスさんが語られた話はひどく悲しい話だった。

 ダルニエル。それが、六十年前、悪魔と契約したという理由で処刑された男の名前だ。

 それはオロバスが見つけてきた新聞記事にも書かれていた。


 ミナグロスさんはその男と親しい間柄だった。

 ミナグロスさんはその男と毎日のように会ってはいろんな話をしたり、いろんな場所にでかけたりしたんだそうだ。

 特に二人の間を繋いだのは魔術だった。

 二人はお互いに魔術の研鑽を積んでは頻繁に情報共有をしていた。

 これは僕の憶測でしかないのだけど、ミナグロスさんとダルニエルさんは恋人、もしくはそれに近しい仲だったんじゃないだろうか。

 ミナグロスさんの口ぶりから、そんな感じがする。


 ただ、ある日そんな二人に亀裂が入る。

 ミナグロスさんの魔術の叡智にダルニエルさんが嫉妬してしまったのだ。

 というのも、ミナグロスさんは魔術の才能に非常に恵まれていた。特に占星術に関しては、どんな一流の魔術師よりも引けを取らないほど、極めてしまったのだ。

 ダルニエルさんも努力でなんとか追いつこうとするが、才能という壁は分厚かった。

 だから、ダルニエルさんは自分の才能のなさにひどく悩んでいたらしい。

 それを見かねたミナグロスさんはある提案をした。


「悪魔の叡智を借りてはどうだろうか? と、私は彼に言ったのだよ」


 ミナグロスさんは陰鬱な口調でそう口にした。

 悪魔。

 その単語に僕の体はピクリと反応する。


「いいか、ニーニャ。例えなにがあっても悪魔の力を借りてはならないよ」


 ミナグロスさんは自分の孫にそう忠告を促す。

 すると、ニーニャは「わかりました」と首を縦にふった。


「下手に悪魔の力を借りてしまうと、悪魔に体が乗っ取られてしまうのさ。悪魔に取り憑かれたが最後、無尽蔵に人を襲う魔人になってしまう」

「魔人ですか……」


 ふと、聞いたことがない反応に僕は反応した。


「あぁ、そうさ。魔人になれば、体は醜い化け物のようなものになってしまい、殺す以外、元に戻る方法はなくなってしまう」

「もしかして、ダルニエルさんがその……」

「あぁ、そうさ。彼は悪魔に取り憑かれ魔人になってしまった」


 そう口にしたと同時、ミナグロスさんは涙目になった。


「私が彼に悪魔の力を勧めなければ、こんなことにならなかったのさ。だから、全部私が悪いのさ……」


 そういって、ミナグロスさんは静かに泣き始めた。

 その様子を見て、僕までつられて泣きそうになってしまった。


「あの、今日はもう……」


 見かねたニーニャがおばあさんの肩に手を置きながら、僕のことを見つめた。

 遠回しにもう帰ってくれ、と言っているのだろう。

 僕も、これ以上、ここに長居するつもりはなかったので、立ち上がっては頭をさげた。


「貴重な話を聞かせていただき、ありがとうございました」


 その言葉を最後に、僕は屋敷を後にした。



「いくら復讐のためとはいえ、ミナグロスさんを殺すのは間違っている気がする」

「私としましても、ご主人様の言う通りだと思います」


 屋敷を後にした陰鬱な様子でそう話しをしていた。

 もし、ミナグロスさんがいかにも悪そう人間であれば、オリアクスの復讐を許可したかもしれない。

 けれど、実際には違った。

 ミナグロスさんは普通の人よりも優しい人で、そして、ダニエルさんが死んだことに対して後悔していた。

 その上、ミナグロスさんは老い先短い。

 そんな人をわざわざ殺す必要はない気がする。


「オリアクスから占星術を教えてもらうのは諦めるしかないのかな……」

「そうかもしれませんね」

「他に占星術について詳しい悪魔はいないのかな?」

「いないですね」

「そっか……」


 占星術は覚えたい。

 けれど、ミナグロスさんを殺すわけにはいかない。

 この2つを両立できるなにかいい方法があればいいんだけど。


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